忍び寄る危機
紅い編み込みポニーテールを背中に垂らし口元を綻ばせて白い歯を見せるレッド。
━━なんだ、その色々引っ掛かる死ねば良かった的な話は。まず助けようと思わないと人として駄目だろ。水場を棲みかにするとは、青山羊悪魔メンめ悪知恵が回ってやがる。ん?
神流は思い出す。
「あの谷に負傷したり大怪我した騎士や兵士達が沢山いたろ、売れば良かったんじゃないのか」
「いやぁ貴族や騎士は苦手なんすよ……モゴモゴ」
━━何か歯切れ悪いな。詮索しても仕方ないが貴族なんて居たか……ああ、かなり嫌な奴も居たな、確かに貴族っぽかったな。俺も苦手。
神流が思案していると。
「で、旦那はこれからどうするんですか?」
自称トレジャーハンターのレッドが真っ赤な髪を揺らし、太陽の光を反射する鳶色の瞳に興味色を浮かばせて無遠慮に質問した。
神流は思案しようと首を傾げたが素直に答える。
「……実はな、人拐いの山賊を捕まえたんだよ。殺す訳にも逃がす訳にもいかないから、街か村まで連れて行って突き出そうかなと思ってる。金になるらしいからな。1番近い街か村は何処になる?」
「えぇ!? 此所から連れて行くんすか? かなり面倒っすよ」
「いいから話せ」
「村とかじゃ、連れてっても報償金は貰えないですし引き取ってもくれないですね。衛兵が居る場所で1番近いのは北東にある鉱山都市ベルトラムで、順調にいけば2、3日で着きます」
━━片道2、3日か。日帰り出来ないんだ。近いのに結構かかるな。旅路の詳細を聞かなくても不安しかない。しかも……ハイパー臭いんだよな奴等。
思案してる神流をよそに、レッド・ウィンドは更に続ける。
「けど鉱山なんで、鉱夫や炭鉱夫が住む為の街なんですから、何も無いですよ。鋼材や宝石の原石とか魔石の買い付け以外で、行く人は居ないですよ。関税も取られるし賞金首でもない山賊じゃ貰える報償金も知れてますよ。チョッと良い飯を食べて終わりとかですね」
━━捕まえると損するシステムっておかしくないか? まぁ日本でも表彰状だし仕方ない。
「存在自体が害だな山賊人は」
━━報償金……金か、そういえば俺の財布は何処にも無かった。此所じゃ使えるか解らないが、使えなくても持ってるだけで心にゆとりを持てたのに。……聞いておくか、どんな流通貨幣があるのかを。
「お前は現金を持ってるよな?」
黒い瞳に興味の色を露にした神流は鳶色の瞳に好奇心を投げ掛ける。
神流の口から突然に自分の持ち金の話が飛び出た事に顔色が変わるレッド。。
「現金? 何ですか突然に? ……お金のことなら……持ってますよ」
嫌な流れを察したかのように動揺が顔に浮かぶ。
「取らないから、出して見せてくれないか」
「ピンはねしないで下さいよ。約束しましたからね!」
━━してない。取るつもりもない。
レッドは気が進まなそうに布の財布を懐から、出すと紐を解いて中の硬貨を並べた。落ち着かない様子で赤い髪を弄っている、
━━取られないか不安なのだろう。
黒っぽくデカめの硬貨が18枚、銅の大小の硬貨が各10枚、銀の小硬貨が4枚、中の銀貨1枚だ。後は砂金が何粒かと綺麗な石が数個あった。
「金銭のとこの記憶が飛んでるから、大体の価値を教えてくれ」
「何ですか? その飛びかた? えっとですね、えっとですねえ」
━━算数の説明は苦手なようだ。要するに
鉄貨は10枚で小銅貨になり小銅貨は10枚で中銅貨、中銅貨は10枚で大銅貨になる。鉄貨1000枚=大銅貨1枚、大銅貨は10枚で小銀貨になり小銀貨2枚で中銀貨になり中銀貨10枚で金貨となる。
━━金貨1枚=鉄貨20万枚か、鉄貨は一回に100枚までしか使えなくて屋台では1食小銅貨2枚程度で済むらしい。鉄貨は摩滅している鐚銭のようだ。鉄は偽造しやすいしな、食べるか食べないかは別として、その屋台には行ってみたい。
「ん? これは何だ宝石か?」
「これはっすねぇ……」
レッドの持つ石や砂金は父親と祖父から貰ったもので、金銭が切れたり相場の変化時に使うかも知れないからと所持しているとのこと。
「話を戻すけど、街には簡単には行けなさそうだな……」
「そうっすよ! 山賊なんか報償金は少なくなるけど首だけ持ってくのが普通ですよ。生きてると、逃げたり嘘ついて罪を逃れようとしますよ。有ること無いこと喚いて旦那に疑いの目がが行くかも知れないですよ」
━━顔を近付けて熱心に助言してくる、少し離れろ。
「それに獣や魔物に途中で襲われたら守り切れます? というか山賊を守る気になります? ベルトラムでも中に入るには小銅貨2枚入りますよ。あんなの首を刎ねて袋に詰めた方が早いですよ旦那」
「う~ん」
━━想像以上に正論っぽいが、やるわけないだろ。首なんぞを運んでたまるかよ! 異世界の世界観なんだろうけど、簡単に首を刎ねろとか殺せというコイツの主張に付いていけない。寧ろドン引きだ。大事な事は自分の心の声に従おう。
━━
「……旦那、静かにチョッと動かないで下さい」
レッドが空気を変えるように鳶色の瞳を緊張に揺らして見つめる。振る舞いに幼さは残るが真剣な表情は大人のそれであった。神流は声のボリュームを落として聞き返す。
「どうした? 蜂か?」
「見られてる気配がしたんですよ。旦那の後ろの奥にある繁みから、誰かが、こちらの様子を伺っています。悪魔の谷から旦那をつけて此処に来る途中に、遠目ですけど武器を持ったならず者が彷徨いてるのを見掛けました。仲間の山賊の可能性が高そうですね」
「何人くらい居た?」
「木の上から見掛けたのはバラバラで5人でしたね」
━━まだ5人も居るのか。いや、最低5人というのとか。
神流は息を飲んだ。
「あっ気配と視線が消えました。もう声を大きくしても大丈夫ですよ。覗いてた理由は分からないすけど、報告か合流しにいったかもですね」
━━そうか、全然大丈夫じゃないな。
「その流れだと仲間を取り返しに来るパターンだろ。率直に聞くが、どうしたら良いと思う」
「旦那なら楽勝ですよ。……心配でしたら追跡して偵察して来ましょうか?」
神流の表情で察したレッドが気を効かせて提案する。
「そんな事が出来るのか!? 会ったばかりで悪いけど、その追跡っていうのお願いしていいか?」
「本当は有料ですけど、旦那との信頼関係の為に無料にしときます」
「……」
神流は無言で山小屋に戻ると何かを持ってきた。
「これを渡しておく、良かったら使ってくれ。俺には使い方が分からない。今から俺ももしもの準備をしに行く。もし俺に何かあったら頼む」
「これって……はえっ? はい、では行って来るっす」
レッドは視線の方向の繁みに軽快に走っていき姿を消した。見送った神流は、すぐに山小屋に戻りミホマ達に説明する。
「あのぅ……もしかしたら何ですけど、別の山賊達がやってくるかも知れないんですよね……」
「……どうしましょう?」
ミホマに緊張の色が浮かぶと明るい声が木霊する。
「カンナさんが、やっつけてくれるわよ」
「カンナやっつけて~」
「いやいや、勿論そうしたいよ。でも危険が来るかも知れないと分かったら防犯と対策はしないとね」
━━今のところ、全く勝つ算段も力も無いんだけど……。
神流はミホマ達と、まだ見えない山賊の仲間に対しての対策等の話し合いを始めた。
~*
「じゃあ、とりあえず俺は見回りに行きます。戸締まりと施錠は確実にに頼みますね」
「はい、神流さんお気をつけて」
神流は見回りに行くと告げて外に出た。小屋の前にいる馬の綱を握り林の中へ。中程まで来ると
「本格的な?戦闘が始まるかも知れないから、同志達は此処に一時避難な」
樹木の枝に綱を縛りつけて、身体を優しく撫でる。
「緩くしか縛って無いから、強く引けば外れる。逃げたくなったら逃げてくれよ」
神流は、そう言い残して悪魔の谷方面に近づかないようにして歩きだしだ。
代わり映えなく鬱蒼とする林の奥に進む。警戒し安全の為の視界は確保しているが緊張が空気に混ざる。腰に引っ掛けているのは青い山羊悪魔を倒した鉈だ。それを取りだし何時でも身を守れるように小指から握っていく。
「別に約束した訳でも確約がある訳でも無いんだよな」
出現した時から異質な不気味さしか無かったシジルゲート。そして、未だに夢や妄想としか思えない堕天使という存在。
神流は無かった事にして忘れようとしていた。新たな現実に戻ってしまえば音信不通でシカトを決め込もうとしていた。
━━だが今は時間が惜しい、都合良いと言われても会わなくてはいけない。あの臓腑から恐怖を撫でながら引き出す堕天使と
更に林の奥に進み立ち止まる。
「……」
周囲に人の気配が無い事を確認し見渡す。
━━普通なら目を瞑って「開け何とか、出でよ扉よ」と言うんだろうな。
神流は息を吸って静かに口を開く。
「おい……聞こえてんだろ? 入れてくれ」
魔の祝詞を小さく奏でたような予兆が空間に生まれる。
━━
神流の目の前に妖しく海月のように揺らぐシジルゲートが発光しながら浮かび顕現した。大気に漏れ漂う瘴気と濃密な魔力を孕む美しいシジルゲートが鳴動し佇んでいる。
「やはり夢じゃ無かった」
━━成り行き次第で悪夢に変わるんだろうな。
「はぁ……」
息を吐いた神流は無言でシジルゲートの表面に手を触れるとズルリと呑み込まれて消えていった。




