辿り着いた焔
神流が近付くにしたがって灯りの正体が鮮明になっていく。それは、拡がりを見せ続ける暗闇の中で唯一明かりが灯る蝋燭の遺跡だった。
まるで祭祀を執り行うように青白に燃える戦車を円環に囲む巨大な石の蝋燭達。それが紅蓮の炎を虚空へ送り、互いに煌めきを交わしながら陽炎のように揺れていた。神流は戸惑いつつも、明かりに向けて足取りを強くして進み辿り着いた。
━━!
「……一体、何なんだ?」
━━UFOでも降りて来そうだな。
眩く神流は暗闇で上空を垂直に見上げる。
暗闇の中で爛々とした炎が捻れる縄のように虚空へ巻き上がっていく。何も無い光すら無かった広大な空間、神流は闇の一部となり、熱と明かりを生み出す石造りの巨大な蝋燭の前で立ち尽くしていた。
10メートルを越す巨大な石柱の蝋燭が円周状に置かれ、その中心には青白い焔に包まれている戦車が佇んでいる。戦車とは言っても車体に機銃・滑腔砲などの武装を備え、キャタピラーで不整地を走行する戦闘車両などではなく。チャリオットと呼ばれる古代の戦闘用馬車であった。
━━唯唯異様さを見せ付けるオブジェだ。
(コッ……チニキ……テフウ……インヲ……)
「…………完全にホラーのラジオだろ」
神流は警戒しながら、青と白の炎が踊るように絡み合い燃え盛る白銀の戦車の傍らにまで寄って行き立ち止まる。そして、頭の中へ呼び掛ける発信者を特定した。
(コッチニキテ……フウインヲ……)
「まさか、そこの車の下敷きになってたりするのか?」
戦車の下から音のような電波のような強いノイズ信号が頭に流れてくるのが解った。
「…………」
神流はタバコを吸うフリをする。
━━犯罪の起きてる現場はここで間違いない…………黒だな。
「おい、証拠は揃ってんだ。お母さんが泣いてるぞ、素直に自首しろ」
腰の山刀に手を掛けポケットの塩袋を握ってから、屈んで覗こうとすると一瞬炎が燦然と揺らいだ。
「━━!」
燃える戦車の下から電波や信号とも違う、目の覚めるように鮮明な声が聞こえた。
『僕は堕天使べリアル、君に封印を解いてもらいたい』
炎の戦車の下に封じられている者が名を明かした。刹那、勢いを増す焔は神流の顔を炎色に照らし闇への抵抗を強めた。
拡がりを見せ続ける暗闇の中で唯一明かりが灯る蝋燭の遺跡。まるで祭祀を執り行うように青白に燃える戦車を円環に囲む巨大な石の蝋燭達。それが紅蓮の炎を虚空へ送り、互いに煌めきを交わしながら陽炎のように揺れていた。
屈んだ神流の顔を撫でようと舌のように伸び上がった青い炎と白い焔が、魔力に煽られてシアン色をみせる。
『もう一度告げる。僕は堕天使べリアル。君と契約を交わし仕える事が決まっている』
「……ちゃんと聞こえてるよ」
まだ姿の見えない堕天使が、自分の名を称して神流に告げると空気の流れの無い暗闇の大気が僅かに震えた。
━━不気味な蝋燭でも炎は綺麗に見える。灯りの無い状況だったから当然か……。
緊張を払拭するように内心で考察する神流の全身はかつてないほどに抑圧感を感じている。理解を越える圧倒的な存在へ勝手に生まれてくる畏怖の念に浸食されたじろいでいた。
━━1人で社長室に呼ばれた時の何倍か嫌な感じだ。まだ顔すら見てないのに……初めて青山羊悪魔メンと遭遇した時の圧迫感に近い。オカルトのスーパー地縛霊の類いか。堕天使の意味が解らないがべリアルって中ボス的なアレじゃないのか……アレの何処が天使なんだ?
言葉を失う神流に質量を持たない圧迫感が水中のような重力をかけていく。声の主であるベリアルは、そんな神流の状況を分かっているかのように言葉を発する時間を与え沈黙していた。
緊張と動揺の波が精神を繰返し揺さぶりはするが、不思議と敵意や恐怖を感じていなかった。神流は息を飲むと落ち着いて話し掛ける。
「つっ潰されてるのに随分と格好良い台詞を言うんだな。取り敢えず、不気味な扉と光る指輪は全部お前の仕業か? わざわざ俺を此所に来るように仕向けたのはお前で合っているか?」
『指輪までが僕の領域でもあるとしか言えない。君に足を運んでもらい契約を交わす為にシジルゲートを開いた事は紛れもない事実だ』
━━シジルゲート?
ベリアルの一語一句に反応するかように青白の炎は神流に原初の陽炎を見せ付けるように揺らぐ。
「契約?……目的はそれ? それだけなのか?……」
『そうだ、既に話した通りだ。僕は封印を解いてもらい契約を交わし君に仕える事を望んでいる』
━━そんな事の為に……契約内容も怪し過ぎる。
周囲を固める石造りの蝋燭1本1本には、彫刻が為されている。巻き上がる紅蓮の炎が揺らぐ度に象牙細工のように精妙な彫刻の陰影を、浮き上がらせる役目を果たしていた。
「全く、ここまで来んのがどれだけ大変だったか……」
神流は不気味な扉を潜り闇の中で死を何度も想定した。そうしてまでも聞きたかった事を質問をする。
「…………この世界に俺を落としたのもお前なのか?」
『僕ではない』
「じゃあ、俺が元の世界に帰る方法は知っているか?」
『僕は知らない』
「そうか……」
━━使えないぞ、もしかして今までの全部が無駄足なのか? 誰が俺をこの世界に……? 自称天使のモンスターが地面の下で焼かれ続けてるのは、一見可哀想にも見えるが問題はそこじゃない。
「何で俺なんだ? 俺なんかと契約してどうするんだよ? 何がしたいんだ? 何を俺から取るんだ」
『契約する事だけが僕の目的だと言語によって伝えている。君にも目的が存在する』
理路整然と受け答えをするベリアルに対して、調子の歯車に少しずつの狂いが生じる神流。その浮かない横顔は至近距離で業火とも言える炎に炙られているが、熱を感じる器官に不具合が起きたのかのように熱さを感じる事は無かった。
「元の世界に帰るのが目的だよ。それ以外の目的なんか無えよ。 ハッキリと言うが勘弁してくれ。命や寿命の交換条件とかは普通に嫌だ。心臓も寿命も渡す事は出来ない」
━━正論だよな。筋は通ってるしデメリットしかねぇ。
『交換など無い。君は指輪を集めなければならない』
「はい? これ以上要らねえよ。大体、煩わしいし邪魔なんだよコレ。逆に取れるなら取りたいくらいだ」
神流は、指環の付いた両手をブラブラする。その態度とは逆に額の冷や汗は止まらず、曲げた膝は攻撃された時に飛び退けるように力を込めていた。
ベリアルにとっては些末な事のようで、気にもせず会話という交渉を続ける。
『嫌でも、君は集めなければならないだろう』
「何でだよ。どうしてそうなる?」
神流は、ベリアルという堕天使の言葉が妙に引っ掛かっていた。会話の流れで取り引き相手が切り札を持っている時の状況を思い出していた。
『封印を解いてくれたら力を与え教えよう』
「その詐欺師みたいな交換条件を承諾する訳無いだろ」
『承諾する条件の存在を把握した。聞こう』
「………………っ?」
既に交渉というテーブルの中央にどっぷりと腰を掛けいた神流であった。




