静寂の後始末2
人の気配の消えた長い廊下の床には豪奢な紅い絨毯が敷いてあった。草の模様が描かれた絨毯を進んでいくと鉄格子の扉が見えてくる。
空気をまるで読まないブランスト・ルーゲイズが自慢気に口を開く。
「あの扉は賊に入られても平気なように特別強固に造らせた代物なのだよ」
「……」
鉄格子の扉は施錠されていなかった。神流が格子に手を掛けて引くと蝶番が過ぎた時間を誇張するようにキィと音を立てて扉が開いた。
━━何年も放置されてた感じか? 鍵が掛かってても今の俺なら壊すから問題無いし。ん、鍵?
何かを閃いた神流は、足で絨毯を少しめくり精霊紅魔鉱剣をサッと抜いて床に突いた。
「《石の触手》」
大理石の床からニュゥンと伸びる石の触手が、開いたままでいる格子扉の鍵穴に先端から入っていく。
「上手く入ったな」
━━ここで少しサーチをして調整してから固めて回すと。
ーーカチッ
━━おっ開いた。ルパン四世になれそうだ。
眠気を忘れ小さな満足感を得た神流は、その様子を退屈そうに見ていたブランスト・ルーゲイズに壁際に設置された巨大な金庫を開けるように指示する。
金庫の鍵も施錠されておらずブランストが解錠せずに手を掛けると簡単に開いた。後ろから中を覗くと大量の金塊と金貨の袋、指輪ネックレス等のアクセサリーと書類、そして、液体の入った瓶と小瓶が詰まっていた。
「有る所には有るもんだな」
ハルファスは余り金を必要としていなかったのか。そうだよな、拐ったり奪ったりしてれば殆ど使わないだろ。
「余り驚かないのだな。私は自分の財産が残っていたことに喜びの驚きを覚えている。それで私の財産をどうするつもりなのだ?」
薄々気付いてるブランストが嫌々質問をしてきたが神流はスルーして質問で返す。
「この瓶は何だ? ポーションモドキか?」
スプレーは付いて無いけど香水を入れるアトマイザーに似てるな。
神流はブランストを押し退け片手で銀色の液体が入る不思議な形の瓶をつまみ上げる。
「その瓶はポーション等ではない。まぁ普通の貴族でも目にすることは滅多にない代物だから知らぬのも仕方ない。それは先代のルーゲイズ子爵、要するに私の父ブライアン・ルーゲイズから、受け継いだセイクリッドエーテルというものである」
「セイクリッドエーテル?」
「神官や僧侶、白魔導師や聖者ではない者が、天やその上に存在する宇宙に御座す神族や神々に語りかける時に必要なのだよ。身体の浄化に必要な聖液である」
「神と話せるのか?」
ブランストが作る大袈裟な表情に辟易しつつ神の情報が欲しい神流は質問を促す。
「話す等という恐れ多い事ではなく、神々に語りかけて采配を待つ儀式の1つである」
━━悪魔に頼った奴が何を言ってんだ。
眉をひそめて話を切り上げた。多少興味を無くした神流は横から金庫の中に無造作に手を突っ込んで、金貨の詰まった袋を掴み出すとブランストの手に乱暴に渡した。
「ちゃんと持てよ」
「うっ重い。長い監禁生活で足腰が弱ってるのに、そんな物を持たされたら腕が折れてしまう。何故誰も連れて来ないで私だけに持たせるのだ?」
神流はブランストを一瞥して質問に答える。
「えっ? 聞きたいのか? じゃあ教えてやる。元凶のお前のせいで見たくもない悪魔の実験や死体や親を失ったみなしご達を沢山見ることになった俺の気持ちの表れだ。俺から見て、お前には加害者としての自覚と反省の意識が全く足りてないんだよ」
「それは……」
ブランストは口を半分開きかけて止めた。
━━コイツが悪魔なんぞ喚び出して街に連れて来たお陰で、残酷な目にあわされた被害者達を腐るほど見てきた。この街に邪教徒だって存在しなかったかも知れない。奥さんと子供が居なかったら普通に殺してたかも知れないと思うと少し怖い。要するに俺のやるせない怒りが全く治まって無い分の憂さ晴らしだ。コイツの家族まで助けてやったんだ。ヤクザみたいだが殺されないだけ有り難く思えと切に思う。
神流は金貨の袋をブランスト・ルーゲイズに持てるだけ持たせる。そして、ポーションを腰袋に詰めて自分も金貨の袋を一杯に持って戻る。
「待たせたな」
戻ると実験されかけた人と拐われた子供達は、執事とメイド達が持ってきた大量の果実やパンやハムやソーセージ等を食していた。
━━いいね。
神流は手を上げて全員に聞こえるように語り掛ける。
「食事しながらで良いから全員で外に出ようか」
全員を連れて玄関からゾロゾロと外に出て行く。外が地下だった為に皆がざわつき始めると神流は演説口調で話し始めた。
「取り敢えず自己紹介する。俺の名前はKボーイだ。皆を拐った悪魔や邪教徒はもう居ないから安心していい。此所に居ても仕方が無いと思う。皆には自分の生活に戻って貰うつもりだ。そして、今から皆を街に連れて帰ろうと思う。居ないと思うけど、どうしても嫌な人は言ってくれ」
━━半分冗談のつもりだったが、手を上げる子供が数人現れた。
神流が理由を訪ねてみると、親もおらず貧民街に居たが住む場所もなく衛兵から逃げながら暮らしていたらしい。寒さを凌ぐ壁や屋根と食べるものさえ有れば此処に居たいという話だった。
「うーん、一応解った。なら、あそこに居る邪教……じゃなくて執事とメイドの所に行ってチョッと待ってて」
頷いた数人の子供達は言われた通り邪教徒の執事とメイドの近くに走って行く。
「……で、残った人達には、今からお土産を配るから2列くらいで並んで欲しい」
神流に言われた通りにブランストと神流の前に並んだ人達に、金貨を50枚ずつ配っていく。手を広げて受け取る人達は篝火の灯りに煌めく金貨の小山をポンと掌に乗せられると感嘆の息を吐いて驚愕の表情を見せた。そして、不満顔のブランストを改めて紹介する。
「えーと、悪魔に呪いの魔法を掛けられて屋敷を貸していたブランスト・ルーゲイズ子爵様が、全責任を取って皆の後見人になるという。困ったらいつでも頼ると良い」
「なっ金貨を渡したではないか?」
横を向く神流の眉が凶悪に歪む。音量を抑えて小声で淡々と告げた。
「はぁ? お前に終わりなんてねえよ! 死ぬまで責任を背負って生きろ」
神流は徐に執務室を漁って持ってきた何本かのペンと紙の束を取り出してブランストに渡す。
「今度は何をさせる気なのだ?」
「いいから、その紙に自分の名前と「保証する」と書けよ、皆に配るから。出所のハッキリしない金貨じゃ安心して使えないだろ」
保証書を配り終わり気が抜け落ち唖然とするブランスト・ルーゲイズ。それを捨て置いて近くに居る片腕の邪教徒を呼び寄せる。
「主様御用でしょうか」
「遅くて悪いな、取り敢えずこのポーションを使ってくれ。シロにも飲ませる」
片腕の邪教徒が頭を下げてから触手でポーションを受け取ると腕の傷口に振りかけ。残りは一気に飲み干した。するとまだ若干出血していた腕の傷口が完全に治癒して塞がった。
神流は邪教徒に抱えられたプゥティィロの折れた爪の根本にポーションを垂らし口元にポーションを少しづつ注いだ。
「シロ、チョッとで良いから飲み込め」
「うっ」
神流はベリアルサービルの柄を邪教徒に当てて【君主】の刻印を付与する。
「お前には他の邪教徒の主導権を与えた。この屋敷の見張りと管理を任せる。あと子供達に屋敷で仕事を何かさせて面倒をみてくれ。そして子爵の手助けと見張りも頼む。それと危険がない限り一般人に触手みたいのを見せないようにしてくれ。ーー後、お前を含め魔力や魔の根っこが暴走したら眠りにつくよう命ずる。俺に用がある時は平民街の雑用屋ハイドで神流を呼び出せ」
「御意のままに。主様、慎んで命令を拝命致します」
「お前の名前は何て言うんだ?」
「主様……私めの名はジムラドで御座います」
「後は頼んだぞジムラド。プゥティィロは連れて帰る」
深く頭を下げる片腕の邪教徒からプゥティィロを受け取り肩に担いだ。そして、離れた所で放心状態でいるブランスト・ルーゲイズの目の前まで歩いて行く。
「取り敢えず一段落だ。この人達は俺が城下町まで送る。屋敷を地上に戻すから邪教徒と子供達を連れて中に戻れ。ハルファスがしていた政務仕事の引き継ぎをしながら、次の話を待っていろ」
「私を屋敷に監禁するのか?」
神流は片目を瞑り溜め息を短く吐いた。
「何なんだその被害妄想は? そんな事は言ってないだろ。国にバレたらお前が死刑とかになりそうだから、仕事の辻褄を合わせておけと言っている。自白してこの国の刑に服したいなら俺は全く止めない。……被害者への保証はまださせるけど、仕事の目通しが着いたら子供に会いに行けば良いだろ」
「……わっ解った。そうさせてもらう」
━━全く疲れる。
大袈裟に頷いたブランスト・ルーゲイズが屋敷に戻って行く。
「主様、次にお会い出来る日を楽しみに御待ちしております」
「そうか任せたぞ」
神流に頭を下げたジムラドに引き連れられた邪教徒と子供達が屋敷の中に入って行く。それを見届けてからベリアルサービルを引き抜いた。
「さてやりますかね」
ーー神流はあくびをしてベリアルサービルをクルクル回しながら覚醒させた。




