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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
122/140

アーサーと神宮寺 聖桜

 

 地下神殿の広場には、まだ薄く麻薬の臭いが篝火に炙られたかのように漂い続けている。


 蟷螂の魔物を倒したレッド・ウィンドと神宮寺聖桜(せお)は、歪な黒色の甲殻を纏う蠍魔物と化した邪教徒と対峙していた。


 魔物のその姿は、青黒い光沢を不気味に見せ、両腕の触肢と言われる鋏、そして、大きな5節ある尻尾の尾節には、毒線のつく湾曲した毒針が妖しく光り、いつでも刺せるように揺らめかして聖桜を威嚇する。


 死の毒針が少しでも刺されば、聖桜(せお)の命を刈り取り、この世界での生涯を終える。


 しかし、鬼気を放ち魔物の意識を自分に向けさせた聖桜は、『来い』とばかりに八双に構え気を練り始めた。


 蠍の魔物は毒針の照準を聖桜に合わせ唸る。


「シァーーーーッ!」


 聖桜の苛烈な瞳は、真っ直ぐ蠍の魔物を見据える。そして、魔物を中心に一定の間合いを取りながら、円を描くように横の死角へと足を運びスライドしていく。

 当然蠍の魔物も攻撃する為に、正面が聖桜(せお)に向くよう体の向きを変えていく。


(ーー来る)


 聖桜(せお)が初動を感じると同時に蠍の魔物が、歪な4本の触手を一斉に槍のように伸ばして攻撃を始めた。


 軽く左足を引いてから、横に体を捌き触手を躱すと剣のグリップに気を集中して刃筋を立てた。上段からダマスカスロングソードを一閃させる。その姿はまるで柳が、ゆらりと御辞儀していくようにしなやかで美しい所作であった。


 ーーズサンッッ


 触手の内3本は、滑らかな切断面を見せて青の混じる赤黒い血飛沫を上げ弾け飛んだ。残った1本の触手が、攻撃の軌道を変えて聖桜(せお)の顔に掴み掛かる。


 ーービシュッ!


 ━━


 聖桜(せお)の頬を掠めた斑模様の触手は、剣の鎬でいなされていた。擦りむいた頬から血が滲むより早く全力で魔物の触手を前に押して弾きダマスカスロングソードを上段にせり上げていく。


「さぁっ!」


 声と共に吐息が、籠る空気を微かに振動させる。弧を描く剣閃が、弾いた触手の中程に吸い込まれると音もなく触手の先はズズッと分かれて地面に落ちた。蠍の魔物は狂乱の呻き声を発した。


「ジァ"ァァ!!」


 聖桜(せお)は、レッドの援護を当てにしていなかった。それは御互いがやるべき役割が明確に分かれている事を悟っていたからである。


 怒りの色に染まる蠍の魔物は鋏のような触肢を振り回しながら聖桜に向かって突進していく。……が、蠍の魔物の動きが急激に鈍る。


「堅っ、昆虫モドキの癖に、か弱いアッチの腕に負担を掛けるんじゃねえすよ」


 音を立てず死角から跳んだレッド・ウィンドが、毒針の付く尾節に深々と短剣を垂直に刺し込んでいた。


「おまけっす」


 麻痺の効果で、動かない尻尾の上から魔物の異形の頭頂部に向けてダマスカス鋼製のクナイを連続で投擲する。

 レッド手から高速で射出されたクナイが魔物の頭部に深く突き刺さる。蠍の魔物は苦しみに吠え暴れる。


 目の前に迫る聖桜(せお)に気付くと身体を貫こうと至近距離から鋭利な触肢の鋏を突き刺した 。


 ーービィッッ!


 触肢が貫いたのは制服のスカート裾のみだった。聖桜の身体は、構えを維持したまま最小の体捌きで鋏を躱しダマスカスロングソードの一撃を放った。


 剣風に僅かに裂けたスカートがひらめいた。


 キンッ


「ジアアア━━ッ」


 蠍の魔物は、湿った空気を裂く剣の洗礼を頭に受けた。一瞬遅れて頭から、青と赤の混じる血が噴水のようにブシャアと吹き出た。一瞬目を背けたくなる光景を冷静に見つめ、反撃が無いを確信してから、構えを解いて頬に滲む血を袖で拭った。


「貴方では、私の心に僅かな波紋すら立たないの……」


「セオッ!」


 残心と構えを解いた次の瞬間、横合いから触手が襲ってきた。ぎりぎりで、ダマスカスロングソードを持ち上げ攻撃を受け止めたが、刃からぬるぬるした体液が鍔を伝い滴り落ち手を濡らした。


 ーーバチッ


「ーー!!キャアッ!」


 聖桜(せお)は、ダマスカスロングソードを手放して後ろに倒れ込んだ。


 襲ってきたのは全身が体液で濡れて滑るナマズの魔物であった。魔物は、奪った剣を後ろへ放り棄てた。


「グゥ~グゥ~」


 電気ショックの攻撃を受け硬直するように痺れ剣を手放していた。聖桜(せお)は丸腰で叫ぶ。


「レッド! 電気ナマズの魔物よ、気を付けて!」


「はぁ? 電気ナマズ? 剣が無いなら大人しく下がってろっす」


 聖桜(せお)は理科の授業で習った事を微かに覚えていた。電気ナマズの電力は、家庭のコンセントの5倍の500ボルトはあると教わっていた。一瞬で手を離さなければ、聖桜(せお)は感電して動けなくなっていたであろう。


「雷を身体に纏ってるから、直接攻撃をしないで」


「元々近接攻撃なんて、考えてねえんすよっ」


 レッドから投擲されたダマスカス鉱製の手裏剣が、風を切ってナマズの魔物の腕に刺さる。


「!?」


 しかし、骨に刺さり勢いを無くして止まってしまう。硬骨魚であるナマズの魔物の硬骨は堅固で、貫通して致命傷を与えるには、重量が足りなかった。


 レッドの攻撃を無視してナマズの魔物は、ヒゲのついた口をパクパクと開閉し最初に獲物と決めた聖桜(せお)に近づいて電気触手を伸ばして攻撃をする。

 体制を崩していた聖桜(せお)は、身体を後転させて触手を必死に避けるが、間に合わず追撃の電気触手が首筋に迫る。


 ーーバァンッ!


 ーー電気を纏う触手が、大きく弾かれた。聖桜(せお)の前に不思議な模様の鞘に収まる聖者の剣が浮いていた。


「アーサー………だよね。助けてくれたの? 有難う」


 その様子を見ていたルーニャが呟く。


「一瞬ハラハラしたわね」


「うん、ハラハラしたね」


 2人は目を合わせて頷いた。


 鞘の不思議な模様が、神宮寺聖桜(せお)に向けて光り柔らかく点滅し聖桜(せお)の手元に柄が収まろうとしていた。


「……握れって事?」


 優しく剣のグリップをそっと握ると聖者の剣アーサーは、応えるように上段の八双の構えの上段に浮かび上がる。


「ーー!?私の構え」


 見てたと言わんばかりに鞘の模様が煌めいて応える。


「ありがとう……アーサー、貴方の力を借りるわ」


 ━━


 触手を弾かれたナマズが、足と胸から粘液に濡れた6本の触手を伸ばして聖桜を攻撃する。更に異形のヒレのついた両腕を急激に伸ばして追い討ちを掛けていた。


「グゥゥ~ググゥ~!」


 神宮寺聖桜(せお)は、遅いくる魔の触手を見ずにアーサーを見やり心を糸のように細く縒りあわせる。水面のような静けさを心に纏わせて極限まで集中力を高めた。アーサーと手が一体となったような不思議な感覚が覚醒していく。


 ーー疾風が巻き起こり空気を斬り裂いた。


 踏み込みより早いアーサーの無重力の軌道が、電気触手に一瞬で触れ払い小手に似た六段攻撃で全てを打ち払い大きく弾き飛ばした。


「!!」


 自分の身体が高速で3Dの早送りのように想い描く剣筋を作っていくことに驚きより鮮烈な感動を覚えていた。更に前に思いきって踏み込み、射出されたナマズの魔物の左腕に一撃入れ返し胴を決めた。


「グゥ"エ"ッーーーー!!」


 剣がめり込み体が、くの字に折れたナマズの魔物は壁まで吹き飛び激突する。背中にはレッドから、これでもかと投擲されていたダマスカス鋼製の棒手裏剣やクナイが、根元まで深く体内にめり込んだ。


「グゥゲエェェ……」


 ━━


 倒れたナマズの魔物の延髄にレッドの短刀が深々と突き刺さる。首から赤と青の液体が流れ落ち、あっけなくナマズの魔物は、目を剥いて絶命した。


 聖桜(せお)の剣技を驚愕の眼差しで眺めていたレッド・ウィンドは、短刀を抜いて仕舞うと胸中に喜びや安堵とは別の感情が芽生えていた。


「有り難うアーサー、もちろんレッドもありがとう…………あれっ」


 ーー聖桜(せお)は急激な眩暈と虚脱感に襲われた。動悸が激しくなり心拍数が煽られたように上昇し始める。不快な拍動の紆波(うねり)が心臓から越境し全身に波のように拡がっていく。


 ーー身体が前に折れていき膝を地面に着いていた。


 吐き気を覚え手を口に持っていくと手が濡れ吐血していた。それは口だけでなかった、目と耳からも流血して鮮やかな紅い滴を垂らし制服を深い朱色に鮮やかに染めていた。


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