表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
120/140

約束と檻の中のキメラ

 

 主と像を失った室内は、飾り気も何もない板張りの寝台が鎮まったように並んでいる。茶色と白が混ざる土壁の部屋が、篝火に照らされ、いっそう表面を際立たせた。


 この部屋でマルファスが、味あわせた苦痛や恐ろしい時は、過去に遠のき、少し精悍となった神流(かんな)が、実質支配していた。


  「さてと、待たして悪かったな」


 返事も挙動も無い寝台に赴き、返事も待たず衣服を剥がれ寝かされた人々の手前にくる。


 ━━やっぱシチェーションだよな。男性はともかく女性の裸を見ても、物騒な場所だとイマイチ感性が刺激されない。


 神流(かんな)は、不謹慎な事を考えながら、無言で拘束具を外していく。外れない拘束具は、ダマスカスルージュで、なぞるだけでバラッと取れる。


 寝台に縛られて寝かされた裸の生け贄達を合理的に手早く開放し終わる。


 しかし、誰一人起き上がらない。神流をは気付いていた。薬漬けにされてるようで意識が朦朧としている。


「あぁぁ」

「ぉふあ」

「ファ」

「うーーっ」


 神流(かんな)は、自然にベリアルサービル(ベリアルの軍刀)を手に取り鋒を向けた。


「………【解毒作用エントゥギフトンセフェクト】【浄化(ベーレイニガン)】【快活(レジリエンス)】【追憶(ルュックブリック)】【冷静(ニュヒターン)】【睡眠(シュラーフ)】」


「フーッ処方終わり」


 ━━ヤブ医者みたいだが、どれかしらは効くだろう。既に安全は確保してあるし精神が回復するまで、しばらく寝かしておこう。俺は正義の味方でも何でもない、ただの人道的な救済だ。顔に傷があるお医者さんみたいに「1億 」とか言ってみたい位だ。


 神流(かんな)は、部屋に捨て置かれた服と剥いだ邪教徒の服を、作業的にみんなに被せていく。男はアソコだけ被せ女性はチョッと大きめの布や服を選別して掛ける。


「何の仕事だよ、これ? 腹立つ」


 ━━現状をレッドや聖桜(せお)に見られたら変な誤解を受けそうだ。俺が焦る必要は何もないが何か嫌だ。


 入って来た重厚な扉に目をやりながら作業を終わらせ、神流(かんな)はしばし考える。


 ━━アグアの平民街で街人を襲ったのは、狂信者の邪教徒と紫の【黒い小箱(カプセル)】に寄生され魔物化した街人と白牛悪魔メン。そして、それを束ねていたのは総裁マルファス、総ての黒幕はマルファスという事で良いのだろうか? 


「いや、キャストが足りない」


 神流は髭の無い顎を撫でる。


 ━━レッドの記憶に在った、父親ヴァーミリオンが潜入していたのが、このルーゲイズ子爵邸だ。ルーゲイズ子爵は、邪教徒と悪魔の総裁マルファス、そして、レッドの父親への拷問には、どの程度関わっているんだ?無関係は絶対にあり得ない。それを知ってしまったら、自分を抑えられるか心配になる。先走って殺してしまわないようにしないとな。それよりルーゲイズ子爵に感付かれる前に1度皆と合流して地上に戻るか?


 不意に笑いが込み上げた。


「ハハッここまでしといて今更だよな。子爵とか王様とか、もう関係無いな。元より拠点を潰すつもりで乗り込んだしな」


 ━━ルーゲイズ子爵は、悪魔に場所を提供し、誘拐の手引きをし、表沙汰になった事件を揉み消してるのは、間違い無いだろう。利害関係が有ったと考えるのが一番簡単だな。魂売って永遠の命でも貰ったのだろうか?レイドボスのマルファス、あの悪魔一匹でも街に甚大な被害を与えられる。


「あんなのがホイホイ出現したら街など、簡単に壊滅するだろう」


 考えるのを止め、寝台横の棚を見ると大きいナイフ、聴診器やピンセットや注射針のような物が無造作に置いてあった。読めない文字で書かれたカルテも残っていた。


 ━━不快でしか無い。


「くだらないな…………! おっと完全に忘れていたヤベェわ」


 神流(かんな)は邪教徒達の死骸に近寄り選別するように顔を覗く。それは紫の【黒い小箱(カプセル)】に侵食された80歳位の老婆であった。手に持った血塗られた刃物を外して、邪教徒の死骸を胸に抱える。


「ハアッ死体なんか持ちたくねぇ。なんのスーパー罰ゲームだよ? おいっべリアル早く開けてくれ」


 シーーーーンッ…………………………


 静寂が刻を刻み神流(かんな)は、一瞬考える素振りをしてから口を開いた。


「あのなぁ……言いたい事は解るが、女性はもう他には居ない。ーー嫌ならヒゲもじゃの男にするけど」


 べリアルのシジルゲートが嫌そうに変形しながら揺らめいて薄く顕現する。炎の明かりを透過し物質感をまるで持たないシジルゲートの前で、神流(かんな)は止まった。


「ほらっ行くぞ! まだ消すなよ。せーのっ」


 シジルゲートに邪教徒の死骸を投げ込んだ。死骸は、白牛悪魔のように消滅することなく吸い込まれていった。用が済んだシジルゲートは、瞬時にその外枠を崩し消失した。


「これで約束は果たしたぞ」


 少し憔悴した神流(かんな)は、溜め息を漏らして周囲に目をやる。


「んっ?」


 神流(かんな)は入って来た重厚な扉とは違う、土壁色の小さな扉を発見する。


 扉は、日本の忍者が使う隠し扉のように隠蔽されてるようにも見える。注視して見なければ、見つけられない仕様にしてあった。出入りしている形跡はあるが、マルファスの巨軀では屈まないと通れない。


 鍵は施錠されていないので、扉を引いて開けてみる。ダマスカスルージュを構えて中を覗くが、誰の気配も無い。扉の中にスルリと身体を滑り込ませ、薄暗い周囲を見渡して確認する。


 ーー広い吹き抜けの部屋が存在していた。天井まで10メートルはある。まず目に入ったのは、上階に上がる鉄製の螺旋階段だった。周囲を観察すると吹き抜けの壁を棚が埋め尽くし物言わぬ標本や小さな実験体の魔物が瓶に入れて並べられていた。


 ━━此処は実験室らしいな。


 巨大なビーカーやメスシリンダーには、人の身体の1部や魔物の1部、小さな魔物、そして、紫の【黒い小箱(カプセル)】が大量に培養されていた。



 ━━配合して色んな種類の紫の【黒い小箱(カプセル)】を造り出していたようだ。うん、考えるまでもないな。


「せいっ」


 神流(かんな)精霊紅魔鉱剣(ルージュ)を床に突き刺した。


「《石杭9ナインストーンステークズ》」


 縦横無尽に突き出る石の杭が、次々と棚の実験体や標本を破壊していく。割れた複数のビーカーの培養液から、溢れて落ちた紫の【黒い小箱(カプセル)】達は、小さくと呻いて干からびながら崩れていく。


「━ーん?」


 神流(かんな)の足に棚から落ちた小さな石が転がって来て当たった。それはベージュと白が綺麗な彩りを見せる石だった。


 ━━


 ピキキッパキキキッ


 石が縦にひび割れていく。


「クァァァ」


 神流(かんな)の靴に生まれたての5センチ位の蜥蜴が乗っかった。


「配合用のモンスターの赤ちゃんか……流石に殺したくはないな」


 蜥蜴は神流(かんな)の靴にしがみついて鳴いている。


「う~ん、俺は今忙しいんだよ。今は食いもんも持ってないし」


「クーー」


「【睡眠(シュラーフ)】」


 神流(かんな)は生まれたての蜥蜴を寝かせてから、ポケットに入れた。暗がりの部屋に向けてべリアルリングを翳す。


「念のため吸い尽くしといてくれ」


 微かな黒い霞が指輪に吸い込まれていった。神流(かんな)は周囲の確認を済ませた。


「弁当と水筒持ってくれば良かった」


 疲れたように腹を擦り地下3階への螺旋階段を登り始めた。


「誰も来ないな」


 邪教徒の残党が、降りて来ても良いように精霊紅魔鉱剣(ルージュ)を抜いて構えている。自分の登る鉄製の階段で精霊紅魔鉱剣(ルージュ)を振り道幅を確認してみる。


 ━━横幅はそこそこあってマルファスの巨体でも、ギリギリ通れるかも知れないが、階段の踏み面が1トン以上のマルファスの重さに耐えられる訳がない。


 階段を上がり地下3階に辿り着くと3つの檻が見えてくる。正面の檻の中には誰も居らず、奥に机に座る2人の邪教徒が見えた。


「なっ何者!?」

「なんだぁーー!!」


 机に座っていた邪教徒達が気付き、異形の触手を伸ばしながら迫り襲い掛かってくる。


「ワンパターン過ぎるだろ、俺もだけど」


 神流(かんな)精霊紅魔鉱剣(ルージュ)を地面に突き差す。


「《土針(ソイルニードル)》」


 至近距離の地面から、鋭い土の針が伸びて邪教徒の胸を正確に貫いた。


 触手は神流(かんな)の手前で止まった、邪教徒は既に意識を失っていた。


「正当防衛だ」


「ヒィッ!」


 神流(かんな)は、後ろの邪教徒が横の檻を開けているのに気付いた


 中に逃げ込もうとしているのか? 狂信者でも死ぬのは怖いのだろうか?降参するなら、かなり痛め付けて衛兵に突き出しても良いかも知れない。まず死刑になると思うけど。


「出っ出て来い! アイツを餌にして喰ってしまえ!」


「ガアアルルル!」

「シァァァァァ」

「メグア━━ッ!!」


 ━━中から出てきたのはキメラ。通称キマイラと言われる怪物のようだ。


 大きさは象と同じ位で大きなワニの頭と凶暴な羊の頭、そして、鬣のあるライオンの頭を生やし、強靭でしなやかな身体を持っていた。


 背中には大きな蝙蝠の羽根が生え根本から2対の巨大な蟒蛇が鎌首をもたげていた。尻尾の毒々しい蛇が牙を見せ神流を威嚇している。


 ━━何て物を飼ってんだよ……違法だろ。


「まさに本物の生物兵器って感じだ。しかも、あの巨体で飛べるのかよ? 怖っ」


「はっ早くアイツを喰ってしまえ!」


 3つの頭のうち、緑色の眼をした羊の頭がグーッと邪教徒に倒していく。口を開けた一瞬で邪教徒の上半身は消えていた。


「何て物を見せるんだよ! 予想通りじゃないか!」


「ーーなっ!?」


 ライオンの頭が咆哮し喉の奥から、迸る火炎を吐いた。渦を巻きながら一直線に神流(かんな)を、炎で呑み込もうとする。


「《土壁(ソイルウォール)》!」


 せり上がる土の壁が炎を遮る。


「熱っ危なっ!」


「!!」


 目の前の土壁が火炎の熱で溶け、炎が吹き出した。


「マジかっ《土壁(ソイルウォール)》!」


 キマイラの火炎が鉄の檻(・・・)を焼いて鉄格子が溶け落ちる。神流(かんな)は、土の壁を斜めに形成して火炎を反らしていた。これにより次の火炎を吐く前に行動に移す時間が出来る。


「《土杭2トゥーソイルステークズ》」


 キマイラの身体の下から2対の土杭が胴を貫いて持ち上げる。


「ガォアア!」

「ボオァーーーーッ!!」

「シアッーーッ』


 喚き散らすキマイラにべリアルサービルを向ける。


「【麻痺(レームング)】【睡眠(シュラーフ)】」


 キマイラは貫かれたまま、3つの頭と毒蛇全てが眠りについた。神流(かんな)は無言でべリアルリングをキマイラに向けると黒い霞が浮かび上がり指輪に吸い込まれていった。


「ガッツリ効いたな、もう居ないよな違法ペット?」


 神流(かんな)は、最初に倒した邪教徒の元へ歩いていき、べリアルサービルの切っ先を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://ncode.syosetu.com/n7644ew/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ