絶望の音
そこは、優雅に直立する荘厳な細工柱が並ぶ、柱だけの薄暗い広間だった。窓も無く鬱蒼とした常闇の広間には其に相応しい様相を呈している。
誰も居ない。
━━だが、誰か居る。
部屋の端を見ると衣服や靴や髪止め、そして、小さい女の子の人形などが雑然と積んで有った。 隅に目をやると凄惨な死体の残骸がゴミのように折り重なって積まれていた。かなり不気味だが、不気味さより、沸々と沸いてくる怒りの方が、俄然強く加速していく。しかし、いつも通り心拍数が落ちていき、直ぐに落ち着きを取り戻した。
━━!
死体の山が崩れて動いた。
中から現れたのは、腕や足を銜えた上半身裸のグール達だった。
「グロッ……ハァもういいよ出てこなくて、邪教徒で食傷気味だったのに」
青黒い肌は爛れ腐食している。神流を視認したグールが、くぐもった呻き声を上げながら神流を襲おうと囲んでいく。
「グゥゥゥゥ」
「アロゥウ」
「ゲゥーーォ!」
神流はダマスカスルージュを抜くと地面に突く。
「《石槍》」
床が隆起変形し鋭利な石の槍が、グールの頭部を貫いていく。
「グゥ!」
「ガッ!?」
「ゲゥ……」
━━生き返らないように倒してやる。
神流は精霊紅魔鉱剣で石の槍ごとグールの首を刎ねる。切れ味が凄すぎて、水を斬る素振りのようにグール達の首を通り抜けた。勢いで神流はバランスを崩す。
「オッツゥ危ねぇ! 初めて斬ったけど切れ過ぎじゃね? 恥ずっ格好付けなきゃ良かった。屋敷の包丁なんて目じゃないな、物騒な世の中だよ」
まだ消えない気配が漂う。
「違うな、コイツ等じゃないようだ……嫌な予感がする」
━━!
神流は、べリアルサービルを握り覚醒させる。
「【霊視】」
━━ああ……予想通りだ。
広間を見渡すと、薄暗い柱だけの空間を埋め尽くすように怨霊達が、蠢いていた。嘆き、怨恨悔恨の呻きを漏らし広間を埋め尽くしていた。生きた神流に群がっていく。
「霊宮ラァストゥの結界と同じで閉じ込められているのか。…………其にしても悪そうなのが多いな」
━━
神流の足の裾を持ち、悲しい虚ろな目で見る少女が何かを訴えている。
(お……とうさん……おかあさん……)
「悪魔に取り憑かれてる俺でいいなら、好きなだけ取り憑けばいい。……でもそれは、幸せな事じゃないんだ。全部終わったら、お空に連れて行ってやるからな」
神流は徐に懐から黒い水晶を出し掌に乗せる。べリアルのつまみ食いを懸念して預かって来ていた。ベリアルサービルの柄を当てる。
「取り込め!」
黒い水晶の上に陰を孕む小さな紫の渦が生まれた。その渦に向かい神流に縋ろうとしていた少女の霊が吸い込まれた。そして、広間の地縛霊、邪霊、怨霊達が、抵抗出来ずに次々と黒水晶に呑み込まれていく。
「……お前等の落とし前もキッチリ取ってやるからな」
神流は強く拳を握り締めて目を瞑り数秒黙祷してから、黒い水晶を懐に仕舞い鋼鉄製の重厚な扉の前に立った。鋼鉄製の扉には、アスモデウスのシジルマークが彫金されて威厳を醸していた。
神流はベリアルサービルを抜いて扉の先を魔力サーチをしてみた。
「強烈な魔力を2つ感じる。此処に本物の像が有りそうだな」
ーー巨大な鋼鉄の扉を力いっぱい引くと、ゆっくりと開いていく。人が1人入れるくらいの隙間ができた所で押すのを止め、体を滑り込ませた。
━━
その場所の強い血と臓物の刺激臭に、神流は、胃から吐き気が急激に込み上げる。
部屋には明々と篝火が焚かれ、燭台が配置されており壁には魔石が至る所に埋め込まれ50を越える寝台を照らしていた。
━━ああ多分いや確実にヤバイ奴だな。もしかしたら
自分で踏み込んだ部屋だが自然に想起させる命を失う可能性。目を伏せたくなるような危険な悪魔が其処には居た。
全身の殆どを黒い羽毛で覆われ丸太を思わせる二の腕と巨体を支える巨木のような太股が威圧感を倍増している。嘴には鋭い牙が並びその上に相手の戦意を喪失させる異様に黒光りする二対の目玉が怪しく輝いていた。
━━突き出る二本の角と大きく光沢のある翼、上半身には宝飾品を縦横に装着し全長は5メートル程あり体重は五、六百キロほどありそうだ。
毒を混ぜたような魔力の波動と威圧感がチクチクと皮膚に刺さり不快感と恐怖を雑に刺激してくる。冷や汗が額と背中を少しづつ濡らし始めた。
━━初めて遭遇してたら気が狂れて漏らしてたかも知れない。青山羊悪魔メン達より悪寒が酷いかも。どこか他の魔物や悪魔とは離れた格の違う恐怖に駆り立てられている気がする。
それはカラス魔兵を千倍邪悪に濃くした存在だった。認識もされていない状態なのに平静という名の心の枠は歪み変型していく。
不気味を固めたような筋肉隆々の巨大なカラスの悪魔が小さなナイフを持っている。悪意に塗り固められた嘴と巨体を前に神流の警戒信号の混ざる緊張は、背中から四肢へ繰り返し走り抜けていき心臓の拍動を加速させて身体の力が抜けていこうとしていた。すると
親指の指輪が燐光を放ち明滅を始めた。神流の心拍数はみるみると落ちていき汗は引いていき精神が安定していく。
━━マジ助かる。
佇む神流の前で、カラスの悪魔は嘴を上下に揺らしながら鳴らして邪教徒に指示をした。
「はっマルファス様」
邪教徒が寝台で寝ている数名の裸の女性や男性に刃物を突き立てようとしていた。
「ーーおっおい、普通は、誰か入って来たら見るだろ。無視かよ」
「ーー」
手を止めたマルファスが、神流を興味なく一瞥してから嘴を開けて嗤う。
「カカカ新しい信者か? それとも、孅い子羊が迷い混んだのか?」
羽虫でも潰すような強烈な殺気を孕む笑顔を神流に向け嘴を異様に鳴らす。
━━随分と流暢に喋るな。やはり、知能が高い悪魔のようだ。
神流は、いつでも対応出きるように剣の柄を鳥肌が浮かんだ腕で握りしめてマルファスの攻撃の動向を慎重に見ている。
━━鳥の癖にジムで鍛えてるのかのような筋肉は何なんだ。プロテインでも飲んでるのか? 総裁ゴリマッチョガラス……想像すると笑え……いやっ全然笑えない。
「クァカ、何をしている? 怯えて動けないのか? 手が空いてるなら、崇高な作業を率先して手伝うがいい。今、逃げても貴様に待つのは確実な死だ」
「ーー!」
突然、マルファスが隣に立つ邪教徒の頭を握り潰し神流に勢いよく投げつけた。神流が間一髪で避けると邪教徒は壁のレンガを崩して頭から突き刺さった。
━━!殺しやがった。
ハルファスが神流に視線を止めて嘴の牙を見せる。
「カグハァァァ……従属か死かよくよく考えて選べ」
神流の額に汗が浮かび上がりツツゥと頬を伝い床に垂れた。
━━やはり上級悪魔だ。人間の話など通じちゃいない。それは当然だが山羊悪魔や牛悪魔と格段に違う威圧感が水の中のように身体を重くしていく。吐きそうな重圧が身体の表面を這いずり回っている。
「……」
━━嫌な予感全開だ。裸体の女性達が多少気になるが、今はそんなことを考えている場合ではなさそうだ。ぐっ嫌な予感全開だがビビってる場合じゃないぞ。裸体の女性達が多少気になるが、今はそんなことを考えている暇は無い。コイツを倒して、さっきの広間の無惨に殺された霊魂達と親を殺された子供達の落とし前を取るのも目的の1つだ。街を混乱と恐怖に陥れた元凶でアスモデウスを復活させようとしてるクズの総裁マルファス。今日ここで終わりにしてやる。
眼球を動かし目端で室内を確認する
部屋の最奥には不気味なアスモデウスの巨大な石像が建立されていた。異質なのは像の周りの祭壇には頭蓋骨が並べられ、石像を埋め尽くす程の数の心臓が取り付けられて一つ一つが、血流を流すように力強く脈動していた。
━━グロ過ぎる。本像で間違い無さそうだ。
興味を無くしたマルファスは、動かない神流を小虫のように放置して邪教徒に続けるように促した。邪教徒は慣れた手つきで鋭いナイフを掲げて寝台の女性の胸に降り下ろした。
「俺が居るのに、むざむざ殺させる訳無いだろ!」
神流は精霊紅魔鉱剣を大きく抜くと床に突き立てた。
「《石槍》!」
石の寝台から隆起して生まれた鋭い石の槍が邪教徒の首を貫通した。血の泡を吹いた邪教徒の手から鋭利なナイフが床に落ちる。それを確認すると神流は立て続けに攻撃の詠唱を放つ。
「クァッ貴様!?」
「《石杭》!!」
巨大なマルファスの鳩尾まで石の杭がせり上がり、勢いよく突き刺さり貫通した。
━━入った!
「グガッカアァァァ!! 何の真似だ? 貴様は死にたいのか?」
不意の攻撃を受けたマルファスは、青色の血に染まり崩れた石の杭を拳で破壊し体から掴んで引き抜いた。
「…………」
マルファスが引き抜いた石の杭を不思議そうに眺めてから、石杭を砕き首を揺らし神流を凝視する。
「俺は無神論者だ…………。安心して消滅していけよ」
「クァァカカー、愚か者が! 貴様が我を倒せる千載一遇の好機を逃したようだな」
総裁マルファスの目が黄色く発光して身体が波打つと筋肉がはち切れんばかりに盛り上がっていく。残りの邪教徒がナイフや単刀で神流に襲い掛かる。
「《石槍3》!」
迫りくる邪教徒達の胸を隆起した氷柱のような石の槍が貫いて行動不能にする。身体を貫ぬかれたマルファスが、ピンピンしている事に疑心暗鬼に似た疑念が生まれてた。
━━ヤツには死んでも良い位の致命傷を、与えた筈なのに何で平気なんだ? やはりダメージを幾分か無効化してるのか?
「我を怒らしたな」
マルファスの体に灰色の螺旋のような光が流れると翼と肌が銀色を帯びる。そして体を神流に向けて正面に立った。それだけで神流が動きを躊躇する威圧感を与えた。
━━何なんだよ、この沸き上がる恐怖は?
「クアア!!」
マルファスがナイフを振りかぶり力任せに神流を斬りつける。咄嗟に精霊紅魔鉱剣で受けるが吹き飛ばされる。
寝台の間を転がり体制を崩した神流はベリアルサービルの鋒を向ける。
「【思考停止】【麻痺】【伏】!」
最強コンボが弾かれること無くマルファスの体に着弾した。マルファスが不敵な笑みを浮かべる。
「ーー我に何かしたのか?」
「お前は解らなくて良い。今度こそサイナラだ」
神流は急いで仕留める為の詠唱を放つ。
「《石三叉槍》!」
床が隆起し、石の三叉槍がマルファスを貫こうと迫る。
着弾した刻印の効果は表れない。マルファスが、嘴を大きく開くと泥のような密度の高い炎が吐かれた。石の槍は炎に呑み込まれ勢いを無くし溶け落ちた。
「カカカ、人形にしては中々やるようだ」
「……まだだ」
続けてざまに詠唱して発動していた石の槍が、マルファスの後ろから無防備な背中に向けて鋭利な矛先を光らせて突き刺さる。
ーーギィィィーン!!
マルファスの背中に、当たって碎けた。神流は、動揺する。
━━はぁっ? 筋肉で碎けたのか?
「さっきは刺さったのに……」
「ふむ、中々威力のある攻撃のようだ。信徒が相手にならぬのも無理はない。槍なら我も持っておるぞ、カカカ」
神流は、べリアルサービルの刻印と精霊紅魔鉱剣の攻撃が効かない焦燥感から、ムキになり尚も強引に石の槍でマルファスを突く。しかし、結果は同じだった。
「本物の槍というものを見せてやろう」
ーーマルファスが炎を吐いた口から炎に包まれた三叉槍を吐き出し手に持った。
試すように燃え盛る槍の穂を突き出した。マルファスの放つ炎槍撃を神流は精霊紅魔鉱剣て弾いて躱した。
「っぶね!」
更度、突いてきた炎の三叉槍を屈んで避けると、擦った髪が焦げた。マルファスは空いた足で神流を蹴り上げた。
「ぐほっ!」
光が流れ、蹴りを受けたが勢いよく後ろの寝台まで吹き飛ぶ。当たる瞬間に背中に光の膜が沸き上がり衝撃を緩和する。
「ごほっごほっ!」
━━どうしてべリアルサービルの刻印が全く効かない? 石の槍も鋼鉄のような筋肉で防がれてしまう。あれをどうにかしないと攻撃が届かない。
体制をやっと直した神流にマルファスから、炎泥が吐かれる。前転して間一髪で躱したが靴の裏が焦げる。
「カカァ、上手く避けるではないか、先程の威勢は、どうした? カアッ!」
マルファスから、神流に向けて銀色を帯びた鋭利な羽が無数に射出され切っ先を向け飛んでくる。神流は、転がりながらマントで避ける。しかし、避けきれない。マルファスの羽が神流の頭部に迫る刹那、刺さる手前で光が疾走し銀の羽は勢いを無くして床に落ちる。
「素直に言うぜ、サンキューべリアル」
マルファスは出し惜しみせず、いくつもの致死攻撃を繰り出してくる。
━━鋼鉄の肌、炎の泥ブレス、鋼鉄の羽根、炎の三叉槍……びっくりドゥンキーかよ。考えただけで頭が痛い。三叉槍の炎も消える様子が全く無い。ゴリンチョガラス……とんでもなく強くね?
神流の脳裏に後悔に似たボヤキが溢れる。
━━ハァァ気を抜けない。油断したら。
「ウェルダン風にこんがり焼かれて自分の命の灯火がサラッと消えそうだ」
「━ーッ」
軽く突き出された炎の三叉槍を精霊紅魔鉱剣で、バランスを崩しながらも何とか受け止めた。
━━凄まじい炎に剣が溶けるかもと思ったが、受け止めていても溶けることは無かった。流石ロークさんの銘剣だ。
稀少な純ウーツ鋼から精製し、剣匠ロード・ロークスに精霊の力で錬成され、べリアルの血液を内部結晶に吸収させ進化した精霊と悪魔の力が融合された精霊魔剣ダマスカスルージュ。巨体の一撃を受けても、悪魔の灼熱の炎を受けても、刃こぼれ1つしない。
「クカァ♪」
鼻唄混じりのマルファスから凄まじい剛力で押し込まれる。神流が苦し紛れに剣を引くと三叉槍が切断され、マルファスの手首を反射の火花を散らして少し斬った。青色の血飛沫が舞うと直ぐ様、マルファスは炎の泥ブレスを吐いて反撃してくる。
「うおぃ危ねっ!」
神流は、大きくバックステップして距離をとる。
「カカァ、良い得物を持っている。しかし、我には蚊程も効かぬ!」
「嘘つけ」
━━少しだが出血しているだろ。当たるかどうかは、別問題として精霊紅魔鉱剣の剣撃なら攻撃が通るようだな。
神流は、もっと重要な事を思い起こしていた。刻印と石の槍はマルファスの身体に通らない。
━━つまりは……発想の転換だ。戦い方を構築し直せばいいんだ。
いつの間にか、マルファスの周囲に妖しく紫に光る羽が、幾つも浮遊している。その羽が神流を急襲する。見た目だけで危険を悟り走って避けるが、生き物のように追跡してくる光る羽を避け続ける事は出来ない。神流はバランスを崩して倒れる。
「なっ!?」
「カカカ、もう終わりか」
神流に紫光の羽の矢が殺到する。
「《石丸屋根》」
床から神流を包むように石のかまくらが出来上がり、紫に光る羽から神流を守る。羽の当たった箇所は、蒸発したように消えて丸く消滅していた。
━━やべぇよ! 何だ?。
「この水玉模様の穴! 怖っ」
「クカァ、よく耐えたな人形よ。貴様は此処に何をしに来たのだ? そんな腕で、よく我に剣を向けたな。身の程を知らないののは良いことだ。クカカ、蛮勇に免じて綺麗に魂液と心臓を抜き取ってやろう」
「何も免じて無いだろ!」
━━聞いてられない耳を塞ごう。
石のドームから、出た神流の胸と頭に小さな光が生まれ、そこに何かが当たり弾けてよろける。
「!」
「何かやってるだろ! ゴリンチョガラス!」
「何故効かぬ? 抵抗するでない。我の烏魔眼で、信徒か屍にしようとしているだけだ。絶望しやすいように教えてやろう。3層の鋼鉄の皮膚を持つ我には、人形如きの物理攻撃も魔法攻撃も表面で弾き返し効かぬのだ。そろそろ諦めて楽になれ、カカッ」
━━ウンコ2択をノーモーションの無詠唱かよ。更に絶望チックな事を言って無かったか? だからといって、「はいそうですか」って死んでたまるかよ。
「《石槍2》」
床から勢いよく氷柱のように突き出た2本の石の槍が、マルファスの両目を狙う。
━━眼球が鋼鉄の堅さとは考えられない。
石の槍は、マルファスの三叉槍で弾かれ砕ける。神流は、接近され無いように離れているが。これでは倒せない。
ーー突然、マルファスが見当違いの方向に泥のような炎を吐きだした。本物の溶岩が燃えてる感じだ。室内の温度をどんどん上げていく。神流の後方へ落ちて燃えている。次は左側に吐き出して床を溶かしながら燃えている。
━━サウナにして蒸して殺す気か?……! コイツ確実に俺を仕留める為に、俺の逃げる場所を無くそうとしているんだ。マジで悪魔だ。炭焼きになる前に、思い付いた作戦を、そろそろ仕掛けよう。
神流は、再度ダマスカスルージュを床に刺した。
「《石壁》」
マルファスの目の前に縦横5メートルの石の壁が出来る。
「カッこんな壁など」
マルファスが石の壁を、簡単に蹴り砕くと前にまた石の壁が、出来ていた。
「カカカ、サル知恵が」
同じように蹴り砕くと、マルファスの左右に先細りになる、カタカナのハの字のような2枚の壁が出来ていた。その先で神流は、気を抜いた顔をしてダマスカスルージュを床に差して寄っ掛かっている。興奮したマルファスは、出口にいる神流へ向けて無造作に突進していくと出口に引っ掛かった。
「カカアッこんなもの」
体を振って砕こうとする。
「《石罠》」
「ーー!?」
マルファスの動きが止まった。觜ごと首を下に向け足元を見ると、両足の足首を包むようにガチンと石で挟まれていた。ハの字の壁からも足を覆うように石が変形し動きを止めていた。
「単純な石のトラップだ」
一瞬の隙、それで十分だった。まともに動けないマルファスの心臓を狙い、隙間から精霊紅魔鉱剣を刺して貫いた。
赤青の火花を散らし胸から青色の血液が勢いよく噴出し、口から血を大量に流すマルファスは苦しみの雄叫びを上げた。
「グッカアアアァァァァーー!」
マルファスが苦し紛れに付き出す炎の三叉槍をダマスカスルージュを引き抜きぬいて下がりながらべリアルサービルで受け止め後方に弾かれる。素人の神流にしては良く出来た動きだった。が……
それは罠だった。
「!!」
同時に、隙間から紫色に光る危険な無数の羽が爆発的に加速して飛んでくる。
「《石衝立》!」
ダマスカスルージュが、床にギリギリ触れて神流の前に石の衝立が、瞬時にせり上がる。羽根が当たった箇所は丸く消失していた。
「怖え、マジで危なかった」
━━精霊紅魔鉱剣は元々の強度が高いから、折れる心配は必要なさそうだな。カラスとゴリラのハイブリッドとか要らねえよ。今度こそ死んだだろ? しばらく、羽毛の布団で寝れないな、持って無いけど。
━━!
ボゴォッ!!
神流の眼前に石の壁を破砕したマルファスの腕が伸びる。
━━
ダマスカスルージュを持つ手首を捕まれた。マルファスは嘴を裂いて嗤い室内に奇声に似た響きを与えた。
「ぐうっ!」
「恐れを抱いたか? グァァカ━━ッ愚かな人形無勢が! 一縷でも、この我に勝てると思ったか? 我は人形から、もぎ取った命で何度でも再生するのだ! この我は不死と言っても過言ではない無敵の存在だ。グカカカカ」
嘴から零れる青色の血を拭って揺るがぬ自信を見せるマルファス。その背中には、無数に根付く紫色の心臓が浮かび上がった。
ーーメリリィッ……ゴギン!
乾いて軋んだ音が室内に響いた。ゆっくりと握り潰されていく神流の手首の骨がひしゃげていき、圧力に耐え兼ね折れて粉砕した。




