超高位の悪魔との乱戦舞闘遊戯
神流の攻撃により、薄暗い部屋に埃が舞い上がり異形の影が浮かぶ。
「クルッ!苦労して仕上げた上物の魔造魔皮が台無しになってしまった。あくまでも我に楯突く愚か者め」
異形の人影が、身体に纏う穴が空き折れた骨が肉と共に露出し、無惨に穴が空き血がドクドクと垂れ流れる破れた皮膚を身体から引き剥がした。すると、異形な鳩の悪魔が正体を現した。
2メートルの体躯に灰色の羽と牛のような角を生やし、鳥の足のような四本指の手をギリリと握ると無機質な鳥目で神流を見据えると嘴が裂ける開いた。
「クルル、冥土への手土産をやろう。この部屋の真の姿を見よ」
ハルファスが口にすると壁や椅子の表面がパキパキとヒビ割れ崩れていく。すると、壁一面にビッシリと人骨がオブジェのように埋められ装飾されていた。ハルファスの椅子や机も人骨を組み合わせ造られた異様な造作物で恐怖と吐き気を誘う代物だった。
「余計な物を見せやがって。誰が見たいと言ったんだクソポッポ!」
言葉では強く出たが、神流の心は予想のきかない恐怖、目の前に在る死者に対する哀悼と戸惑い、殺意が塗り固める怒りが渦を巻き蠢いていた。
【冷静】の効果で頭は冷静なのだが、無理矢理押し潰された感情のしこりが胸に残りバランスの悪い複雑な負の精神状態を構築していた。刻印が無ければ、心の木枠は破壊され自我を保つ事さえ不可能だった。
━━気持ち悪い、気持ち悪い、必ず殺してやる、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、必ず殺してやる、気持ち悪い、気持ち悪い、死ぬかも知れないな、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、仇を、必ず殺してやる………………。
━━
親指の指輪が強く明滅すると沸き上がり芽吹こうとする負の感情が、ドロリと溶けていき指輪に喰われたように消えた。血の気が滝のようにザーッと下がる感覚を味わいながら、神流は呟く。
「不安とストレスを食ったのか? なんか身体に悪いことをされてる気がするな。総ては終わってから考えればいいや」
「クルル、動揺しているのか? 予言してやろう貴様は子兎のように跪いて我に慈悲を仰ぐだろう」
急にハルファスは嘴を裂いて開くと、鼻瘤を震わして顔の前に魔法陣を形成していく。
「√√∝∫∫∬∠眩暈!」
魔法陣から大きな波動と共に神流目掛けて魔法が討ち出される。
神流は魔法の軌道を読んでダマスカスルージュを縦に構えて受けたが反動で後退りよろけて壁に背中が当たった。
「おおあぶなっ!?」
━━ルージュ万能だな。魔法の攻撃を何とか防げるみたいだ。
「そこなら安全だと思うのかクルル」
「ー━!!」
神流が接する背中の壁が隆起して変形していきガーゴイルが浮き出てくる。神流の肩を掴むと羽交い締めにして拘束した。神流の上腕にメキリと石の爪が食い込んでいくとミリッと軋み音を鳴らすと上着と皮膚を突き破り肉まで届いた。
「ぐうああっ!」
「何とあっけない。そのまま絞め殺してやるのも良いが魔造魔皮を台無しにした貴様を簡単に殺してはつまらん。先ずは生きたまま、じっくりと啄まれる地獄を見せてやろう。クルルル!」
ハルファスの目が4つに増え邪悪な燐光を放つ。毒々しい紫の爪の立ててノックするように振ると周囲の空間が歪みオオハシのスケルトンが次々と現れてくる。牙のある嘴をカタカタと鳴らし神流を喰らおうと迫っていく。
━━マズイ身動きが取れない。クソッ、クソッ、ダマスカスルージュさえ抜ければ………。
神流の脚に噛みつこうとオオハシのスケルトンの歪に欠ける嘴がギシャっと開いた。
「ぐぅっ喰われてたまるかよ!」
神流は食らい付こうとするオオハシのスケルトン達をを蹴り飛ばす。
「クッルッルッ、焼いて炙れば肉が香ばしくなる」
ハルファスが嗤いながら追い討ちを掛ける。灰色の腕を神流に向けて振り炎の羽を射出した。風を切り炎を靡かせた悪魔の羽が神流を強襲する。
━━
ーーバシュッバシュッバシュッ!!
神流と炎の羽の間に石の盾を持った邪教徒が割って入った。石の楯に羽が刺さり明々と燃える。
「主様、お怪我は?」
「大兄様に何するね! 真白爪!」
神流を羽交い締めにしてるガーゴイルにシ フィリャ プウティィロの爪の一撃が深々と突き刺さり石の表皮を砕いて吹き飛ばした。神流も勢いで床に倒れる。
回転して着地したプウティィロは、起き上がり膝をついた神流に顔を向ける。
「大兄様、呼ぶの遅いね、ビヤンコ石になるね」
「あっああ、忘れてて悪かった。悪かった」
口を膨らますプウティィロは、身体を深くしずめ力を溜めると、迫りくるオオハシのスケルトン軍団に向けて一気に跳躍した。
「お前等も喰らうね!」
「縦回転裂爪!」
プウティィロが縦に回転しながらオオハシのスケルトンを破砕していく。
ハルファスは軽い驚きを覚える。
「貴様は僕の邪教徒、そして、実験用の白虎族ではないか!?」
神流は肩に引っ掛かるガーゴイルの腕を剥がして投げ捨てる。
「ぐううっいてて、豆鉄砲でも食らったのか? 鳩ポッポだけに。マルファスみたいに自分で戦え、ズルポッポ」
「フンッ人形が策を弄したか。……んん? 生きている人間がマルファスを知っているとは珍しい」
鼻息を吹き出すハルファスの頭上に妖しく紫に光る羽が、無数に揺らめいて浮遊している。その紫光の羽が生き物のようにスケルトン達を破砕するプウティィロに狙いを定め急襲する。
「シロ!! その羽は危ない触るな避けろ! 戻れ!」
「ーー!?」
回転を止めたプウティィロが向かってくる紫光の羽を視認した。
「こんなもの訳無いね。弾け飛べ真白爪!」
爪で弾き跳ばそうと渾身の右腕を突き入れた。
「ばかっ!!」
━━
「ぎやんぁーーーーっ!!」
白い毛玉が紅い塗料を撒いたように弾け飛んだ。自ら腕を伸ばし紫光の羽の直撃を受けた形のプウティィロの爪は根元から無残に爆ぜ飛び、白い毛並みの腕は所々抉れて血を噴き出し深紅の模様に染まった。床に溜まる血溜まりが衝撃の威力を物語った。
「クルル、遠慮するなもっと味わえ」
ハルファスが揺らめく紫光の羽で蹲るプウティィロ追撃する。
「《石衝立3》!」
ダマスカスルージュを床に立て、プウティィロの前に三重の石の衝立を創り上げプウティィロを守る。
「邪教徒、シロを守れ! このポーションを飲ませておけ」
「はい、主様」
神流はポーションを邪教徒に投げ渡して、ハルファスと対峙するとダマスカスルージュをハルファスに向けて突き立て詠唱する。
「《石槍9》!」
ハルファスの至近距離の床から、9本の石の槍が剣山のように競り上がりハルファスを襲う。
「クルァ!」
ハルファスの咆哮で石槍に亀裂が入っていき届く前に強度を失い崩れていく。
「一本も届かねえのかよ!?」
「囀ずるな! こんな稚拙な攻撃をまともに喰らうと思ってか? もう少し我を楽しませて踊るのだ。クルッ」
首を上下に揺らすハルファスは、空間を歪め狭い室内に新たに禿鷹のゾンビを呼び出す。肉を垂らす異形の禿鷹の群れが神流を襲う。
「クッルッルッ。演者は多い方が愉しかろう? この部屋は我が胎内も同じよ」
更に壁中からワラワラとガーゴイルが沸きだした。ーープウティィロ達にガーゴイルが襲い掛かる。神流は床にダマスカスルージュを突き立てる。
「クソッ《石槍9》!《石壁》!」
床から生える石の槍が次々とガーゴイルを貫いていき、プウティィロ達の前に石の壁が構築される。神流は振り向きざまに飛来する禿鷹のゾンビをダマスカスルージュで斬りすてる。
こんなに部屋だと戦い難いとは、追い詰めたつもりが追い詰められてる気がする。
「我を忘れておるぞ」
ハルファスから紫光の羽が神流に向けて殺到する。
━━
「ーーいっ!」
「《石衝立》」
石の衝立に紫光の羽が触れると空間を消滅させ綺麗な円を描く穴を空けていく、と同時に神流の背後の空間に異変が起きていた。
━━
空間が大きく捻れ、中から巨大な鳥の腕が伸びてきて神流を鷲掴みにした。メリメリと軋み肉と骨が悲鳴を上げる。
「ぐあっうーー!」
神流は再び捕まってしまう。負傷したプウティィロと邪教徒には、禿鷹のゾンビとガーゴイル達が殺到していた。魔物に囲まれた形の邪教徒は石の壁を背にして石の盾と触手を使い嘴と爪の攻撃を必死に押し返していた。
神流を見下すハルファスは余裕の表情で嘴を上下に振りながら嗤った。
「そいつは巨躯過ぎて我が招来空間を通り抜けられぬのだ。クッルッルッ、我の巣に自ら足を踏み入れた愚か者の末路が見えてきたな」
ハルファスが神流の前にスーッと歩み寄り口を開ける。喉の奥からドゥローッと赤と藍色の混ざった不気味な三叉槍を吐き出した。手に持ち撫でると石突きに複数の目がギョロリと浮かび上がり穂先に無数の口が出現する。
「ギィ!」
「ガァシュシュ!?」
「ゲゲロッ」
「ベーーェ!」
「グッッ!」
「ヘッヘッ」
━━何だそのキモい武器は?
「ぐうぅ! 駄目だ動けない」
神流の中で不安と危機感が膨張していく。
━━やっぱり対策不足だったのかよ。部屋の中にポッポ軍団が居るとは誰も思わないだろ。外から屋敷ごと潰せば良かったかも知れない。それよりシロも重傷だ。やはり連れて来なければ良かった。ーー切り札1枚で余裕だと思ってしまった。俺の安易な勝算がこの状況を招いたのか。いや、十分なアドバンテージが有るのに蛮勇を気取って活かせない俺の知能指数と思考回路に問題が有るんだろう。
目の前に来たハルファスは虫でも見るように神流はの全身を眺める。
「やっと大人しくなったようだな。クッルッルッ……クルアァァ!!」
ーードキャ!
三叉槍で神流を殴り付けた。切れた額からドクドクと血が滴る。
「……うくっ」
「どうだ、首は折れたか? これは血と怨嗟の呪いを混ぜて出来た特別な死の三叉槍。触れただけで人間に呪いを付与し死ぬまで苦しめる代物だ。幸運が訪れたようだな。今の一撫ででは呪いが付与されてないようだ」
神流の血で濡れる髪を手荒く掴み顔を向かせる。
「……うっうるさいんだよインチキ鳩ポッポ」
「ンーークアァ!!」
三叉槍を握る拳で殴り付ける。ブチブチと髪が千切れる音がした。奥歯が根元から折れ口から勢い良く血を噴いた。巨大な魔鳥の指に溜まる血液が鏡のように神流を憐れに映し出した。
「ごふうっげほっおほっ!」
「クルル、泣き叫んだり命乞いもしないとは……。そろそろ余興も終わりのようだな。愚かな貴様に1つチャンスをやろう。その力を使い邪教徒として我に尽くすなら許しても良いぞ!さすれば自由な時間も金も女も与えてやる。死の恐怖に比べれば破格の待遇ではないか」
神流はハルファスを睥睨する。
「ゴフッ……お前には見えない。くだらない宗教ゴッコをしてる化物に対する怒りの色が……俺が、お前みたいなインチキ鳩ポッポの元へ転職する訳ないだろ」
ハルファスは首を傾げて嗤った。
「良い返事だ。その大言の対価として心臓と魂液を綺麗に抜いてやろう」
ハルファスが赤と藍色の呪いの三叉槍を手に持ち直して巨大な魔鳥に指示をする。
「その愚か者をそのまま放すでないぞ!」
ハルファスがゆっくりと神流の背後に回り込み嘴を鳴らすように喋る。
「目に見えぬ方が恐怖をより引き立たせる。クルル、魔鳥の手ごと貫いて捻りながら心臓と魂液を抉り出してやろう」
ハルファスが赤と藍色の三叉槍をゆっくりと上げ心臓に狙いを定める。禍々しく当然のような邪悪に濡れた殺意を浴びる神流に、うっすらと死への圧迫感と身を弾け散らすような緊張感が生まれていた。
「クルル、どこかの神にでも祈れ」
三叉槍を突き入れようと後ろにググッと腕を引いていく。身動きも出来ず口から血と涎を垂らす神流が小さく口を開いた。
「…………俺は……お前達がアエーシュマと言って、神と崇めるアスモデウスに会ったぞ」
妖しく光る三叉槍が空中でピタリと停止する。ハルファスの顔色が始めて変わった。嘴を前のめりにして眉間に皺を寄せ神流の後頭部に視線を刺したまま動きを止めた。




