プゥティィロの爪
見渡す限り果ての無い闇の空間は怪しく蠢き薄く発光を繰り返す。神流達は悪魔の創った転移魔方陣の中を進んでいた。
━━進むと言うよりは目的地へ指向性の力が働き勝手に身体が運ばれていく感じだ。
神流は興味深く周囲を観察している。異次元からの干渉波と言うべき力が身体に作用し不思議な圧力を斬新に感じていた。
━━簡単に入ったが、ベリアルのシジルゲートに慣れすぎて危機感が麻痺していたのも事実だ。ーーん?
挙動不審な動きをするルーゲイズが気になり詰問する。
「お前は転移魔方陣を使用したことが、あるんだよな?」
「いっいや初めての転移だ。聞いていたものと随分と様相が違うから、戸惑ってしまったのだ」
━━バカヤロウ!俺も初めてだよ。絶対、知ってる感じで話してたよなコイツ。ハァなんとなく不安になってきた。
「何が違うんだ」
「流れる光の中を導かれるように優雅に移動すると聞き及んでいた。まさか、このような陰鬱で…………」
━━作者が悪魔だから中のデザインが異なるのか? 感想を言わせてもらえば、どこでも扉みたいに開いたら目的地なのとは全く違い異空間の中で出口の魔方陣に送られる感じだ。
景色の奥に違う魔方陣を見かけた時は同じ回線が繋がるのか?という疑問と出口を迷ったり間違ったりする可能性が頭を過った。今までの体感時間では5分位だ。ーーんっ!?速度と圧力が緩くなってきた。もうそろそろ出口に着くのだろうか。
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ーールーゲイズ本邸の地下室では、石の質感の皮膚をした5匹のガーゴイル達が、大きな壺に何かを入れて煮詰めていた。赤い液体はグツグツと沸騰し生臭い臭気を地下部屋に籠らせていた。
尖った爪で頭蓋骨を掴み盃代わりに掬い取っては歪な口に流し込んでいる。
「!」
天井に描かれた転移魔方陣が怪しく輝き始める。
「戻って来るぞ! 摘まみ食いしてるのを見られたらパパガロット司祭の呪影に丸呑みされるぞ戻せ戻せ」
ガーゴイル達は、ガチャガチャと頭蓋骨を棚に戻して壺をかき混ぜる作業と掃除や荷運びの作業に戻っていく。見上げると魔方陣から4人の人間の足下が徐々に出現してくる。
「!?」
「魔族しか発動出来ない魔族用の転移魔方陣から、どうして人間が現れる!? パパガロット様はどうした?」
ガーゴイル達はどよめく。
「説明ありがとよ【麻痺】【伏せ】【沈黙】」
既にベリアルサービルを構えていた神流は、状況を掴めず戸惑うガーゴイル達に連続で刻印を撃ち込んだ。ガーゴイル達は呻き声を上げる事も出来ず倒れ床に頭を着けて痙攣している。プゥティィロが鼻に手を置いて神流に訴える。
「此処も臭いね、鼻がいっぱい曲がりそうね」
「確かに臭いよな」
━━魔族用の魔方陣だったのか、転移出来て良かった。ただ地下から地下室だから景色が薄暗くてテレポートした実感があまり湧かない。
「とうとう、とうとう帰って来れたのか」
ルーゲイズはガーゴイルを気にも止めず喜びを露にしていた。まだ動こうとするガーゴイルを見た神流は、後ろで大人しくしている邪教徒に軽く手を振り指示をする。
「止めを刺しておけ」
邪教徒に命令すると1つ返事で頭を下げ、端からガーゴイルの首に触手を巻き付け捻り切るようにくびり折っていく。ガーゴイルはビギンと身体を跳ねさせた後、羽から砂となり崩れていく。
親指のベリアルリングが、淡い金光を放つと砂からの浮かび上がる黒い靄を一飲みで吸収し平らげていた。
神流はベリアルサービルを抜いて周囲をサーチしている。刻印が無くてもある程度の生体反応や魔力なら感じ取れる。
━━
神流は奥にある扉に向かい開けようとするが、鍵が掛かっていて開かない。溜め息の後、精霊紅魔鉱剣を抜いて床に突き立てる。
「《石杭》」
詠唱と共に床から競り上がる石の杭がドアノブを破壊する。キィーと扉が手前にスライドして開いた。
ーー覗くと中は子供部屋になっており大量のヌイグルミやオモチャが散乱していた。中央に座る小学生位の子供2人に問いかけた。
「今晩は、お名前は?」
キョトンとしていた子供達は小さな口を開くとスラスラと答える。
「アタシはエミーリア・ルーゲイズっていうの」
「ボクはニールスっていうんだ」
神流は頷くと振り返りルーゲイズを合図して呼び寄せ手紙を返した。
「自分で渡せ」
入れ違いに部屋に入ってきた髭男のルーゲイズを見て子供達が硬直する。
ルーゲイズは涙を流し始め手紙を見せるように差し出した。
「…………長い間、辛い思いをさせて本当にすまなかった」
握り締めた手紙は溢れる涙と鼻水に濡れていく。ルーゲイズは心の底から涌き出る歓喜の波に震え覚束なくなった膝を床に着いた。子供達は、まだ状況を理解出来ず膝を着いて泣くルーゲイズを二対の円らな瞳で静かに眺めていた。
「…………会いたかった。私の愛する子供達よ。……初めまして私が父親のブランスト・ルーゲイズだ。いつもいつも貰った手紙を読んで2人の事を想像していたんだよ」
そっと2人の肩を抱き寄せた。初めて触れる我が子の感触にむせび泣いた。子供達も察したのか抵抗せず初めて見る窶れきった父親の横顔を優しい瞳で見つめていた。
神流は「こんな奴に一切の同情はしない」と心底思っていたが、貰い泣きしそうになり目を背け邪教徒を呼び寄せる。
「俺が戻って来るまで、この部屋の3人を守ってろ」
「はっ! 有り難き使命。この身に代えて果たします」
頭を異常に下げる邪教徒を一瞥して傍で見上げるプゥティィロに目を向ける。
「俺はチョッと低級悪魔退治に上に行くけど、お前はどうする?この部屋で待ってても良いぞ」
「決まってるね。プゥティィロは大兄様と一緒に行くね。悪魔をボカンとやっつけるね」
「ボカンて何だよ。とにかく無茶するなよ」
2人は地下室の階段を登り屋敷の廊下に上がる。ペルシャ絨毯を彷彿させるえんじ色の高級絨毯が綺麗に敷かれている。
「なげぇ100メートル以上あるな。やっぱり子爵って儲かるんだな」
鼻先をクンクンさせたプゥティィロが神流のズボンの裾を軽く引いた。
「大兄様向こうから何か来るね」
━━まだサーチして無かった。廊下の曲がり角に敵が近付いてくるのが臭いで解るのだろう。
「ああ、そのようだな。俺が先に攻撃するからな」
「解っているね」
曲がり角から複数のガーゴイルが姿を見せた。
ーープゥティィロが身体をグーッと沈め身体を前傾にし足に力を込めると床に亀裂を入れて跳躍した。
「はっ?」
「喰らうとイイね!跳虎爪!」
右手の爪が肥大化しガーゴイルの胸を貫いて吹き飛ばした。
風を切り裂いてガーゴイルの石の表皮を簡単に砕いたプウティィロの一撃。白虎族という獣人の戦闘力の一端を神流にまざまざと見せつけた。
プウティィロは戦士である父から受け継いだ強者の血に敬意と誇りを抱いている。ガーゴイルは腕でガードしていたが容易く折り砕いかれ胸をぶち抜かれ数メートル転がる。ガーゴイルは絨毯の上で砂と崩れ霞となり消えていく。
「いきなり、なんちゅー跳躍すんだよ!」
━━あんなチッコイのにとんでもない一撃だな!?っていうか俺が先って言わなかったっけ?
「【麻痺】【伏せ】【沈黙】」
神流の刻印がガーゴイル達に次々と撃ち込まれる。
プゥティィロの一撃で警戒し仲間を盾に刻印を逃れたガーゴイルが、ベリアルサービルを構える神流に向けて口を開く。急激に息を吸い込むと喉の奥で飴のような焔の糸が渦を巻いていき高温の炎玉を形成した刹那、勢いよく吐き出された。
「バカッ!?」
逃げ場の無い神流は、仰け反って炎の塊を躱すと後ろに倒れ尻餅を着いた。廊下の床に着弾した炎は絨毯を焼き煙を上げ燃え広がる。
次の炎を吐こうとしたガーゴイルは、後ろからプゥティィロの爪に貫かれ悲鳴を上げ崩れていく。
神流は倒れながら精霊紅魔鉱剣抜いて大理石の床に刃を当てる。
「《丸石屋根》」
炎の塊の前後の床が変形していき炎を覆い隠す。酸素の供給を断たれた炎の塊は勢いを無くし鎮火した。
「アホ過ぎるだろ!火事になる所じゃねえか!」
神流が振り向くとガーゴイル達は砂と崩れ塵となった後だった。ベリアルリングは金の燐光を輝かせて、しっかりと魔力を吸い込んでいた。
「楽勝ね。手応え無いね」
神流は、ガッツポーズをしているプゥティィロを手招きしてチョイチョイと呼び寄せると無言で軽いデコピンをする。
「何するね? 大兄様、くすぐったいね」
プゥティィロは両手でオデコをペタッと触って質問する。神流は諭すように注意をする。
「あのな悪魔の表皮には呪いや魔法が施されてる事があるらしい。無闇に攻撃すると自分が怪我するぞ」
「平気ね! プウティィロの爪は戦士の爪ね。オラキルラの大岩にも刺さるね」
神流は短くため息をついて人指し指を立てる。
「シロ、お前が戦える奴なのはよく解った。合図を教えるから聞いてくれ。俺が真顔で「待て」と言ったらチョッと待とうな」
「合図? 解ったね。待ては待てね大兄様」
頷くと神流はベリアルサービルでサーチし直す。
「大きい魔力反応は後2匹か、倒しに行くぞ」
2人が玄関ホールに向けて進んで行くと大きな広間が見えてきた。客人が最初に足を踏み入れる空間である為、とても広くインテリアも過度な装飾が施されていた。
「金掛け過ぎだろ。搾り取られる領民達は可哀想に」
見渡すと細かい装飾のマントルピースの暖炉や大型ソファーが設置され壁面には、代々の当主と共にブランスト・ルーゲイズの肖像画が飾られている。苦笑いした2人が肖像画を見上げていると
「貴方達は何処から?」
1人の年老いた執事が力無く話し掛けてきた。




