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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
ニ章
32/140

山賊と氷の拒絶

 

 山小屋の中では扉に掛ける(かんぬき)を暖炉の部屋に用意していた。(かんぬき)を眺めるマホがミホマに声を掛ける。


「ずっと、使って無かったけど頑丈だね」

「そうね、神流さんとも約束したから使わないとね」

「ガンジョ~」


 マウが閂の上で器用にピョンと跳ねるとマホが何かを思い出した。


「今の内に菜園の野菜を見てくる」


「すぐ戻ってくるのよ」


「うん、分かった!」


 マホは扉を少し開けて顔を出し外を見渡す。


「うん、誰もいない」


 早足で裏に回り菜園を見ると新しく芽吹いた蕾を発見する。


「あっ芽が出てる。お水あげるね」


 菜園の芽に水をあげる水桶が納屋にあったのを思い出したマホは納屋へと小走りに駆けていく。

 

 山小屋に併設されている丸太で作られた大きい納屋。それはマホが生まれた時から在り、今は遠くに居て会うことの出来ない父親が建てたものだった。


 農作物や農機具などを収納する物置小屋としてだけでなく、ロバや馬を飼っていた事もあった。父親を呼びにいき扉を開けると、ロバの乳を絞ってたり馬の蹄鉄を交換する作業等が目に浮かんでくる。今でも扉を開けたら、父親が帰って来ていて抱き上げてくれる事を何度も想像している。


 ━━パパ。


「……たしか棚の上にあったわよね。跳べば届くかしら?」


 いつも通り開くとキィと鳴る音と共に


「ゲッゲッゲッ、全く運がねえなぁ」


 目の前には口の回りと歯茎をべっとりと血と唾液で汚したグリルが立っていた。歯の間に挟んだ縄のカスを取りグローブのような手のひらで髭を整えている。


「ゲッゲッあんなに仲良くしたんだ、忘れちゃいねえよな。やっと縄を噛み千切れたんだ、努力は大事だよな。怯えんなって何にもしやしねえよ大事な商品(・・)にはな」


 マホは胃の中に氷の塊を落とされそこから凍っていく感覚に襲われる。目の前に居る男は、自分とマウを乱暴に縛り母親を殺そうとした残虐な輩だ。心からの震えが止まらない程、恐ろしい象徴の男であった。


(嫌っ!)


 竦んだ小さな足に力をいれる。


「チキショードズルの野郎は殴っても起きやがらねぇ。武器もねぇから、あの生意気なクソガキと鉢合わせたら厄介だ」


「……嫌あぁっ!」


 マホが逃げようと振り向いて走り出す。後ろから伸びた太い腕が肩を大きく捕むと乱雑に引き戻される。


「暴れんなよ」


 ドスッ!


 鳩尾を殴られてマホは一瞬で意識を失いグリルの腕に崩れ落ちた。


「あのクソガキを挽き肉にして捻り殺してやりてぇ。だかよ武器を奪われちまってる。長居はできねぇがお前だけでも持っていく」


 血の混ざる唾を納屋に吐き掛けたグリルは、意識を失いぐったりとしたマホを乱暴に担いで林に消えていった。


 ━━


 *** *** 


 山小屋から数キロ離れた空き地では危険な臭いをさせる山賊達の集団達がまだ休んで居た。


 中心に座する男が放つ兎の喉を踏む猛獣の眼差しが周囲を統べていた。片方の目は革の眼帯で塞がれ、額には深い十字の傷が刻まれている。筋肉質で恰幅の良い男は大きい石に腰掛けながら、寝そべるサーベルタイガーに鹿のモモ肉を食べさして背中を撫でるのは山賊達の頭だ。


 巨体で横になるサーベルタイガーは剣歯虎とも呼ばれるどう猛な食肉獣だ。肩高は1.5メートル、体長は2.5メートル、体重は300キロを優に越えている。その巨大な牙と鋭い爪は薄い鉄板でさえも切り裂いてしまう代物だ。


 そこを中心にした周囲には10人以上の獲物に飢えた山賊達が各々にたむろしていた。


 周囲には鬱屈した空気と共にかすかな酒気や煙草の煙が漂っている。少し離れた所では、酒と煙の匂いを避けるように目付きの悪い少年が剣の刃を研ぐ。その傍らには荷物を積まれた馬3頭が樹木に繋がれ大人しくしている。


 馬達の目の前で華奢で軽装の少年が、またもや一回り体の大きいスキンヘッドの男に頭を小突かれた。


「おい新入り、逃げてばっかいねえで刺したり殺したりすんだよ!」


 馬の死骸に手製の槍先を突き刺して見せる。


「そう言われても戦闘は得意分野じゃないんですよ」


 ゴンッ!


 酒気を漂わす男は少年の頭を拳で叩く。


「能書き垂れんじゃねえ殺すぞ!」

「いたいっ!」


 少年は頭を抱えてしゃがみ蹲る。


 木の上部の影から半身で偵察しているレッドが首を傾げていた。


 (……何でアイツが居るんすかね?)


 背の低いモヒカンの男がサーベルタイガーに怯えながら中央に近づく。眼帯をする額に十字傷を持つ頭の男に身を低くして話し掛ける。


「頭ぁ行って来やした。副頭の馬とドズルの馬を見付けやしたよ。この目でしっかりと見たんで間違いねぇです」


「そのまま戻ってきたのか……奴等は何で連絡してこねえんだ?」


「さあ、忘れてんすかねぇ」


 グサリッ!


 男の手の甲には曲線を描くフォークの先が突き刺さっている。


「イギャア!」


 頭と呼ばれる男が隻眼に凄みを効かせた。


「ベッソ、俺のフォークの先が何故尖ってるか解るか」


 長い顎髭を触りながらフォークをグリグリと捻る。傷口から血のラインが生まれポタポタと地面に垂れていく。血が垂れる都度、鹿のモモ肉に食らい付くサーベルタイガーの鼻がピクッピクッと反応する。


「イイイッ解りません。頭ぁっ抜いてくだせぇ」


「肉を刺して喰う為だ。このまま、この臭え手をシンバに喰わせるか?」


「ヒイィ!」


「少しでも長生きしてぇなら適当な情報を俺に入れんじゃねぇ!」


 ボガッ!


「ヒェェーー」


 モヒカンのチンピラは蹴り飛ばされ手を押さえながら、目の前から逃げていく。頭の男は1つしかない眼で手下達を睨み付け思案する。


(……ドズルだけならまだしもグリルまで戻らねえ。2人を倒せる野郎がそんな小せえ山小屋に居るのか? まさかな、グリルが裏切る事はまずあり得ねぇ。酒でも見付けたのか?)


 サーベルタイガーが軽く唸り出す。


「ガロロロロ」


 額に十字傷の男に汚れたバンダナを巻いたノッポの男が近付いて話し掛ける。


「ヘヘヘ、ダグブルの御頭その虎はメスですぜ。男の名前は違うんじゃねぇすか?」


「!」


 グサリ!


「ヒンギャア!」


 ~*


 モモ肉の骨を齧るサーベルタイガーが木の上を凝視して小さく吠えた。


「ガロァ!」


「どうしたシンバ獲物でもいるのか?」


 ダグブルと呼ばれる頭の男がサーベルタイガーの頭を押さえるように撫で木の上をジーッと眺める。


(…………)


「……分かりゃしねえ」


 首をゴキンゴキンと鳴らしたダグブルがノソリと立ち上がる。


「おい、バカ共、用意しやがれ! 全員揃ってねえが、ここで待っていても埒があかねえ。悪魔の谷に出向くついでに山小屋を襲撃して食いもんとグリル達を拾って行く! 奪える物は全て奪え刃向かう奴は全て殺せ!」


「「「「「へい!!」」」」」


 20人の手下が一斉に武器を掲げ声を上げた。


(……)


 一際高い広葉樹の頂上付近に移動して隙間から、様子を眺めていたレッドに緊張状態が続いていた。


(動き始めた……ヤバイっすね。時間がない、すぐに戻って旦那に知らせないと)


 レッドは身を翻すように跳躍して姿を消した。


 *** *** *** *** *** *** *


 ◇ベリアルの宮殿


 猖獗を極め愉悦の表情を醸したべリアルが、大理石の椅子に脚を組み鎮座している。妖艶なトルコ石のような双眸から放たれる視線が、神流(かんな)の魂を冷たく射抜くように触れた。


 神流(かんな)は途端に靴裏が凍てついたように居心地が悪くなり、この場に居ることが肉体的にも精神衛生上も良くないと再度理解する。


『ーー君が来るのは解っていた』


 生脚をスラッと組み換えるべリアルが、曲線を描く露出の高いチア服を魅せつけ小さい牙を僅かに覗かせる。ベリアルから漏れ出る圧倒的な威圧感と恐怖が余韻のように纏わりついてくる心地の悪さを神流は心の底からかんじていた。


 ━━例えるなら神秘的に美しい人喰い鮫が、触れる位すぐ目の前を遊泳している心境だ。


「……お前の前に立ってる自分が、ひたすら怖いよ。……頼みがあるんだ」


 神流かんなが近くに置かれた大理石の長椅子に身を預けて座った。するとベリアルは腰のラインを強調しながら、空気に波も起こさず立ち上がる。さも当たり前のように神流(かんな)に向かい身を寄せて座った。


 ━━聞いてないな……はぁ、気にしたら負けだ。用件さえ、危機さえ乗り越えられれば俺なんて……。


「どうせ話は聞いてたんだろ? 山賊が攻めてくるかも知れない。皆を守りたいが手が足りなく策も思い付かない。インテリぶった話し方してるんだから頭が良いんだろ? 知恵を貸してくれ。それか山小屋に居る3人だけでもランプの魔神みたいに守ってくれないか?」


『取るに足らない塵のような相談内容だ。僕が地上に降りたのは、人間に知を与える為だった。僕に聞くのは賢明な選択だろう』


「いい反応ぽいな……で良いのか?」


『痛がりの性質を持つ君が、何故誰かを救おうとする? 自ら危険に身を置く愚かを繰り返すなんて知能を何処に預けたのか知りたくなるよ。死にたがりの人形の性質を棄てられないのかい? その曇り(まなこ)に映る危険位からは離れる事を勧めるよ』


「そういう知恵じゃない。皆を助けたいって喋ってるだろ!」


『1つ言っておこう。僕は有象無象の生き死に関知しない』



 ━━至近距離から氷塊のような視線が神流の瞳を貫き眼底まで青く冷やしていた。



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