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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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絆の四重奏華

 

 ーー神殿の大広間では、刻印の邪教徒達に包囲された素面(しらふ)の邪教徒達が、目を血走らせ狂ったように抵抗していた。しかし、数は残り少なく風前の灯であった。


「カ……カ……カカ…………俺の部隊は飲まず食わず不眠不休で、10日間は戦える精鋭達だぞ。それが………コイツ達は一体何なのだ?」


 部下のカラス兵の軍団が、10分と掛からず全滅してしまい、訳が解らず呆然自失となる。しかし、グツグツと沸き上がる怒りに震えだした兵隊長クウニグルは徐に立ち上がりレッド達に言い放つ。


  「カカァ! まだ終わらぬ、終わらぬぞ人形共! 生きて出られると思うなよ!」


 邪教徒達にグルリと向き直る。目を剥いて邪悪な嘴を裂くように開封すると、邪教徒に向けて奇声を上げて吠えた。


「グカアッ信徒共よ! 今こそ与えた信魔の実を体に取り込むのだ! 更なる力を得てアエーシュマ様の敵を討ち滅ぼせ!ーーッガハグゥッ」


 レッドから撃ち放たれていた薄葉の如きダマスカス鋼棒手裏剣が、兵隊長クウニグルの喉元を正確に貫通し後ろの壁に刺さった。クウニグルは、青色の体液を大量に吐いて倒れる。


「魔物は黙ってろっす。ってもう聞こえてないすね」


 背中に落ちた紅い編み込みのポニーテールが、揺れると同時に邪教徒達が騒ぎだす。


「ーー! クウニグル殿が最期に、ああ言っておられた! 報いるのだ! 我等は信を賭して殉教するのだ!」


「ーー殉教」


 その甘美な言葉を邪教徒の1人が、ぼそりと名誉と高陽感の混ざる口調で呟く。

 更にひとりが、そうこぼした、すると、波が連鎖するように次々と同じ言葉を口にしていく。波の連鎖は次々と派生していき、取り囲まれた邪教徒全員が巡るように恍惚の表情になり縋るように呻くように声を漏らし始める。


 ーー邪教徒が徐に懐から干からびた紫の【カプセル(黒い小箱)】を取り出すと躊躇うこと無く呑み込み嚥下した。


 紫のカプセル(黒い小箱)は、咽頭から胃に送り込まれると、もう嚥下を停止することは出来ない。 胃に辿り着いた紫の【黒い小箱(カプセル)】は、随意的な動きと不随意的な身震いをしてから、植物と虫の中間のような足が、わらわらと生える。その瞬間に胃の内壁に飛び付き深く根を張り巡らした。邪教徒の変化は突然訪れる。


「アゲッ、ゲッーー、オゴッカガグゥゥ、ウゴェェーー!」


 蹲り白目を剥いて身をよじり、胸と喉に手を当てて嗚咽を繰り返す。身体をビクンビクンと跳ねさせ、苦鳴に喘ぐが邪教徒は恍惚の表情を崩さない。


 狂信者達は内側で起こる変化、溢れ出そうとする何かを迎え入れようと、アスモデウスの名を必死に唱える。身体を蝕み荒れ狂う苦痛の刺を歓び、愉悦の姿勢を崩さない。邪教徒達は、アスモデウスの名を唱えるのを止めようとはしない。そして、人としての終わりを悟ったかのように力無く空中へ手を伸ばした。


「ア……エーシュ……マさ…………ま」

 

 ーー邪教徒達の様々な変身が始まった。身体が膨れ上がり斑模様の肌が更に変色し鱗が浮かび高質化した。上半身がメコメコと変形して(ワニ)のような爬虫類の頭と体となった。


 1人は、触手がボコボコと泡立ち触手の先に牙の生えた(いびつ)なピラニアの顔が生まれていた。


 小柄な邪教徒には両腕にスズメバチの頭部が埋め尽くすように浮かび上がり、手の甲には巨大な毒針が生えた。


 太った邪教徒の頭が割れるように歪んでいき2つに分かれ2対のカエルの頭と変貌し完全な魔物と化していく。


 2段階の変身で邪教徒は、完全に人間性を喪失してしまっていた。脅威は見た目だけで無かった。


 喚き低い呻き声を上げつつ、周囲に群がる刻印の邪教徒を一方的に薙ぎ払い、戦場を更なる血の海に染める。

 お互い邪教徒とはいえ、片方に魔物の力が追加されれば、当然、力の天秤は傾いていく。


 触手の生半可な攻撃は通用しない、刻印の邪教徒達の首が次々と触手の先に生えるピラニアに喰い削られる。カエルの緑と茶色の斑模様の双頭が、目の前の刻印の邪教徒達に別々に食い付くと一息に丸呑みにした。魔物となった邪教徒達は、醜悪な臭いの(ヨダレ)を垂らし刻印の邪教徒達を蹂躙していく。


「……邪教徒達が更に不細工に変身したっすねぇ」

「術式か悪魔召喚の儀式でも施したのかしら?」

「邪悪ね、完全に悪い方向にパワーアップしてるわ」

「ぱわああっぷ?」


 どんどん数を減らす刻印の邪教徒を見て、少女達に一抹の不安が過った。


「レッド、お兄さん居ないけど、どおするの? 逃げちゃう?」

「そんなの決まってるんすよ。コイツ達はアッチ等だけで殲滅するっすよ」


 聖桜(せお)が頷く。


「そうね、味方の邪教徒が居る内に攻撃した方がいいわ、ルーニャ、貴方はEガールと組んで遠隔攻撃をお願い」


「良いわよ。ね、Eガール」

「良いのよ~。ね、ルーニャン」


 ほのぼの空気の2人と違い、レッドの機嫌は悪い。


「何勝手に仕切ってんすか、ペチャン子」

「誰がペチャン子なのよ。レッド、貴方は私と一緒に近接戦闘よ」

「はあぁ? アッチの足手纏いになるんじゃねぇすよ」

「油断してると、また逆さまになるわよ」

「……………」


 話が纏まった所で、4人は魔物と変貌した邪教徒に攻撃を始める。


 聖桜(せお)が、邪教徒を丸呑みにしている双頭のカエルの魔物の間合いに入った。掌よりでかい無機質な目玉から睨まれるが、聖桜(せお)の心は湖の水面のように静かであった。


 ーー剣を手に取った時から判然と自分の命を賭ける覚悟を決めていた。心は揺れない。誰かの為に剣を振るい、そして斬る。それで例え自分が死んでも後悔しない。だからこそ、その一刀に全てを集中し気を練る。自分の死は仲間達の死に繋がる。決して敗北は許されない。


 魔物カエルの頭の1つが、ダマスカスロングソードを右上段に構える聖桜(せお)を再度視認して吠えるように鳴いた。


「私、カエル苦手だけど、手加減はしないわ」


「グゲロロロ――!!」


 魔物が蝦蟇のような口を大きく開けると撃ち出されるように、赤黒い舌が伸びて聖桜(せお)を捕獲しようと迫るその刹那、篝火を反射した閃光が煌めいた。

 斜線に振り下ろされたダマスカスロングソードの木目調の刀身が、異形の舌をひと薙ぎした。呻き声と共に斬られ蛇行する舌から血飛沫が噴き上がった。


「!」


 もう1つの口から、飛び出すように伸びた異形の舌が、振り下ろされたダマスカスロングソードの鍔と柄に絡みついた。


「くっ!」


 粘着し強力に絡み付く魔物カエルの舌に引っ張られ懸命に堪えるが、剣が持ち上がり指先が剥がれていく。


「ーー!」


 伸びた舌にダマスカス鋼のクナイが2本突き刺さり千切れた。反動を喰らい地面へ横転した聖桜は何も無かったように体制を立て直す。


 レッドが聖桜(せお)をバックアップしている形だ。ロングソードと短刀では間合いも破壊力も違う。飛び道具を使うレッドが後方支援する形は理に適っていた。


「ゲゴルルォーー!」


「ーー!」


 怒り心頭になった双頭のカエルの魔物から、吸盤の付いた2本の触手が、聖桜(せお)を挟むように伸びてくる。


  「水刃(ヴァッサァクリンゲ)


 ルーニャは詠唱し終えていた。水掻きの触手の傍に水が湧き出ると渦を巻いた水刃が、瞬時に水掻きの付いた2本の触手を切断した。ベタリと水掻きの触手が地面に落ちた。


「安心してヤっちゃっていいわよ、Sのお姉さん」


「セオ、がんばーー!」


「ケゴァァァァーーーーッ!」


 カエルの魔物は再度悲鳴を上げた。懐に入ろうとする神宮寺聖桜(せお)に向けて別の水掻きの付いた触手で掴もうと執拗に伸ばす。


「掴んだゲロ」


 双頭のカエルの魔物は握り潰そうと力を入れた刹那。


 ーー微風が起きた。


 手に収まった筈の聖桜(せお)は体捌きですり抜けていた。聖桜は、双頭のカエルの魔物の目の前にし瞳に力を宿した。


「ゲゴルルォーーーー!」


 次の触手を伸ばそうとしたが、神宮寺聖桜(せお)の姿はまたしても風を残して消え去っている。屈んで横薙に一閃しながら身体ごと後方に抜けていた。


 風に舞った黒髪が、篝火の明かりを受けてゆっくり背中に落ちる。ダマスカスロングソードを拭いて鞘に納めると、双頭のカエルの魔物の上半身はズレていき地面に崩れた。


「自分を見失ったら勝てないのよ」


 ダマスカス鋼の投擲武器を拾ってるレッドに声を掛ける。


「これで1体。上段以外は、もっと練習が必要ね。次の魔物を討伐するわよ」


「乳が無い分、身軽なんだから、もっとシャキシャキ動いて倒せっす」


 屈んでクナイを回収するレッドが、血糊を拭きながら皮肉を言う。


「何言ってるのよ。次の戦いに行くわよ」


 聖桜(せお)は次の魔物に向け、腰をあげて立ち上がろうとしていた。


「ーー!?」


女神の壁(ゲッティンヴァント)


 一瞬目が眩むような優しい光を伴って拡がった光の壁が、聖桜(せお)に喰い掛かろうと突進していた、ワニの魔物の顎を止めた。叫び声を上げ透明な光の壁を叩くが、その壁はビクともせず壊れる事はなかった。


「えいっえいっやぁっ! てゃてりあゃ!」


 光を纏うイーナが、ワニの魔物の強靭な膝へギューッと力を込めてダマスカスアウルの5連撃を突き入れた。ダマスカスアウルから麻痺が付与され、ワニの魔物はよろめく。

 しかし、お返しとばかりにワニの魔物の鋭い牙の生える顎が、イーナを喰い(えぐ)ろうと上から迫る。


「ガルロルァッーー!!」


 光を纏うイーナは、尋常じゃ無いスピードで魔物の顎を潜り抜け離れ際にもう一度突き入れる。しつこく迫る魔物の爪と触手を寸前で躱すと、倒れる邪教徒の死骸を避けながらルーニャの元へ戻る。


「良い感じよ、Eガール」

「ルーニャン魔法の、お陰ね」


 ルーニャの頭上には、純度を高められた魔石が、3つ浮かび、ゆっくりと回転している。内蔵された魔力によるものだった。

 ルーニャが、詠唱しイーナに付与した、加速(ベシュロイニグング)聖桜(せお)を守った女神の壁(ゲッティンヴァント) は、ホワン・ウネの魔石無しでは発動出来ない特別な魔法だった。


 レッドは、バランスを崩したワニの魔物の頭部へ、手裏剣を乱れ打つ。鮮血が噴き出した、薄刃でありダマスカス鋼の硬度を誇る手裏剣は、易々とワニ魔物の鱗の装甲を貫いて深く刺さる。


「あまりに禍々し過ぎるわね」


 頭を掻きむしり悶えるワニの魔物の正眼に立ちはだかるのは、八双に構えた聖桜(せお)であった。左の耳に付いたラピスラズリのピアスが赤い燐光を明滅させている。


 神宮寺 聖桜が、足を摺るようにして踏み込むと一閃して風を起こした。ワニの魔物の肩口から腰までダマスカスロングソードの刃が、すり抜け一瞬遅れて身体が裂けていき砂埃を上げて倒れた。


「私はまだ、納得した体捌きが出来て無いわ…………後11体」


 聖桜(せお)は剣を納める。気付くと、いつの間にか刻印の邪教徒達は、全滅し完全な魔物と化した邪教徒達に遠巻きに方囲されつつあった。


「まだまだ、イッちゃうわよ」


「ニィーー!」


 ルーニャの頭にしがみつく黒猫アリューが、ライオンのように首を伸ばして鳴いた。既に詠唱していたルーニャが、白クルミの杖を小さく上げる。


「バー・ブレン・ネス・シュトース、炎よ矢となりて我が敵を貫け」


  「炎矢(フランメプファイル)


 集束された炎の矢が、勢いを増して輝き3条の青い焔の軌跡を描いて透明で一際デカい魔石へと飛び込んだ。魔石が紅く輝き10倍の30本に増殖し炎の尻尾を付けて舞い上がった。連続で10本も撃ち込み300本の炎の矢が、蒼炎の雨となり邪教徒達に降り注いでいく。

 大広間を青白く染め、次々と刺さる蒼炎の矢。触手や身体に刺さっても消えない青炎の矢に魔物達は焼かれていく。


「わおっ、ルーニャ、アッチ達にまで火の粉が来てるっすよ」


「レッド、避けるのが何でも屋の仕事でしょう


「勝手に言ってろっす」


 レッドとルーニャが言い合っているが、聖桜(せお)には魔物の悲鳴で聞こえない。


 ーー魔物達に変化が起きた。


 触手で傷口を抉り取り青炎の矢を火傷しながら、引き抜いて地面に投げる。手傷を負ったが、焼かれ死ぬ事を防いだ。憎しみを増幅させ復讐に身を燃やす魔物達が、雄叫びを上げルーニャ達に迫る。


「ルーニャ、もう一発かますっすよ!」


「ーーごめんレッド、魔力切れテヘ。退散よ」


 魔物全員の相手は不可能だった。襲い来る魔物達の前に神宮寺聖桜(せお)が、立ちはだかる。


「私が時間を稼ぐわ、階段から逃げて」


「セオ、1人じゃ大変でしょう?」


 横に薄く光るイーナが脇にチョコンと立つと、その横で赤い編み込みポニーテールがブランと揺れた。


「アッチ1人で十分すよ。ペタん子に良いとこ取り取りは、させねえっす」


 ━━この敵だけは、生かしておけない訳が有るんすよ。


 手にダマスカス鋼の手裏剣を山盛りにしたレッドが、笑った。ルーニャが、杖を振って慌てる。


「ねぇ馬鹿なの? 手が全然、足りないでしょ! Eガール、魔法が切れるのよ! 何を意地になってるのよ?一旦、逃げるのよ! 囲まれたら本当に本当に死んじゃうわよ! アタシ治癒の魔法出来ないのに~ねぇっ聞いてよ~ふえん」


  大きな戦力差が有るのに逃げない3人にルーニャは涙目になりながら必死に訴える。


「ーー!?」


  ━━階段から人影が生まれた。その影は聖者の剣を背中に携えて笑っている。


「アハッ、僕の手なら足りるかい?」



 ヤハルア・グランソードが地下神殿に降臨を果たした。



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