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堕天使マニピュレイション異世界楽章   作者: 愛沙 とし
四章
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戦場の華達へ

残酷な描写が有ります。

 

 ◇神宮寺聖桜(せお)の記憶


 綺麗に掃除が行きとどいた本堂から三門にかけて並ぶ御影石の石畳は、夏の厳しい光が反射する度に角度を変えて耀いて見せる。村外れにある神社は(いにしえ)の風格だけを漂わせていた。境内地入り口から400メートルに敷かれている八千枚の石畳は、元禄八年に江戸渡橋の千曲屋久兵衛から寄進された奉納品であった。


 身長120センチ有るか無いかの小柄の少女は、整えられた艶のある黒髪を掻き上げた。その少女は、参拝者から見えないように、参道から離れた木陰で竹刀で素振りしていた。小学生ながら、才能の片鱗を魅せるような少女の流れる太刀筋が、木漏れ日を斬っていく。


「499、500……はぁ終わった」


 その様子を、ずっと眺めていた、3歳年下の妹が姉にせがんだ。


「アタシもやりたーい」


舞葉(まいは)には、まだ早いわ。まだ幼稚園なんだから、小学校に入ったら教えてあげるわよ」


「やだーやりたい!」


 幼稚園児の神宮寺舞葉(まいは)は、瞼に一杯の涙を浮かべている。


「仕方無いわね。貸してあげるわ、重いわよ」


「うん」


 聖桜(せお)は、小学校低学年用の竹刀を妹に手渡す。妹は喜んで手に取ると、素振りをすることも無く、撫でてみたり耳を当てたりしている。剣道に興味が、有るというより、振っている竹刀に興味が有ったようだ。

 

 空を見上げると初夏の風が、境内のやわらかな植樹の間を抜けて、爽やかな匂いをさらって吹いた。そろそろ、切り上げようと聖桜(せお)は振り返る。


「!」


 ーー神宮寺聖桜(せお)は、見てしまった。


 神宮寺舞葉(まいは)が、踊るように振る剣線は曲線を描いて流れる様を。


 点から点へと最も早い速度、そして、最短距離で辿り着く自分の剣技。しかし、神宮寺舞葉(まいは)が見せたのは剣道とは、非なる物だった。しかし、曲線を描く剣線には緩急が有り、まるで音楽を奏でながら、存在しない敵を斬っているようだった。長い竹刀に身体が()れる事も無い。うっすら笑みを浮かべる神宮寺舞葉(まいは)が、醸す拙い剣の戯曲は、神宮寺聖桜(せお)の瞳に焼き付いて思い出す度に軽く胸を焦がしていた。


 ーー*


 2人は少し成長し神宮寺聖桜(せお)は小学校四年生、神宮寺舞葉(まいは)は一年生になっていた、勿論、2人共に剣道を続けている。


 揃って、低学年の部の大会に出場する事になった。小学校低学年の部で三連覇している神宮寺聖桜(せお)の四連覇に注目が集まっていた。


 順調に勝ち進み、決勝で待っていたのは、神宮寺舞葉(まいは)であった。竹刀を振った所に、運良く相手の小手や面が当たり審判のさじ加減も有るのか、決勝まで来てしまった。巡り合わせも、さることながら神宮寺舞葉(まいは)は二刀持っていた。


 右手に長い竹刀・左手に短い竹刀を持つのが「正二刀」、その逆が「逆二刀」であるが、どちらでも無く短い竹刀の二刀流である。審判は、どうせ負けるだろうからと1年生の我が儘を通していた。


 普通は長い方の竹刀を上段に構え、短い方の竹刀を中段に構えるが。二刀とも太鼓の (ばち)のように中段に構えて合図を待っている。牽制と防御しかできない短い竹刀、ふざけてるとしか思えない。神宮寺聖桜(せお)は、水面(みなも)の下で静かな怒りを感じていた。神聖な舞台を軽んじた妹に仕置きする腹であった。


 1本目は小手を狙うか、どちらか一本の竹刀を落として反則を取るか、2回叩き落として終わらせよう。


 會舘内に漂う、恐怖とは違う静寂と、参加者の興味と興奮が入り混じった視線が飛び交う。


「試合開始」


 試合は始まってしまった。


  聖桜(せお)は、蹲踞(そんきょ)の姿勢から上段に構えてゆっくり気を練り合っていく。互いの無言の合意など無く、舞葉(まいは)は、中段に置くような構えで自然体である。


 (一息で仕留める)


 うっすらと鬼気を漏らす聖桜(せお)の気持ちが、伝わっているのか、舞葉(まいは)は、その場に構えを保ったままである。


 (過信ではなく今の私のなら、如何に強い相手でも、簡単に負けることは無い)


 ━━


 聖桜(せお)は、予備動作無しで竹刀を高速で振り下ろした。弧を描く剣筋が神宮寺舞葉(まいは)の短い竹刀に吸い込まれた。


 (ーー入った)


 そう心で呟いた刹那。


 神宮寺舞葉(まいは)は、両刀で受け流しながら体さばきで斜めに移動し間合い内に素早く入り込み片手で面を軽く打った。


「め~んね、お姉ちゃん」


「ーー面有り!」


 舞葉(まいは)は礼をした後、委員会に訪れて棄権を申し出た。公式では、試合そのものが認められず、神宮寺聖桜(せお)の四連覇となった。


 神宮寺舞葉(まいは)は、姉を気にしてか、一切の興味を無くしてか、竹刀を置いてしまった。


 神宮寺舞葉(まいは)は、聖桜(せお)より一足早く、黒髪を和紙で纏めて水引で縛り、巫女装束に身を包んで、巫女の技術継承を受ける事となった。

 


 *** *** *** *** *** *** **


 ◇神殿の地下祭壇の広場


 ルーゲイズ邸の地下にある神殿前では、邪教徒同士が血腥い争いを繰り広げていた。触手が触手を襲い、その度に手足や首が潰され弾け飛び、死が作られていく。怒声や罵声が怒涛のように広がる。


 眼前で繰り広げられる、まるで悪夢を再現したかのような凄惨な争い。悲鳴を上げては、血飛沫が上がり、血みどろの命を懸けた争いは混乱を極めていた。


 ーーその混乱の中で、過去の回想が神宮寺聖桜(せお)の心中を掠めた。聖桜(せお)は、心を糸のように細くし何重にも縒り合わせ強く保っていた。


  (私はもっと強くなる)


 神宮寺聖桜(せお)は、悠然と一直線に歩を進めている。その先には、触手に4本の槍を持ち、刻印の邪教徒達を次々に貫いては屠り続けている異形の邪教徒が居た。聖桜(せお)は、臆する事無く見据えて呟いた。


「有利であろう状況を、むざむざと変えさせる訳にはいかないわ」


 槍の邪教徒が、また1人、触手で抗う刻印の邪教徒の頭を左右から、貫いて捻りながら絶命させる。脳漿(ノウショウ )と返り血を浴びて、アスモデウスの名を叫び喚き声を上げた。


「アエーシュマ様ーーッ私めに邪神の御加護をーーッ」


 邪教徒は、近付いてくる神宮寺聖桜(せお)を視野に入れた。


「儀式の邪魔をする売女め! 穴という穴に槍を突き入れてアエーシュマ様に捧げてくれる! 死ね」


 目を血走らせ口の端に泡を吹く邪教徒は、聖桜(せお)に向けて大きく右足を踏み込むと、一気に触手を伸ばして2対の槍を突き合わせるように斜に繰り出した。


 次の瞬間、神宮寺聖桜(せお)の身体を貫いた2対の槍の穂先は空を切っていた。


 聖桜(せお)は、最小限の体さばきで槍を見事に躱していた。それだけでは無い。穂先を(かわ)す刹那、邪教徒に見る間も与えず一閃し槍の穂先を音も立たせずに断ち切っていた。


(ーー修練と研鑽の日々を私の身体が忘れて無かった。私を裏切らなかった)


「貴方は真面目に練習など、したこと無いでしょう。見え見えだわ」

 

「なんだと!?この×××喰らえ!!」


 邪教徒は、驚愕の顔をした後に意味不明な喚き声を上げて、もう2対の槍撃を神宮寺聖桜(せお)に放った。


「貴方、学ばないわね」


 身体を斜にして再度ひらりと躱す刹那、ダマスカスロングソードを一閃させ槍を持つ触手ごと2本とも同時に切断し地面に落とした。


「ウグゥ小癪な! その綺麗な顔を潰してくれる。」


 怒りの形相の邪教徒は、穂先の折れた柄を下から突き上げて聖桜(せお)の顔を突こうとするが、神宮寺聖桜(せお)は、首を傾げて見事に躱す。


「それは、無理なようね」


「アグアァァッ」


 発狂した邪教徒興奮していて気付かず、後ろから刻印が、施された邪教徒にガッシリと首を掴まれていた。神宮寺聖桜(せお)は体移動しながら、その場所へと誘っていたのだ。


「ウゲッグエエエ」


「自業自得ね、同情は出来ないわ。悪意は残さない。そういう指示なの」


 首を潰され絶命する邪教徒に振り返る事無く、次の戦場に赴いていた。聖桜(せお)は、剣を鞘に納め気を練っていた。


 ーーレッド・ウィンドは、邪教徒の触手を躱しながら、ダマスカス鋼のヌンチャクを首に当てて麻痺させる。その行程だけを繰り返して、確実に邪教徒の脅威を減らしていた。疾走しながら変幻自在に動くレッドの軌道を捕らえる事は、邪教徒達にとって不可能だった。


「!」


 レッドの足が止まった、点では捕らえられない邪教徒達が、触手を伸ばして繋ぎ通行止めにして包囲していた。


「ようやく止まったかネズミめ、いたぶり殺してくれる!」


 邪教徒達がレッドを襲おうとした、その時。


「えぃっ!」


「グアッ!」


 イーナが、邪教徒の尻にダマスカスアウルの切っ先を、遠慮無く突き刺していた。邪教徒は、憎しみの陰惨な相貌を呈してイーナを睨みつけた。


「薄汚い小娘が歯向かいおって一切容赦せぬぅ! 顔を引き裂いて供物にしてくれる」


 邪教徒の邪悪な触手がイーナに伸びる。


「イーナッ!!」


「ガァッーー!!」


 ーーイーナを殺そうとした邪教徒の触手から顔にかけて複数の炎の矢が突き刺さった。


「チョッと~ワタシをの存在を忘れてない?」


「ルーニャ!」


「レッド、サポートするから、さっさとやっつけなさいよ」


 ルーニャが杖を翳す、続けて詠唱に入る。


「エアト・リン・ケンナ・スクヴァル、水の海月(くらげ)達よ呼吸の自由を奪え」


  「水海月(ヴァッサァクヴァレ)


 触手を伸ばす邪教徒達の顔に、複数の水の海月(くらげ)が湧き出した。鼻と口に群がって塞ぎ呼吸不能にさせる。邪教徒達は顔に触手をやり悶え苦しむ。


「ウゴボーー」

「ブゴーーッ」

「ゴボアーー!」

「ボゴウゴ!」

「ゴボボボボッ」


 ルーニャ・ウネは声を掛ける。


「Eガール、今の内にコッチに来て」


「ありがとうルーニャン、優しいね」


「そんなことは無いわ。ワタシは恐ろしい魔女だから……なんてね嬉しい」


 ルーニャは照れていた。


 ーーレッドが動いた。


「ウィンド一族に繋がりし闇の精霊様、影を霧散させ、この我が身に纏わせよ」


「【黒霧(ブラックフォッグ)】」


 レッド・ウィンドの周囲に黒い霧が沸き上がる。沸き上がった黒い霧が拡がりレッド・ウィンドを全方位から呑み込んだ。


「闇の精霊様、我に仮初めの闇分身を与えよ、我が敵の血、肉、魂を糧としたまえ」


「【朧闇分身(ダークアバター)】』


 黒い霧の塊から、九方向へ漆黒の闇を纏う幻の彩りの肉体をしたレッドが、高速で射出された。一瞬で邪教徒達の触手をすり抜け喉元に短刀を差し込んだ。


「ーーレッドの精霊魔法なんて初めて見たわ。今日は興奮してばかりね」


 レッドを包囲していた邪教徒達はコマ送りで倒れた。闇の分身体は消え邪教徒達の喉元に刺さるダマスカス製の棒手裏剣、クナイ、手裏剣だけが残っていた。レッドは振り返り2人に声を掛けた。


「ルーニャとチビッ子は、逃げ道係なのに前に出たらダメッすよ」


「まあ、それが恩人にいう言葉? ねぇEガール」


「ねぇルーニャン」


 イーナとルーニャは血の香る戦場で華が咲くように笑った。


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