夜食のお供に戦いを
マナー・ハウス(領主館)を後にした一行は行きと同じように陰鬱な空間を通り地下神殿の前に広がる大広間に戻ってきた。
邪教徒の腕には大量の衣服の束が持たされている。頭を垂れるブランスト・ルーゲイズ子爵が床に不平を紡いだ。
「またこんな所に戻って来てしまった。不幸であるううっ!」
「コレ柔らかくてウマイね。しょっぱくて美味しいね」
さっそく厚みのあるベーコンを素手で摘まみ食いするシ フィリャ プウティィロの手は、肉汁と油でギトギトになっていた。プウティィロの逆の手には残り物のベーコンとチーズが詰まった革袋がしっかりと握られている。
━━人族とは違う感性というか、レッドを超えるワイルドさを醸し出してるな。
プウティィロを見て緊張感が一気に無くなった神流は、舞い降りた嫌な予感が現実になる前に予防しておく。
「言っとくけど、その手で俺の服を触るなよ」
プゥティィロがベーコンをガシガシとかじりながら、神流を薄み掛かる青い瞳で不思議そうに見上げる。
「どうしてね? 爪は引っ込めてるから安全ね大兄様」
「どうしてもだ。後で手を洗えよ」
言い聞かせるように言いながら、シトレーヌから持たされた高価なハイポーションを取り出す。高級ワインのように熟れた紅いその液体を飲み干すと細胞が活性化するのが脳に伝わりリアルにその効果を実感する事が出来た神流は感動を覚えた。
「ーー!こんなに効くのか!?」
吸い取られるように痛みが消えていき手首の骨折と胸の火傷をほぼ完全に回復させた。その効果に軽い驚きを覚えたが、二人の視線に気付いて意識を戻し行動に移す。
全員で神殿に入って行き寝台の部屋に辿り着くと衣服の束を置いた。神流はブランスト・ルーゲイズ子爵に寝てる人達に着せておくように命じる。
「何で私がそのような事をせねばならぬのだ?」
神流は温度の下がった眼球を冷たく動かすと視線をブランストにぶつけて再度口を開いた。
「……俺達はな、お前が喚びだした上位悪魔のハルファスと戦いに行くが、お前も責任をとって命を賭けて参戦するか?手紙を渡したら命を差し出すって言ってたよな。そこで死んでくれれば、お前のせいで死んだ人達も浮かばれるだろうよ」
神流の容赦ない言葉にブランストは急に狼狽し出す。
「いっいやっ私では、足手まといになるであろう」
汗を垂らすブランストは視線が空をさ迷い始める。
「なら黙ってやっておけ!」
了承して頷いたブランスト・ルーゲイズに向け鞭で叩くようにピシャリと命令する。
「あとな、女性に変な事をしたら、お仕置きした後でシトレーヌさんに全部伝えるからな! 後で迎えに来るからちゃんとやっておけよ」
━━こんな奴に気遣いなど必要ない。家族の話を聞かなければバシバシと痛め付けていたと思う。
神流達はブランスト・ルーゲイズ子爵を置き去りにして神殿を出て大広間に戻る。
神流は神殿の入り口で篝火を浴びる累累と横たわる邪教徒の死屍を眺めると無言で懐から黒い水晶を出し掌に乗せた。
「本当は嫌なんだが此処で彷徨かれるのも困る」
曇った顔でベリアルサービルを覚醒させ柄を当てる。黒い水晶の上の空間が疼いて陰を孕む小さな紫の渦が揺れながら顕現する。その渦が勢いを増すと風の無い流れが生まれた。暫く暴れるように漂う霊達を吸い込み続けつむじ風のように消えた。
「終わったようだな」
事務的に黒水晶を懐に仕舞うと親指の指輪に語り掛けた。
「ベリアル、この大量の死骸が必要なら、向こうの壁の下部にゲートを出せ。必要ないなら全て埋める」
━━
向かい側の隅角にズゥゥとシジルゲートが浮かび揺らめいた。輪郭には前より力強い印象を醸していた。
神流が、何をしているのか理解出来ない後ろの2人に動かないように指示をすると精霊紅魔鉱剣を鞘から引き抜いて地面に垂直に突き刺した。
「いけるか?《動く歩道》」
大広間の地面に変化が起きる。転移魔方陣以外の表層がシジルゲートに向かってベルトコンベアのようにゆっくりとスライドを始めた。
「「!?」」
━━ルーゲイズ本邸で精霊紅魔鉱剣での操作練習をした際に思い付きいつか試そうと考えていた。この死骸の腐敗は衛生上良くない。誰かに処理させるのも気の毒に感じ全てベリアルに渡す事を考えた。
ものの数分で二千を越える大量の死骸がベリアルのシジルゲートに呑み込まれていき消失した。大広間中に散乱していた死骸が無くなると共にシジルゲートは一瞬で消え去った。鞘にダマスカスルージュをゆっくりと戻し首を後ろに向ける。
「主様、誠に素晴らしき力」
「大兄様また魔法ね。大掃除の魔法ね!」
神流はプウティィロに視線を向けると一緒に神殿の外に出るように促した。
「ここからが本番だ」
全員で転移魔方陣の近くまで移動し神殿に振り向くとベリアルサービルを引き抜いて覚醒させる。
「【並行起動】」
詠唱すると魔法の発動経路が2つに分岐する。
「【堕天使融合】」
神流の身体から浮き上がるエーテル体が、増殖するように隆起して頭上でベリアルの造形美を完成させる。
神流の身体とエーテル体がリンクして完全に繋がった。
完成したエーテル体の目が赤く燐光を放ち始め、地下神殿の大広間の地面一杯に巨大なべリアルのシジルマークがみるみると具現化されていく。
「!!」
プウティィロは空間の大きな魔力変動を察知してパラボラアンテナのように耳をピンと張って横に寝かせる。
白虎族は虎族より著しく五感が優れた種族である。神流が発動しているのは解っているが、大き過ぎる魔力振動と魔の気配に身体が反射で反応して毛がピリピリと逆立っていた。
「さてとサクサク行くぞ」
スラッと抜いた精霊紅魔鉱剣を地面のシジルマークに突き立てる。
「《修復》」
形の崩れた天井や地面の形を修復していく。すると神流の狙い通り穴の空いた対魔の結界が復活した。
何故かプウティィロは拳を握って右手を上げている。結界の復活を認識した神流がイメージと気を研ぎ澄ませ集中させる。
ベリアルの姿をしたエーテル体が地下空間に魔力を破裂させるように咆哮した。
「 《立体空間下降》!」
共鳴させるように精霊紅魔鉱剣の柄に力を入れる。
地下空間に響き渡る咆哮、そして微かな振動と共に目の前の神殿が地面と共に沈んでいく。ズズッズ━━━と神殿の上から目の前に巨大なルーゲイズ別邸が下降してくる。
地下と同じ高さになるのを確認して【堕天使融合】の発動を解くと、妖しく輝くベリアルの造形も地下空間に霧散していく。
神流は振り向き、口を開け牙と瞳をキラキラさせて手を上げてるプウティィロに声を掛ける。
「シロ、まだ残るなら引き返せるぞ」
プウティィロは首を傾げる。
「何を言うね大兄様? ウマイお肉をくれた恩を返すね」
「そこかよ? ベーコンは俺あげてないし」
『仲間の仇は、シ フィリャ プウティィロが倒すね』
右手を神流に掲げて宣言するプウティィロを見て苦笑いしながら答える。
「相当高位の悪魔だからな。ちゃんと指示聞けよ。死ぬなよ」
「はいね! 大兄様、任せるね!」
神流はベリアルサービルを起動させ内部のサーチを試みる。
「ーーこれは!? …………大体解った。乗り込むぞ」
神流達は、ハルファスの館となったルーゲイズ別邸に正面玄関から堂々と入っていく。地下に降ろした建物の内部においては月の明かりは当然届かない。薄暗いロビーを照らすのはわずかに発光する壁に埋め込まれた魔石のみであった。
━━有り難いな、火を灯さずとも視界は保てる。貴族の邸宅では当たり前なのだろう。
「━━!」
当然の如く寄ってくる執事やメイド風の邪教徒モドキ達を【麻痺】【睡眠】【伏】のコンボで倒して通り抜けハルファスの執務室に辿り着いた。
神流が、遠慮なく豪奢な扉を乱暴に開けて入ると薄暗い室内からハルファスの声が響いた。
「ノックはどうしたのだ? 普通の人間なら寝ている時間であろう。クルル」
「━ー!」
壁の魔石が放つ薄光が室内を映すが、執務室の室内にハルファスの存在を確認出来ない。声の出所である高級なアンティーク調の机にも、ハルファスは存在しなかった。
「…………」
違和感を感じ足下に視線を落とすと床を埋め尽くすように鳩の群れが行き交っている。
「愚かで憐れな人間め、目眩く恐怖で饗してやろうクルルル」
ハルファスの不気味な高笑いに反応するように部屋中の鳩の群れが一斉にけたたましく鳴き頻り出した。




