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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
一章
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馬友と川友

 

 窓から差す寒い月明かりを浴びるミホマは、まるで死んだように小さな寝息を立てていた。神流は自分のワイシャツをソッと掛けて抱き抱える。


 熟睡しているミホマを、起こさないように部屋まで運びベッドの上に静かに寝かせてからシーツを被せ部屋を出た。そして、その足は外に向かっていた。


 神流は無性に居た堪れなくなり外に出ていた。静かな大気の中に佇む清澄な空気を一気に吸い込み喉から肺に送り込んだ。


「フッ俺の若さと包容力を兼ね備えたお返し(テクニック)のせいでミホマさんの少ないエネルギー失わせてしまった。俺は流離(さすら)いの罪人(つみびと)


 ━━まぁ、背中に手を回してるだけでミホマさんの瞼が落ちて行ったけどな。精神的に疲れ果てていたし自暴自棄に……。というか、あの状況じゃあれで限界っ。


 神流は空を見上げ黄昏る。空は明け方の兆しを見せていたが、まだインクのような闇は濃く夜の領域を残していた。自分の存在の矮小さを改めて感じ黄昏ていた。


「何処の世界でも星や月は綺麗なんだな。いつの間にか宇宙の広大さを感じ取れる年齢になってたな……」


 ━━気付かれて無いと思うが身体を触れられただけで一瞬とは……敏感過ぎるんだよ。俺の蒼い身体よ。


「だから青春仕様だって言ったじゃん……まだすね毛も生えてない誰のものでもない果実なんだよ」


 ━━失態を隠そうと頑張ったが、心の中で「ふっ」って温かく笑われていた気がした。「貝になりたい」とは、こういう時に使うべき言葉なのだろう。社会人として断れない事など山程あったはずだ。


「若さゆえの結果で決して失敗や恥ではないんだ。愛に形は無いんだ。解るだろ?」


 賢者の表情を見せる神流は立って寝ていた馬達に寄り添って話し掛けていた。


「解ってくれたか、この世界に生ける友人よ」


 ━━大きいつぶらな目が「誰も早撃ちガンマンなんて言わないよ。青い身体のフライングは仕方無いよ」と言っている。知らない人が見たら勘違いするくらい真剣に話し解りあってしまった。友情の証に貴重な水をやり(たてがみ)を撫でてやろう。 


「ホントは奴等を納屋から出して同志を納屋に入れてやりたいが、奴等を外に出してると山賊の仲間が見つけて助けに来る可能性があるからな」


 ━━納屋が空かないと色々と困るだろう。ミホマさんに警察とか刑務所が有るのか聞こうと思う。奴等には留置場がお似合いだ。山小屋に戻るのが、かなり気恥ずかしい。


「……さてと、行きますか」


 神流は山小屋に戻らず、何処かへ向かって歩き始めた。


 ~**


 天原神流(かんな)は、うっすら朝陽の差す林の中を一人で進んでいる。草木が若い太陽の光を反射して林を白い粉のように飾っていく。


「喉が乾くな、自販機とか置いて在ったら神だな」


 神流は迷う事なく目的地を目指していた。その姿は山菜採りスタイルと同じで、籠を背負い片手に木の枝、その反対の手には活躍中の山刀をガッチリと握っている。籠の中には、革の水筒と柄杓と予備の武器として錆びた手斧が入れてあった。


 ━━俺にとって灰色の狼は未だに恐怖の象徴だ。いつ復讐しに襲ってきてもおかしくはない。だが、今の俺には狼など眼中にない。眼中にないが襲って来たら、一撃入れるか入れないか微妙な所で逃げるだけだ。


 途中で見かけたのは茶色いウサギだった。


 ━━食糧になるかも。狼を食べる位ならあれの方が食べれるかも?


 山刀にじわりと力を入れた瞬間、3メートル感覚で跳ねて行き一瞬の内に神流の視界から消えた。


「はっ?……何だあれ。哺乳類の領域を超えてるよ……行こ」


 早々にウサギを諦めると手に持つ木の枝を大きく振り邪魔な草木を避けながら進み始める。


 暫く木の枝を振り歩くと目的の場所に辿り着いた。


「アレだ。あのデカい苔の付いた木だよ。こんなゴッツい木を見間違う訳がない。大岩と大苔樹は俺のハートナビに登録してある」


 茂みの先に根本と幹に苔を生やした一際目立つ巨大な広葉樹が聳えていた。その先に見えるのは断崖絶壁の谷だ。山小屋に向かいマホとマウに付いて行く途中の崖のような景色を見逃さなかった。いつか訪れようと思った神流はデカい苔の木の形と大まかな位置を覚えていた。勘頼りの神流が迷いなく辿り着く事が出来たのは偶然も含まれていた。


「流石、自分と誉めたい。念の為って俺の為でも有るんだよねby神流」


 ━━何で此所に来たのかというと精神的に半分自暴自棄に見えたミホマさんの悲壮な顔をもう見たくないというのが一番の理由だ。原因の根本は子供達への食料事情なんだから食材調達の拠点を増やす。


 神流は精神を抑圧する原因が食糧危機や飢えなら、何か滋養の在るものを獲って帰れば問題解決すると考えていた。


 ━━ミホマさん達は現代医学で言うところの栄養失調だと思う。何とかここで、栄養とカロリーあるものをゲットしたいところだ。俺だって、とてつもない空腹と戦っている。一石二鳥と行きたい所だ。


 辿り着いた喜びを噛みしめ、極太の幹をペタペタ触り寄っ掛かると、その先の遮るものが何も無い風景を眺める。


「こおおっ、異世界の大自然独り占め」


 崖を挟んだ向こうには大森林が絨毯のように拡がりを見せている。神流は崖の反対側に拡がる雄大な景色に得した気分になった。


 ━━地平線の先に山脈が浮いてるように見えるが、蜃気楼の類いだろう。空が近いというか雲が低い位置まで流れている。重力や気圧が違うのだろうか。


 崖下を覗くとタイミングよく突風が吹き上げて神流の黒髪を浮かせた。落差が50メートル以上ある谷の底では、指でなぞったような一条の煌めく清流が波立ち朝陽を反射させていた。


「おっとアブねえ! 吸い込まれる。川なら水は確定。まぁ、落ちたら一発で死ぬし女性や子供では降りる事も出来ないだろう……いきなり悪魔の谷とは限らないがこの高さは悪魔だな」


 冷たく刺すような風が時折激しく吹き上げてくる中を神流(かんな)は身を乗り出して降り始めた。赤茶色の岩壁には、自然に造られた段差が沢山あり神流は慎重に崖下を目指す。


「強えな風」


 ━━


 降りていく最中にフワリと神流の鼻先を屈折した光が(よぎ)る。


「チョウチョ?」


 透き通る透明な2匹の蝶が舞うように戯れて神流から離れていった。


「新種か? そうか……異世界だっけ? 元の世界でもアマゾンとか探せば居そうだけどな」


 神流は、透き通る蝶を見送ると手際よく崖を降りて行き崖下に辿り着く。たまに手を掛けた岩が割れて落ちるとヒヤッとするが、それ以外は苦にならずに降りて行く。


「強いて言うなら軍手が欲しかった位だ。粒々付きのヤツ」


 そこには和やかな太陽の光に包まれた風景が、自然の豊かさを誇張するかのように輝いていた。川原はまるで降り静まったように、ひっそりと丸い石で埋まっている。川幅は10メートル位の清流の川であった。


 ━━貴重な水源を確保しておけば、生き延びる確率はグンと上がる。今は水だけでも鱈腹飲んで空腹を誤魔化したい。


 神流は、河原に降り立つと籠から柄杓を出して。川の水を掬い上げゴクゴクと喉に流し込んだ。


「ああ、冷たい……駄目だ。クソッ冷たすぎて頭がキーンとする」


 水分補給を済ませると、落ちてた流木の1つを拾ってクルクルと振り回しながら河辺を探索し始める。すると


「おっ!? もしかして標準的なカニかな? ゲットゲット~」


 神流が河原の石を退けると4~5センチの赤茶の沢蟹が何匹か隠れていた。次々と苔や泥の付いた石を退けていきカゴに夢中で放り込んでいく。


 ~~**


「30匹は捕まえたな。カルシウムですよ。業績としては上等ですな~」


 結果に満足して石を退かす作業は一時中断しようとすると


「━━! 何か居る!?」


 小さい水蒸気の塊が近づいて来た。神流に近付くにつれ細かい形が明確に出来ていく。水蒸気で形を造形された小さいカワウソが沢蟹の入った籠にゆっくりと近付こうとする。


「おいマボロシカワウソ! 頑張って捕ったんだからダメだよ」


 神流は籠を奥に避難させる。水蒸気のカワウソは悲しそうに神流(かんな)を見上げた。


「お前も腹が空いてるのか? 足遅いから捕まえられないって? そんな身体でカニを喰えるのかよ? ……しゃあないな」


 神流(かんな)は中から数匹の沢蟹を取り出して活き締めにする。そして、一匹の沢蟹を水蒸気のカワウソの前に落とす。すると、ボヤけた前足でガシッと押さえると吸い込むように丸呑みした。


 ━━獣の魔物の類いかな?


「おい、俺より先に喰ってんだからな有り難く食えよ。大体その身体の何処に入って行ったんだ?」


 神流は活き締めにした沢蟹をもう1匹摘まみカワウソの鼻面によーく見せてから反対方向に軽く投げた。それを目で追ったカワウソは小さい水蒸気に戻り向こうに移動して離れて行く。


「おいファンタジーカワウソ、まだ投げるから恩に着ろよ」


 神流は、振りかぶって更に遠くへ投げた。水蒸気のカワウソが戻って来る事は無かった。


「貴重な沢蟹が減っちゃったな。あれが魔物って奴なのか? まあいい、いつか戦う事が有ったらお互い敵同士だな。危機は去った。フフン、やっぱりメインは川魚でしょ。さかな、さかな、さっかな~」


 時折叩きつけるような風が神流の衣服を鳴らす。小さな取るに足らない魔物は見えたが、生き物の鳴き声も無く誰1人居ない異様な気配が漂う悪魔の谷。


 メインの食材となる獲物の予感に足取り軽く川縁に移動すると神流(かんな)は上着を脱ぎ捨てた。



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