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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
一章
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天使の色

 

 落下する神流(かんな)を迎えたのは大きな月と星が瞬く満天の夜空だった。真っ暗な地上に向けて身体が加速していく。


 ━━身体が感覚を取り戻していくと最初に感じたのは夜の空気が浴びせる身を切り刻む寒さだ。冷気が剣山の針のように神経を抉じ開けて突き刺さる。脳が出したこともない危険信号を出しているが対応する術が俺に存在しない。


「な"に"ぬ"な"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


 クルクルと回転し上下左右が解らない神流が風圧に耐えて目を少し開けた。見えたのは夜の藍色に支配された世界全てが回転している絶望的状況。


 ━━壮観だ、俺は開放された。……違う!そんなんじゃない! 俺は飛び降り自殺でもしたのか? 自殺願望なんか無えよ。かっ風が冷たい痛ええ。


「いやっその前に息が酸素がっ息、息!?」


 人形のように風に巻かれなすがままにされる。


「ざむ"ぐ"ぬ"う"う"う"う"う"う"う"」


 ━━さっ酸素が喉に入っていかねぇ! 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け! チョッとづつ呼吸をするんだ。いや、死ぬ気でしろ! やれば出来る! 出来るさやれば腹式呼吸!


 落下の風圧に抵抗し寒さで硬くなる身体を大きく伸ばす。


「ふんすっ!」


 グルンッ!


 身体が反転し仰向け状態になり上空を見上げる。


「ヒッヒッフゥーッ ラマーズ法! リラックスしろ一瞬で空が遠く小さくなっていく。綺麗な夜空、ああインスタ映えだ」


 動揺が支離滅裂な言葉の類いを垂れ流させる。


 ━━俺は何処の雲から落ちたのか? 出来れば入道雲……このまま落ちれば歴代最強の凄惨な事故現場が出来上がりアクセスランキング1位確定。


「俺のバカ! 現実逃避するな!」


 その後、吹き上げる突風に弾かれて何度も回転し自分がどっちの方向を向いているのか解らず攪乱する。


「身体を広げて空気抵抗を多くして落下速度をっをっをーー!」


 そお構いなしに重力でビュン━━━━━っと落ちていっている感覚。神流に恐怖を呼び起こし噛み締めた奥歯がガチチと震えた。


「に"い"い"い"い"い"い"い"い"」


 もう一度仰向け状態に戻り安定安定させて自由落下し続ける。空を見上げ何かを掴もうとすると手に指輪が装着されてるのが瞳に幽かに映る。着ている服も何か違うが意識に入らない。


 ━━意味も解らず産まれて来たけど意味も解らず死ぬのは納得いかないぞ。この叫び声が俺の遺言になるのは嫌だ。もっと格好いい死に方が良かったのに。そろそろ、ネット伝説の『神様からの死ぬ前の最後のギフト』と呼ばれるブラックアウトをするのだろうか。


 悟ったかのように瞼を一瞬閉じると自分の真上で輝きながら浮かんでいた女性の面影に想いを馳せた。


 ━━


「…………そうか俺の初恋は天使色だったのか」


 呟きが終わる刹那、白目を剥いて失神すると力の抜けた身体はビュンーーと加速をつけて小隕石のように落下していく。



 ーー地面へと激突した。


 ***


 ーー


 ━━俺の身体は上空1万メートル以上の高さから時速200キロで地上に激突した。大地に大きな穴を穿ち跳ねた体は土埃と共に爆散し骨部を剥き出しにした腕や脚が周囲に勢いよく吹き飛ぶ。身体から転げ墜ちる頭蓋からは全ての脳漿が見事なまでに垂れ落ちる。脊髄神経だけで繋がった身体から見える桜色の純粋な内蔵はモツの匂いを漂わせた。その香りに引かれた野良ライオンファミリーとフードファイターで名高いサバンナハイエナ姉妹があれよあれよと美味しく貪り尽くしてお会計。野晒し状態でもダンディーさを失わない死体には、カラフルなラグジュアリーカード素材の大きなムカデが滑らかに這いずり回り、滅多にありつけない高級な残り肉を神に感謝しながら食い散らかし新品艶々骨模型のように仕上がる。残りは因数分解され微生物の知恵となりマイクロプラスチックは仕分けされた後、有機養分として土と月に還ったのでした。ああ、めでたしめでたし。


 ━━

 ━━


 ━━んっ何の話だ━━栄養価高い大地の豊富な恵みとなり安良かに成仏する俺はどこ行った? どっちかと言えば天国地方に行く筈だよな? 天使とのイチャイチャ抱擁は? もしかして夢? まさか、起きたらチューブだらけでICUとか植物人間とかはやめてくれーー!


 ***


「ハッ!」


 大きく目を見開いた神流(かんな)の黒い瞳に突き抜けるような空と聳える樹木が映り込んだ。周囲には折れた木々の枝が散らばり近くの地面が翼に似た形に陥没している。


「……ひかり」


 突き差すような朝陽が無理矢理にボンヤリしている神流の頭に強い覚醒を促し始める。


「死んで……ない?」


 ━━死体でもない。助かったのか?


「何で地面なんだよ。何処から落ちたんだよ。俺の部屋はタワーマンションじゃねぇ……うっ、何か忘れてる気がする」 


 超越した夢の出来事は霞みがかったように朧気な記憶になっていた。これ迄に起きた事を思い出そうと、うつ伏せ状態のままで周囲を見渡す。


「うん……どう考えても景色がおかしいぞ。寝そべったベッドから夜空に放り出されて此処に落ちたのか? 普通に棺桶レクイエムコースの筈なのに……」


 鼻腔に触れる異国の匂い。見たことも無い色の樹木や草が、目の前に幻想的に拡がって新しい自然の彩りを魅せる。


「ボーッとするし身体のアチコチがギクシャクする。……ひかりは?」


 夢で会った光輝くひかりという女性の顔を思い出そうとするが、霞みがかったように薄い印象になり思考の奥へと徐々に消えていく。


「……」


 ━━あの世じゃないとして、家の外の怪奇現象から現実逃避しようと仮眠を取ったらスカイダイビングしていた……全く繋がらない。


「寧ろ夢じゃないの?」


 目に入る情報をうつ伏せのまま直視して思案し始める。


 何処かの林だが神流の見たことの無いような植物ばかりだった。人の手が余り入ってないせいか、この場所は薄暗く鬱蒼とした緑に囲まれている。


「やはり何か知ってる景色と違う。植物のコントラストがおかしい」


 視界には見た記憶の無い青色やピンクが際立つ鮮やかな樹木や草木が緑の草木に混ざるように生い茂り幻想的に拡がる。


「何かヤバい事が起きてる。漂流中年というか未熟なアリスというか……!?」


 いつもの癖で、顎に手をやるとトレードマークの髭が無くなってる事に気付き起き上がり草を払って立ち上がった。


「マジか、情報過多だ……」


 服装も中学生の時の紺のブレザーに変わっていた。それに合わせるかのように身体も小さくなっている。


「肌質……白っアルビノだ! 背も胸も小さいし、変態……変身……若返った? 服装も学生……?」


 ━━10数年前という事なのか? まさかな……仮に、そうだとしたら確実に競馬と株で大儲け出来るぞ、土地転がしで社長業も夢じゃない。


「薄々、いや普通に気付いてたけど……何だこれ」


 普段ピアス等の装飾品を着けない神流(かんな)の両手の指全てに模様の施された鉛色の指環が装着されていた。

 全部鉛色に見えたが、よく見ると左手の親指だけが黄金色になりつつあり薄く明滅しているように映った。


「安物か?……不気味だ」


 ━━何故だか銀色にも見えるな。親指の指輪の模様は、あの森の幽霊扉のマークと酷似している気がする。


 気味悪く煩わしく感じ指輪を外そうとしても抜けない。力一杯に引き抜こうとしたが、全く抜く事が出来なかった。


「ヤンキーみたいだ。野犬や蜂が出てきたら、これでパンチして倒せということか? ボクシング部の神様よ?」


 ━━不快だが首輪じゃなくて良かったのは言うまでもない。


 何かを思い出した神流は助けを求めようとポケットに手を突っ込んで探る。


「緊急、緊急事態、財布と鍵が無い。スマホも無い、GPSとナビが無けりゃ此所が何処かも分からねえ! 新手の拉致監禁か? 監禁はされてないけど…………」


 救助も会社への連絡も不可能となった。急激に不安が胸の中を駆けずり回る感覚に陥る。


 ━━嘘だろ? どうやって家に帰ればいいんだよ? 日本じゃなくね? UFOに拐われてサイボーグにされて欧州にでも落とされたのか? それとも俺の隠れた超能力が目覚めてテレポートしてしまったとかタイムスリップとか……現実的なのは夢。


「………………夢」


 右手を自然な流れでスッと腰へと持っていく。


 ━━既に身体のアチコチが痛いが、古来から痛くなかったら夢だという伝承を実際に試す時が俺に訪れた。


「ハァァァ! 真の痛みで目よ覚めろ! 一瞬で現実のベッドに戻れ~~!」


 渾身の力を指に込めて太股の付け根を強くつねる。


 ーーグリッ。


「いどぅああああーー! くっ殺せ」


 爪先立ちで身体を捻って叫び声を上がる。


「痛過ぎるトラウマ、目覚めない、これは現実だ。本当に泣きそうだ。あっ涙出てるわ。喉渇くし腹も減ってきた。便所はどうする? どうせならアソコだけサイボーグにでも改造してくれよ……」


 痛みで涙目の神流は諦めたように呟くとスゥーーと大きく息を吸い呼吸を整えた後に叫んだ。


「どんだけーーーー!!」


 見知らぬ林には冷たい陽射しと涼やかな微風が流れた。


 ━━


 誰も居ないと嘆き叫んだ神流の声は冷たい空気に響いていた。


 荒々しい目付きをした男は粗い毛でざらつく顎を傾げて近くに立つ一回り大柄な男に問い掛ける。


「……おう、何か聞こえなかったか?」

「おらぁには聞こえなかった兄貴」

「おめぇは、いつも聞こえてねぇ」


 面白く無さそうに顎を戻した男の足元には、背中を斬り裂かれた兵士がうつ伏せに倒れ纏わり付く湿っぽい鉄と血の匂いを漂わせていた。



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