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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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白い虎娘

 

 地下は止水の施工がされてないせいで、湿度が高く床も壁も湿っている。地下特有の反響音が遠くから聞こえてくる。漂う土と血と獣臭が、気分を鬱屈させていく。洪水のような濁流の音が聞こえる。


 べリアルサービルのサーチを解いた神流(かんな)は、後ろで黙って立っている邪教徒に冷えきった瞳で振り返った。


「おい、あそこに見える階段の横にある扉は、何の部屋だ」


 卑屈に邪教徒が説明する。


「魔物と……カラス神兵のの滞在部屋です。ここで……背信者や生け贄を……」


「もういい、大体解った」


 ━━まだ何か居るのかよ。チョッと帰りたくなってきた。


 鼻で溜め息をしてから、ダマスカスルージュを抜いて扉に近付くと錆び付いたドアノブを引いた。


「うっ」


 扉を開けると目と鼻をつく刺激臭が、中から漏れ神流(かんな)の顔を歪めさせた。

 誰も居ないのは確認できたが、隙間から見えた悍ましい室内の光景と悪臭に胃液が、ギュルルと食道を逆流して跳ねるように吐き気を催促してくる。我慢出来なくなり扉を閉めた。


「うっ臭いが酷すぎる……吐く」


 見えたのは、床に藁が敷き詰められた異質な巣のような光景だった。藁の上には肉片が散らばり並ぶ椅子と机の上には、動物や亜人や人族の頭蓋骨が無造作に飾られていた。壁際には、殺して奪ったであろう剣や盾などの装備が積んであった。


 ━━冒険者や兵士を誘拐して武器や防具を剥ぎ取ったのか、そして…………。


 神流(かんな)は、それ以上の想像を止め深呼吸してから、息を止める。もう一度、扉を開けて覗き見る。部屋の隅には藁が厚く積まれ、黒い斑模様の卵が10数個乗せてあるのが確認出来た。


「……奥に在る大きな卵は、何だ?」


「主教マルファス様の……産み落とされた卵です。孵化したら肉を与えて……育てりっぱなカラスの神兵と……」


「ーー《土針9ナインストーンニードルズ》」


 聞き終える前にダマスカスルージュを地面に刺した。卵の下から、複数の鋭い土の針が生まれ次々と卵の殻を貫いて破壊していく。


「あわわ……マルファス様に殺されてしまい……ますぞ」


 狼狽する邪教徒に苦笑いしそうになる神流。


 ━━化物というかゴリマッチョガラスという悪魔の見た目に、なんとも思わないのか?長期に渡る麻薬と洗脳の賜物だろう。


「奴はもう存在しない。上の階には拐った人達が、まだ居るんだろ? 案内しろ俺を護って戦え」


「えっ?……はい解りました。……新たな主様」


 灰色のローブを着た瀕死の邪教徒を前にして階段を上がっていく。階段の灯りに目をやり緊張する呼吸のリズムを整える。


 地下には慣れてきた神流だが、まだ敵地という認識があり習うように心臓の鼓動の間隔がはやまっているのを感じていた。もう一度、薄く感じる空気を吸い込んで神流(かんな)は口 を開けた。


「まだ魔物とか居たりするのか?」


「神兵が居ます。他は解り……ません、ゴホッ」


 ーー地下2階に上がると、誰も居ない机とイスが廊下の奥に見える。長手に檻が5つ並んでいた。1ヶ所だけ檻の扉が開いており近付いて覗くと2匹のカラス兵が、中に入って貪るように食事をしていた。血に濡れた革の靴が落ちてるのが、神流(かんな)の視界に入った。


「カカカ、旨かったけどよ、見張りしてんのに食べちまってマルファス様に叱られねぇかな?」

「カッ、マルファス様は上がって来ねぇよ。グール共に喰わせてやるのも俺等が喰うのも一緒だ。まだ上に沢山有る。足りなければ、また地上で仕入れてくるだろ。手下の人間共がな、全く便利な生き物だ、クカァ」


「お前達が食事をすることは2度と無い」


「「ーーグカッ!!?」」


 檻の外から伸びる邪教徒の触手が、カラス兵二匹の首を押さえつける。温度の低い瞳に断罪の火を灯した神流(かんな)が手にしたべリアルサービルの切っ先は、カラス兵に向けられていた。


「【麻痺(レームング)】【苦痛(シュメルツ)】」


「マテッ!クゲガーー!」

「裏切っカカグカァァーーッ!」


 麻痺してまともに動けない二匹のカラス兵の手から、二股の槍が落ちた。目を向いて血走らせ失神しそうに苦しみ悶える。


「まだ全然足りない」


 神流(かんな)は、ダマスカスルージュを床に突くとヒビの入った奥歯を噛み詠唱する。


「《石磔ストーンクルスフィクション》」


 地面から伸びる鋭い石の針がカラス兵達の肩、手、腹、太股、足、翼を貫いて獄中の壁に磔にする。


「カグハゥッハウゥーーーーッ!」

「クギャアーーッ!」


「鍵はこれか?」


 カラス兵の悲鳴だけがフロアに木霊している。神流(かんな)は檻の鍵を閉めた。他の檻を確認していくが、隣もその隣もぬけの殻だった。理由は察しが付いている。奥から聞こえてくるカラス兵の阿鼻叫喚を極めた叫び声を無視して、最後の檻を覗いた。


 ━━


 ーーそこには、壁から伸びる鎖に繋がれた白い猫のような小柄な亜人が、散らばる藁の上に丸まって寝ていた。動物の革で作った衣服を着ているが、所々大きく裂けている。手首の手枷からは、血が滲み暴れた様子が伺えた。


「もしかして、仕入れた奴隷か?」


「はい、最近仕入れた白虎亜人奴隷です。クウニグル様の……実験に必要な獣人になります。この小さい亜人は気性が荒く何故か奴隷の首輪をものともせず暴れるので、魔物用の鎖で繋いで食事を抜いて大人しくさせております」


 カラス兵の悲鳴と会話に反応して白い虎の亜人娘が目を覚ました。顔を上げると猫のように潤いのあるクリンとした青い瞳が見えた。


 ━━奴隷として連れて来られた虎娘か、近くで見るとヌイグルミみたいだな。


 神流(かんな)と邪教徒をメラニン色素の薄い青い瞳で確認する。みるみると毛が逆立ち瞳孔が狭まり身体に掛かる藁を悉く振るい落とす気勢で吠えた。


「ガル"ゥ"ー! 仲間を何処に連れて行った? 仲間を返せーー!」


 耳を劈く爆声が響いた。掴み掛かるように暴れ壁の鎖が軋しんだ。鎖をガチャンガチャンと鳴らし、手負いの獣の如く荒れ狂うと出血が止まっていた手首から、血が滲み手枷から漏れて流れ出た。肩耳を押さえた神流(かんな)は、猛り狂う白い虎の亜人に近寄ると声をかけた。


「うるさ………少し俺の話を聴け」


「ガル"ゥ"ーー必ずこの爪で切り裂いて殺してやるぅーーーー!!」


 殺意の紅いカーテンが白い虎の亜人娘を包み、神流(かんな)に剥いた鋭い爪と牙を伸ばしていた。怒りと怨みが色濃く映る瞳だった。神流(かんな)は吠える仔虎をしばし見ていたが、徐にべリアルサービルを抜いた。


「ーー【平静(シュティレ)】【(ズイッツェン)】」


 胸に刻印を撃たれた白い虎の亜人娘は一瞬で我に帰りペタンと座ると、爪を収納し腕を下げ下を向いた。怒りを抜かれた空虚な瞳が、絶望感を吸い込み藁の散らばる床を焦点を合わすこともせずにただ見つめていた。


「仲間は………………」


 神流は邪教徒に目を向けると口を開いた。


「仲間って何だ? まだ他の檻に居るのか?」


「もう存在しません。クウニグル様の……」


 神流が手を上げて話を中断させる。


「……何でオークション前に複数の奴隷を仕入れる事が出来た?」


「……それは獄卒より子爵様の方が、地位が上なので……金さえ払えば、どうとでもなると言うことなのです」


 邪教徒は上目遣いで卑下した嗤いを見せた。神流(かんな)は頷きも返事もせず。檻の鍵を開けて白い虎の亜人娘に歩み寄ると膝を折って屈んだ。


「お前の仲間は…………此処に住み着いた悪魔と勇敢に戦って死んだらしい」


 ━━俺は嘘つき野郎だ。


「…………そんな」


 ショックを受ける白虎の亜人に語りかける。


「落ち込むところ悪いが質問させて貰うぞ。神宮寺聖桜(せお)、若しくはセオ、この名前の人族に聞き覚えは有るか?」


 白い虎の亜人娘が初めて神流(かんな)の瞳を見た。


「……知っている。変な服を着た人族のセオなら家族ね」


「種族が違うのに家族?」


 首を傾げる神流に


「同じ物を食べて一緒に住めば家族。セオは何処に居るね?」


「安全な所に匿っている。お前は此処を出たいか?」


 神流(かんな)は、わざと解りきった質問をして意思を確認する。


 藁の散らばる床を繁々と眺めてから鼻先を上げて神流(かんな)の匂いを嗅ぎ、意志の籠る瞳で神流(かんな)を見据える。


「助けてくれるのか? 出たい。……村に帰りたいね」


「俺の指示に従うなら助けてやる。ちゃんと聞けるか?」


 疲れの見える白い虎の亜人娘は、今度は迷うことなく頷いた。神流(かんな)は邪教徒に鍵を渡して手枷を外すように命令する。


「よしっ、俺の名前は天原神流(かんな)という。お前の名前は?」

 

「ティヒゥルビヤンコ村の首長、真血のアル パラ ツァガーンの娘、シ フィリャ プゥティィロね、です」


 ━━普通に長い、覚えるのは今度にするか。敬語も使えるしマトモなんだな。


 白い虎の娘に暴れないように言い聞かせてる間に手枷の鍵が開錠される。外した手枷の痕から出血していたが、痛がることもなく器用に舐めて出血を治めていた。


 ━━本物だな。野生児というのは、こういう意味じゃないのか?


「そうか宜しくな。もう一度言うぞ、取り敢えず此処を脱出するまでは大人しくしてろよ」


 空気を察した邪教徒が便乗して崇拝する神流(かんな)に自己紹介を始めた。


「主様、私めの……名前は……」


「もう行くぞ」


「…………はい」


 とてつもなく内心でガッカリした邪教徒は、何事も無かったように灰色のローブを揺らし階段に向かう。二人は負傷した邪教徒を前にして後から階段を上がっていく。


 瀕死の邪教徒が裾から血の滴を垂らしながら、階段をゆっくりと上に登って行く。靴の裏に血糊が付着し、とてつもなく不快な気分になった。


「【治癒(ハイレン)】」


 神流(かんな)は無表情で、邪教徒の背中に向けて刻印を撃ち放った。ほんの少し漏れる出血が治まっていく。


 憔悴した白い虎娘のシ フィリャ プゥティィロは、メラニン色素の薄い青い瞳で神流(かんな)の背中を見失わないようにしながら階段を上がっていく。


 ーー散っていったと聞いた仲間達の魂に別れを告げ悲しみを踏み締めるように一歩づつ、一歩づつ。


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