珊瑚樹と干し草
地下広場に佇む人達は神流の所作に注視して大人しく指示を待っている。
忘れかけた疲労感と眠気が瞼に重力を掛け始める。神流はベリアルサービルを覚醒させた。
━━チャッチャッとやんないと過労死で倒れるぞ俺。
「【並行起動】!からの【堕天使融合】!」
神流のエーテル体が引き上げられるように隆起していくと、頭上に有名な彫刻家が作成したような曲線美を持つベリアルの造形を完成させた。しかし、周囲の人達には見えず神流にも角度的に見えない。
━━!
神流はエーテル体が自分とリンクした事を感じとった。
ベリアルの形をしたエーテル体の双眸が紅の光を強くすると地下の大広間の地面に巨大なシジルマークが描かれていく。神流は鼻孔から冷たい空気の流れを感じながら呼吸を整える。
「フーッ俺が緊張してるのか?」
肩にプゥティィロを担いだまま器用に精霊紅魔鉱剣を引き抜くと、地面のシジルマークに軽く刺した。頭の中のイメージを精霊紅魔鉱剣へ流すと呼応するかのようにベリアルの姿をしたエーテル体が咆哮し魔力振動を地下空間に響かせた。
━━
━━エーテル体が発した不思議な魔力反響に反応する子供達が居たが、その姿を見ることが出来てはいないようだ。おっと余計な事は考えず先に進めよう。
「《立体空間上昇》!」
魔力振動に共鳴させるように精霊紅魔鉱剣の柄を握り締め力を込める。微かに振動した目の前のルーゲイズ別邸が、重力に反すようにスライドして上昇していく。それと共にズズッズズ━━━ッと下から神殿の屋根が出現してくる。
「「「「「「「おおおっーー!?」」」」」」
目の前で何が起きているか理解出来きず大人しく観衆と化していた人達が、巨大な邸宅が上昇していき下から神殿が出現すると驚きの声を上げ愕然としていた。
━━魔力が無くても物の動きは見えるから当然の反応かも知れない。口を開けて放心状態になるのは解るが、手を合わして祈りを捧げるのは間違いだ。あれは悪魔の神殿だから止めた方が良い。子供達が腕を上げて喜んでいるのも目端に見えるな、子供の反応は何処でも一緒な気がする。
神殿の高さが元に戻るのを確認すると神流は手を休めずに横を向いてベリアルサービルの柄を軽く握りサーチを始めた。人、刻印、魔力反応で位置情報と方向を確認していく。
━━人が居ないし、こっちで良いな。
「次っ!」
身体の向きを変えて再び地面に精霊紅魔鉱剣を突き直して詠唱する。
「《地下道路》!」
神流が意識を向けた土の壁に大型バスが通れる程の穴が空いた。その奥では凄いスピードでトンネルが造形されていく。掘削と違い圧縮してトンネルを造形しているから、内部の強度が増して残土も出てこない。
ーー腰に添えたベリアルサービルを握る手でサーチしながら、頭の中のイメージでの造形掘削作業に集中している。
━━やはり【堕天使融合】だと精霊紅魔鉱剣の性能も別物になるな。イメージ修正というか補正みたいのが入るみたいだ。とてもスムーズに仕事が進む。
━━!
━━んっ最短距離のここらで分岐点にしようかな。それで、もう少し奥に進んだら縦穴にするか。終わったら分岐の方も……………ヨシッ貫通した。仕上げに安全面の補強しとくか。
「《石硬膜化》!」
造成したトンネル内部に周囲から、収集された岩石や石が溶けて流れるように変型し石の膜と化して貼られていき内部強度が更に増し完全なトンネル道が完成した。
「出来すぎ君だろ」
━━インフラマスターも夢じゃないな。マジで贅沢過ぎる。これならガス、水道、光ファイバーの共同溝としても使えるのに何か勿体無いよな。
「まっ安全面さえ確保されればいいや」
【堕天使融合】の発動を解くと妖しく輝くベリアルのエーテル体は、地下空間を照らす篝火の炎を反射し煌びやかに大気に消えた。それを見ながら神流はゆっくりと後ろを振り向いて皆に説明をする。
「準備完了!」
━━時間無いしチョッと目立ち過ぎるから貴族街のゲートはスルーする。
神流は捕捉で衛兵に捕まったりすると素直に帰らして貰えなかったりお土産を没収される可能性もある事も伝えておく。
━━あまり状況を理解出来てないようだが各々頷いたりしているのが見える。
「取り合えず……じゃあ帰るから、俺の前にパパッと3列に並んで並び終わったらその場で座って欲しい」
質問をすることもなく大人も子供も指示に従い3列に並んでいく。全員が地面に座ったのを確認する神流は再び後ろを振り向いて地面に精霊紅魔鉱剣を刺した。
━━いけるかな?
「出発進行!《動歩道》」
神流達の地面に変化が起きる。地面の表層が軽く隆起しトンネルの暗がりに向かってベルトコンベアのようにゆっくりとスライドをして進み始めた。
「「!??」」
「わぁぁ!」
「動く!怖い」
「地面が変だ!生きてる!」
「ーーこのまま出口まで進むからジッとしてて」
神流が注意喚起すると地面の動く速度は段々上がっていきトンネルに突入する。暗闇の中でドンドンスピードを上げていく。皆の叫び声に配慮した神流は時速30キロ程でスピードを上げるのを止める。
明かりの一切無いトンネルの内部だがコーティングをされた壁や天井が所々キラキラと光っていた。
━━何かの魔石とかが混ざってるのかなあ。
五分程で目的地の縦穴まで辿り着いた。
「ーー行き止まりに到着! 一気に上に上がるよー!|《床上昇最上層》」
━━遊園地のアトラクションのような重力を感じる。上を見上げると光が見えた。そこに向かってドンドン近づいていく。
━━
「ゴール!」
そこはレッドと共に訪れたことのある平民街から、かなり離れた教会の近くの共同墓地だった。神流は人目につきにくいこの場所を選んでいた。
「解ってると思うけど、ここは城下町アグアの共同墓地だから、後は気を付けて帰ってね」
手を振る神流に頭を下げて去る人、御礼を言い涙ぐむ人、何も言わず走り出す者、様々に去っていく。その最中、神流は弟を抱く少年に声をかける。
「墓地は死んだ人達を安らかに眠らせる所だよ。もし弟を眠らせてあげるなら手伝うよ」
少年はしばし沈黙し口を開いた。
「ジョシュはゆっくり眠りたいって言うかな?」
「解らないけど、俺が死んだら横になって眠りたいよ」
神流は辛い顔を見せず出来るだけの笑顔で答える。
少年は頷いて神流に「手伝って」とお願いした。
埋める場所を探し墓地の奥に行くと紅い実を付けた珊瑚樹が見えてきた。
少年が神流を見上げた。
「ジョシュは木登りが好きだったんだ」
「そうか、喜ぶんじゃないかな。ここに埋めて上げよう」
珊瑚樹の根本に精霊紅魔鉱剣を刺した。
「《土棺桶》」
地面の棺桶の形をした深い窪みが出来る。神流が促すと少年は中に入り弟を寝かした。
「寂しくないかな?」
横に立ち見守っていた神流は、立派な珊瑚樹の幹から生える紅い実のついた大きな枝を剣で落として拾うと、土の棺桶で眠る小さな少年の胸にそっと置いた。
「寂しく無いように一緒に眠ってくれるらしいよ」
「……うん」
名残惜しそうな少年を引き上げ精霊紅魔鉱剣で操作してゆっくりとふかふかした柔らかな土を被せて覆っていく。完全に埋まるのを確認して次の詠唱をする。
「《墓石》」
地中から集めた多彩な石達が土台を造りアートさながらの立派な十字架と土台を構築していく。
「これなら、いつでも会いに来れるだろ?」
「うん、格好いい! ありがとう。……その子は?」
肩に担がれた血塗れのプゥティィロの事が、気になっていたようだ。
「まだ生きてるよ。血は止まってるし、コイツは寝てるだけだから心配ないんだ」
━━
神流には、十字架の横に佇む弟のジョシュがうっすらと見えていた。頷いて見せて少年とトンネルの縦穴の場所まで戻った。
「ここでお別れだ。名前は?」
「僕はジョニィ。おじさんの名前はKボーイ?」
おじさんて、まぁ中身はバリバリの中年に近いが……
「内緒だが、俺の本当の名は神流だ。雑用屋ハイドでアルバイトをしてる」
「沢山、沢山ありがとうカンナ! ボク……行くね。さようなら」
走っていく少年の背中に朝焼けを追い越す空が映えた。
━━沢山起きた悲劇の中の一人に何かしたとしても、自己満足なのかも知れないし偽善なのかも知れない。
神流は、自分の気持ちを割り切る為にどうしてもあの少年に何かしてやりたかった。
「…………そろそろ行くか」
精霊紅魔鉱剣を足元に刺して地下道に降りてから縦穴を防いだ。
《動歩道》を使い分岐点まで戻り別のトンネルに進む。行き止まりまで進むと《床上昇最上層》で床を急加速で上昇させていく。
「ふうううっマジで疲れた」
━━やっと着いた。
「ブルルッ」
そこは神流の屋敷の横に併設されている厩舎であった。馬のオルフェが下から現れた神流に馬房から声をかけた。
「起こしちゃったかゴメンな。少し寝かせてくれ」
積まれた干し草にプゥティィロを寝かせ隣に倒れ込むと緊張の糸がプツンと途切れた。
ーーそのまま意識を失い赤子のように眠りについた。
*
「━━!」
厩舎の扉が開きオルフェ用の水バケツを片手に持ったレッドが干し草に寝転がる二人を見つけた。
朝陽のつくる白光の領域が厩舎にも拡がり届いていた。
━━どんな苦しく辛い夜を迎えようと、それでも朝は必ず訪れるのだから。




