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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
一章
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月だけが見ていた

 

 納屋の外に出た神流(かんな)が、ふと夜空を見上げると月の明かりが、山小屋を青く照らしてしていた。


「戦利品、いや賠償金の一部を貰おう」


 外に居る2頭の馬から山賊の荷物を外すと部屋に運び込む。


「神流さん……あの2人は?」


「馬房に入れてガッチリとロープで縛ってチョッと月と一緒にお仕置きを……。改めてですね、林で迷ってしまって戻るのが遅れてすいませんでした」


「月? 神流さんが出掛けて帰って来ないので、心配して待ってたらこんなことに……でも、カンナさんがすぐに助けてくれると思っていました」


「助けたって言われても命拾いしたのは自分ですからハハ……」


 ━━それは事実だ。ミホマさんが山賊にしがみついてくれなければ、俺の首はチョンパされて異世界初日でサヨナラだった。ボウガンの矢も教えてもらわなければ気付く事はなかった。


 神流は笑顔のミホマの顔には涙の乾いた跡を見付け俯いた。


「カンナつよい~」

「カンナさん本当に凄かったね。驚いたんだから」


「遅くなって、マジでごめんよ~」


 神流はマホとマウに謝り2人の頭をポンポンする。


「神流さん本当に感謝します。出来る事なら何でも言って下さいと言いたいのですが、備蓄していた食材の殆んどを、あの2人に食べられて仕舞いました。……でも芋の粉がまだ少しあるのでそれで……」


 ミホマの言葉に力は無かった。


「食材を奴等がアホみたいに食べ尽くしたんですよね。では、コレを見て下さい」


 神流は外から持って来た籠から、採って来た大量のヨモギとタンポポと金蓮花を見せる。


「神流さん、そのお花と草は?」


 タンポポやヨモギを見て不思議に思ったミホマが聞いてきたので神流は足を止めて説明を始める。


「結構頑張って集めたんですよ。この草を私の故郷では、塩茹でにしてアクを抜いてから油で揚げて食べます。田舎では薬草としても使用してましたよ。花はハーブで、料理の匂いつけやアクセントに使えます」


「……そうなんですか、もう遅いですけど夕食にしましょう。その草花も添えてみます」


「俺も手伝います」


 最後の芋のスープにタンポポとヨモギのサラダが添えられた。


 ━━俺が泣くほど苦労して採って来た山菜だ。


 ミホマが無事に料理しているのを見てなんだか神流は嬉しくな


 芋のスープ皿にスプーン入れ大きめに掬い口元に運んで口内を汁気で潤す。そしてヨモギをフオークで差して一口すると口の中には青々とした香りが拡がる。


 ━━うん苦味ガッツリきたね。かなりクセがある。醤油をコップで飲みたい位だ。天ぷらもアリだな。大人でも調味料無しでは、中々食べれる人は少ないだろう。なのにミホマさん達は普通に食している。


 酷い事件の後に品数が増えた事で小さな団欒の一時が生まれた。


「おはな!カライ!」 「初めて食べた」

「しんなりして美味しいわ。これも神流さんのお陰です」


「いえいえ、いくらでも咲いてますから、明日バカバカ採って来ますよ」


 夕食を終えるとマホとマウの要望で枕で軽くバトル・ロワイヤルをして豪快にぶっ倒されてから部屋を出る神流。


「カンナおやすみ!」「カンナさん、お休みなさーーい」

「御馳走様です。神流さんお休みなさい」


「今日は早めに休んで身体を癒して下さいね。みんなお休み」


 シーツを一枚借りて暖炉の在る入り口の部屋に戻った。部屋の隅に行き床をはたいて上着を敷いて無造作に寝転がるとシーツにくるまり丸くなった。


「自分の居場所と寝場所があるだけ有り難いと思わないとな」


 神流は思い出していた。


 ━━ミホマさんは身を呈してマホとマウを護り通した。親の愛情の深さを垣間見てしまった気がする。


 ミホマの自分の命を犠牲にしてでも子供を護る果てしない愛情の深さと強さは、強烈に神流の心に焼き付けられていた。神流の胸には、ミホマに尊敬の念を抱く自分が確実に存在していた。


 ━━自分の親も心配しているのだろうか?


 少し親を思い出した神流は、かなり憔悴していた。


「マジでヘビィな1日だったな……。こんなピンチの時はヒーローやヒロインが来て助けてくれるとかじゃないのか?……ああ風呂に入りたい」


 ボヤキつつ神流は、即座に瞼を閉じた。


 グゥ~グルルゥ~。


 横になる神流の腹が鳴り静かな室内に響いた。


 ーードンッ。


 神流は突然自分の腹を拳で叩いた。


「うぐっ!」


 ━━痛い。腹がとてつもなく減っている。生きてきた人生の中でナンバー1だろう。でも今日だけは、今だけは鳴らないでくれ。マトモな食事をしていないミホマさんや子供達に聴こえて欲しくない。気を遣わせたくない。


 その願いは直ぐに叶う事となった。積もりに積もった疲労感が、神流の意識を刈り取り夢の中に誘って行った。


 ━━━━


「……」


 ━━何だ?


 人の気配に意識が浮き上がり目が覚めた神流は自分の上に誰かが乗って居るのが解った。


 ━━!?


 暗闇に徐々に慣れる神流は気付いてしまった。それが薄布1枚を羽織る半裸のミホマである事に。しなやかな曲線を魅せる陰影を静寂に佇む蒼い月だけが見つめる。


 思考が錯綜する神流(かんな)の泳ぐ目が、ようやく暗闇に慣れ始めると月の光に映し出された半裸のミホマの陰影がスゥーッと流れた。身体の上にゆっくりと撓垂れ掛かるミホマ。


 ━━!?


 驚いた表情のまま、動転し乱れようとする呼吸を整え声を掛ける。


「……あの、何がどうしたんですか?」


 ━━これしか言葉が出てこない。一応、緊急事態。


 返答せずに青白い手がワイシャツのボタンを外していくミホマ。その手を反射的にソッと押さえ小さく首を振る。動揺のある神流とは対象的に昂然たる表情を見せるミホマは一瞬の沈黙をおいて語り出した。


「マホとマウのあんな笑顔を久しぶりに見ました。夫が兵役に行ってるなんて嘘なんです。本当は……2年程前に家にあるお金と納屋に居た馬を連れて私達を捨てて出て行きました。マホとマウには真実を伝えられずに今日まで来て仕舞いました」


「…………」


 ミホマは瞳に涙を潤ませて話を続ける。


「隠してとっておいた備蓄の食料まで、あの山賊達に食い荒らされました。飲み水さえも……この先に待っているのは過酷な乾きと飢え……そして死です。悪魔の谷で水を汲む事すら…………山賊達が来なくても私達の命はもう時間の問題だったのかも知れません」


「そんな悲観的過ぎですよ……」


 ━━ミホマさんの表情は見えない。そういえば、食事の半分以上をマホとマウに分けていた。まさか最後の晩餐的な考えに行き着いて無いよな。俺の山菜じゃ全然足りないという事か……栄養が全く足りない感じか。  


「これで恩を返そうなんて思っていません。でも、私にはもう何も無いのです。同情しないで下さい私を……」


「同情なんてしてないし、恩なんて無いですよ。いやっ、違っ俺の方は恩を受けています。俺が助けたいから勝手に動いたんですよ」


 神流は軽い動揺を覚えていたが頭の中は不思議と冷静だった。


 ━━実年齢では一回り近く歳上なのだから、諭すような言い方になるのは当たり前と言えば当たり前だろう。どうして、こういう時は女性の方が物凄く大人に見えるのだろう。今日会ったばかりの恩人で、俺は中学生位のガキで元サラリーマンで別世界の倫理観では……。


 ━━!?


 神流は気付いてしまった。


 ━━暗くても薄明かりでも解る。肌が露出して無ければ知る事すら叶わなかったかも知れない。


 ミホマの華奢な身体の至るところに大きい擦り傷や打撲の|痣を確認した。脇腹の内出血は拳位に青く広がり落ち着いている。心が激しく傷んだ気がした神流は呼吸が浅くなり胸の中が苦しくなり始めた。


 ━━山賊共からの暴力など痛いに決まってるよ。マホとマウに心配させじと我慢してたんだ。必死に抵抗したせいでマホ達よりかなり酷い……俺のせいだ。俺が調子に乗って遠くまで……」


 前髪がハラリと降りると隠れていた顳顬(こめかみ)が露になり、ブーツの踵の跡がハッキリと青い痣となり残っていた。一部は赤痣となりイチゴの模様が皮膚に浮かぶ。瞼も腫れて膨らみ熱を持っていた。


「殆どの傷を隠して……」


 ━━心まで壊れようとしてたかも知れないのか……。


 神流の目尻から一筋の涙が流れた。


 ━━俺が皆を護らないといけない。もう簡単に死ぬ訳にはいかないんだ。


 隙間から漏れる月光を見ながら意図的に思考を切断していく。そして、瞳を閉じてミホマのまだ蒼い身体を受けとめた。


 重なる影とミホマの哀しく白い素肌を穏やかに包む込むように金光の月は優しい光を放ち見守っていた。


 ━━━━


 ━━


 ーー月夜は映し出す。


 ぼんやりと透き通る白い流れがミホマの蒼い身体から生まれていた。吸い出された生気が引かれるようにミホマの背中に回した神流の親指に嵌まる指輪に消えていく。拍動する指輪に頭上の空間が呼応する。


 もちろん部屋には神流達以外誰も居ない。そこには質量を持たない透明な紋章の扉が、空間から生えるように浮かび上がり揺らぎながら輪郭を現そうとしていた。


 ーーズゥゥゥゥ…………


 しかし、そこでミホマの意識が途絶えた。顕現しようとした扉は力を失い揺らめきながら形を崩すと踠くように闇に溶けて消えていった。



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