人を惑わせる物
神流はポケットからベリアルのお蔭で呪いが消え去った特殊アイテムを取り出して見せた。
本来の輝きに戻った白金のロザリオと金色と銀色の指輪は、朝陽の光を煌めきながら反射している。ミホマは瞳に驚きの色を色濃く見せる。
「まぁっ!?」
「一応戦利品です。泊めて頂いた御礼として受け取って下さい。ロザリオには装着すると体の回復力が高まる力が有るそうです。まぁ着けてると力仕事がしにくくなるらしいので、打撲が治ったら外して下さい。後ですね……」
「私も欲しい」「マウも~」
「ふぁっ?」
マホとマウの2人が指輪を取ると持って行ってしまった。ミホマが頭を下げる。
「こんな高価な物を頂いても御返しするものが……」
━━!!
神流の頭に月夜の記憶が過った。
「いえいえいえいえ、元はタダでまだ有るんですよハハ。じ、じゃあ外で魚を干して来ますねハハハハ」
作り笑顔を維持しながら空になった食器をササッと給仕盆に載せていき、早足で部屋から出ていく。
━━マジでドキッと緊張する。緊張してきた。背徳感が、煩悩退散!
神流は顔を赤らめ台所で簡単に食事を済ませると、温め直したスープを給仕盆に載せて外に出ていく。
歩いて裏手に回ると軒下で魚を吊るすレッド・ウィンドの姿が見えてきた。
「何が悲しくて要塞の城下街で有名な、このレッドの姐さんが魚仕事なんてしてるんすか? これだって、自分が食べれるか分からないのに。魚の臭いが取れなくなったらどうすんの?」
レッド・ウィンドは作業しながら、神流に負けない愚痴り加減を見せている。近づく神流の気配に気付くと憮然と顔を向けて主張してきた。
「全部吊しやしたよ。コレで信用してくれますよね」
神流は軒下をチラッと見て確認した。そのあとにレッドに目を向ける。
「よく聞こえなかった」
━━ホッペタが膨らんでいる。ポーカーフェイスを知らないのか? 嫌々なら、やらなければいいのに。ウチの会社の事務さんの爪の垢を飲ませてやりたい。
神流は湯気の上がるスープを給仕盆に載せたままレッドの前に置いた。
「食べろ、食事だ」
神流は洗ったワイシャツを庇に干した。臭いがつかないように、魚の干物からは距離を置いておく。
レッド・ウィンドは大きくあぐらをかいて、木のスプーンを突っ込んで具を掬って豪快に口に運ぶ。
「これウメッ! チョーうめぃ! なんじゃこりゃあ! あぁちちちっ! これうめぇですね。旦那」
━━静かに食えないのか? スプーンは全握りだし、顔も汚し過ぎだ。ズボンにも零れてるぞ。手を舐めるな。皿も綺麗に舐めるな。
神流はレッドに話し掛ける。
「すげぇ食い方だな。いやっ随分と美味しそうに食べるんだな。さっき言ってた俺を助けたって何だ? 言ってみろ」
「あっ覚えてないんすか? 旦那が灰色狼と戦ってる時に木のクナイを投げてチョッとですけど、お手伝いしたじゃないですか。やっぱり、余計なお世話でした?」
━━!?
「ん? ……あれってお前なの? …………そうかそうか、俺の事は段々畑でもパンダでも何でも好きに呼んでくれ。そうだ、御代わりすんだろ? するよな? 大盛りにして持ってくるから、少し待っててな」
「えっまだ喰えるんすか?」
神流の態度がガラッと変わった。まっしぐらに走って行き台所に戻った。スープを波立たせたどんぶり皿を給仕盆に載せて小走りで戻って来るとレッドに差し出した。
~~*
レッド・ウィンドは盛大に食べ散らかし、満足して食事を終える。
「ふぃーーっす」
━━よくあの量を食べ切ったな。胃薬は要らないのか? まぁ服を汚してもスープだし仕方ないな。作った甲斐があった。良かった良かった。……ベリアル以外にも助けられてる俺。うん、情けない。
レッドは口の唾を飲んでスープの余韻を感じる様子で神流を見上げる。あどけない鳶色の瞳が神流の目をじっと覗き込んだ。
「御馳走様でしたっ。で、で? 実際のところ上位のとんでもない悪魔を1人で倒してのける旦那は何者なんですか? 勇者……とかじゃないですよね?」
レッドの口から不意に核心を突く質問が投げ掛けられると神流は口を噤んだ。視線を空に移し少し間を置いた後、口を開く。
「俺も解らないが、名前は神流だ」
「はぁぁ?」
「記憶を失って倒れて、この家で世話になってる旅人だ。RPGならこんな感じだろ」
「はぁ? 何を言ってるんすか? からかってるんすか? ……もういいですよ」
マトモに答えない神流に対してレッド・ウィンドは、あぐらをかいたまま座り膨れている。
「あのですね。アッチが言ってんのは、そういうことだけじゃないんすよ。遠目や暗がりで見た時の旦那より魔力や力の気配が大きく感じるんすよ」
「何か漏れ出てるのか? 風呂に入って無いから体臭かもな。魔力を感じるって、お前魔法少女でも副業してるのか?」
「何、言ってんすか? 少女だなんてアッチは照れますよ」
━━言ってない。
レッドはクネクネしている。
━━魔力?悪魔にベッタリ触られてるからな。アイツの魔力と呪いの匂いでも付着したのか。
「俺は一応でも話したからな。じゃあ聞くが、あの悪魔の谷で何をやっていたんだよ? 悪魔の宝石目当てじゃないのか?」
「えっとすね。崖の上から見てたんすけど、旦那と悪魔の戦いで起きた爆発や煙が無くなった後には何も残って無かったっすよ」
━━確認していたのか。そりゃあ、コイツみたいのがいるかも知れないと、石の下に隠していたからな。危ない危ない。
神流はコクコクと頷きながら質問を続ける。
「仕事は、ずっと泥棒稼業なのか?」
レッドは紅い髪を揺らして首を横に振り否定した。
「違いますよ! だからトレジャーハンターですって。もう……アッチはですね、クワトロ永久要塞の城下町アグアで裏の依頼を受けて生計を立てたんですよ」
「裏の依頼? 強盗や殺しか?」
神流の顔が少し不機嫌になる。
他人にポーカーフェイス云々と思っているのに、感情を抑制しきれない神流を社会人として類別すると二流三流の類いに含まれる。
神流の疑心暗鬼。それとなく察したレッドが誤解だと弁解を始めた。
「なんすかその目? 殺しなんて受けて無いですよ。ちゃんと「情報屋ハイド」として、浮気の調査とか近衛兵や貴族の身辺調査とか迷子の探索とか色々と大変でしたマル」
━━調査が多いな探偵やスパイみたいなものか。
街に居ないで何で悪魔の谷に居たか、もう一度レッドに聞く。
「最近、衛兵が煩くて仕事が薄くて……」
レッドの歯切れは悪い。
「あの谷は守護竜の結界から、はみ出ていて不定期に瘴気濃度が上がる場所なんですよ。悪魔が棲みついてるのに行く奴がいると聞いて……」
レッドは顔を上げて口角を上げる。
「で、ですね、魔獣や悪魔にやられた奴等に高値で、薬草や薬を売ったり救助伝令の代価を貰ったり高価な遺品を拾おうと思って見張っていたら、旦那が死なずに悪魔をやっつけちまったんですよ」
鳶色の瞳に好奇の色を強く含ませたレッドは顔を綻ばせた。




