麻薬の神殿
残酷な描写があります。
地下の階段は神殿の前にある大広間に繋がっていた。小学校の校庭位の広く、天井まで15メートルの高さがある。正面通路には篝火が焚かれ、壁際に並ぶ燭台には火が灯り内部を明々と照らしている。
神殿の広場は、煙が立ち込め2000人以上の邪教徒が、犇めきあい跪き喚き呻くように祈りを 捧げていた。中央にある導線の一番奥に有る祭壇には、10メートルは有る異形の悪魔像が崇めるように祀られていた。
「臭えっす」
「目がシバシバするわね。街に目薬とか無いのかしら」
「この臭い、曾御祖母様が調合で使ってる葉だ」
「あっ猫ちゃん隠れちゃった」
祭壇の周囲には、無数の篝火が焚かれていた。純金の架台の上に彫金され装飾を施された銀の台座に邪神像は鎮座している。そして、痛ましい事に神殿の地面の床には埋め尽くすように夥しい量の血糊がこびり付き固着していた。地面の血液については、何をしていたのか、考えなくても想像の域を出ないだろう。神流は邪教徒に問う。
「何だ、この煙は?」
「邪神様と精神の世界で繋がる為に、芥子の実と麻の葉を焚いてます」
「麻薬か……みんな、口を布で押さえないとラリっちゃうぞ。少し待機してくれ」
神流は意味あり気にルーニャに向き直る。
「偉大なる魔術師殿、こんな時に何か良い方法あるか?」
「えっ魔術師? あっ有るわよ有るわよ」
ルーニャが持ってきた袋をゴソゴソ漁ると、透明度が限り無く高いひし形の魔石を取り出した。それは拳大の大きさでルーニャが持ち上げて小さく呪文を唱えると空中に固定された。
ーールーニャは魔石に向けて杖を翳した。
「ヴィン・トルフ・シュ・トローム、風よ気流となり立ち昇れ」
魔石が白く輝くと魔石の周囲に気流が生まれた。大広間の煙が階段の上部に勢いよく流れていく。得意気に、ルーニャが説明する。
「フフン、魔石を使って風に指向性を持たせたのよ」
━━魔女っ子様々だな。
1人だけ、口を押さえて緊張している神宮寺聖桜の額から一筋の冷や汗が頬を伝い床に落ちた。
「そっそれにしても凄い人数ね」
「ビビってるなら隠れていろっす」
「そこまでじゃ無いわよ! ねぇ御主人様、この人数の邪教徒に貴方は勝算はあるの?」
「勝算? 奴らを倒す準備はしてきたつもりだ。勝算と言えるか解らないが此方は相手を知っていて、向こうはコッチの事を何も知らない。情報戦では優位に立っている。更にそれを活かして安全係数を増やすつもりだが、状況を判断して少しでも危険だと思ったら「命を大事に」で逃げて欲しい」
「……解ったわ」
「それと奴等は街で遭遇した時に体から触手だか腕だかを生やして攻撃してきたよな。直撃や掴まれたら骨折も有り得る。ヤバイ力だからお互いに助け合える位置で戦おう」
神流は続ける。
「奴等がやっている事は殺人と誘拐と拷問と麻薬その他諸々……犯罪のオンパレードだ。……あまり言葉にしたくは無いが犠牲者を量産し続ける凶悪な邪教徒達を生かしておくつもりは無い!……と思ってる」
━━俺は親を殺された子供達に誓ったんだ。落とし前を取ると……。だから、生理的に使いたくない刻印もあえて使わせてもらう。
「少し無防備になるから周囲を見張ってくれ」
ーー神流は、階段を降りながらべリアルサービルで、魔力サーチを済ませていた。地上からの魔力探知と干渉を防ぐ為なのか地下神殿を覆うように魔法の結界が施されているのが解った。
べリアルサービルの蔦模様になった柄を強く握りしめて、想いを乗せるように起動させる。
「【並行起動】」
詠唱し、発動経路を2つに分岐させる。
「【堕天使融合】!」
神流の身体を取り巻く、半透明のエーテル体が、隆起して頭上でベリアルの姿を細部まで細かに造形すると神流とリンクする。神流の怒りに反応したエーテル体の瞳が血の涙を流して赤い光りを放った。
親指の指輪は極光を魅せると指先にシジルマークが浮かび上がり熱を上げて点滅し始める。神殿の天井に巨大なべリアルのシジルマークが一瞬で形成されていく。
濃度が高く半透明のべリアルが、うっすらと皆の目に映る。
「また出たっす」
「ええっ!なんか起きてるの?」
「見た事も聴いた事も無い術式よ。古代神魔法かしら…………立体術式なんて凄過ぎるわ」
「どこぉ?」
ーー指先のシジルマークが焼け付くような熱の燐光を魅せた。
「【隷属】【殺戮】
【憎悪】」
天井の巨大なシジルマークに刻印を撃ち込み効果を付与する。1部の邪教徒達が気付いて騒ぎ出す。
「もう遅い!」
べリアルの姿をしたエーテル体が哭いた。
咆哮と共に、シジルマークが邪教徒達に落下して魔力の刻印が成された。 ベリアルの造形は薄まり空気に消えていった。 神流はべリアルサービルで確認のサーチをする。
━━何だ!? 前より強力な刻印が2分の1はレジストされてる?
━━刻印が付与されると邪教徒の目が殺意を宿す狂乱状態になった。隣の邪教徒の頭を触手がソッと掴むと一瞬でリンゴのように握りつぶした。
「何だーーッ? 儀式を邪魔するのかーー? グェッ!」
叫びも虚しく後ろから伸びる邪教徒の腕に首を気道ごと握り潰される。
ーー広間で邪教徒の同士射ちが始まった。
「グルワァア━━━ッ!」
「ガルィァァ━━ッ!」
「狂ったか、不遜の罪は死で贖えー!」
「愚か者めー!」
凄惨な地獄絵図が描かれ始めた。阿鼻叫喚の中、床の血糊の上に血飛沫を重ね紅い色付けがされていく。
ーー神流は気掛かりがあった。どうやって魔法を抵抗したのか、後ろに居た無表情の邪教徒に問いただした。
「信徒や生け贄を連れてくると魔力や怨恨、悲痛を吸収して集める悪魔像を貰えます。身に振り掛かる異教徒の魔法を身代わりに何回か誘引して悪魔像が取り込みます。一緒に己の魔力や生気も吸われてしまう危険な呪具です」
━━力は温存しておくか。
連続での堕天使融合は止めておく。聖桜に斬って貰った悪魔の木彫り人形を思い出した。
神流は、全員にべリアルサービルを向ける。
「【君主】」
べリアルの刻印を施す。
「「「「????」」」」
「皆、聞いてくれ。中で争ってる邪教徒の半分を手下にした。そして、皆には君主の刻印を施した。刻印を撃たれた半分の邪教徒が皆の命令を聞く筈。上手く指示するなり盾にするなり護衛に回らせるなりして、臨機応変に安全に怪我しないように戦ってくれ」
「了解っす」
「安全ね了解よKボーイ」
「命を懸けて戦います」
「お祖母様より凄いかも?」
(ワタシの魔力抵抗まで簡単に……本当にアレよね。何処で修業したのかしら? もしかして王都の魔導士?)
「この先は18禁だからルーニャとEガールは、前に余り出ないで見張りと迎撃と逃げ道の確保を頼むよ」
「言ってる事はなんと無く解るわ。後衛で補助しながら守れば良いのね、お兄さん』
「はい御主人様、命を懸けて戦います」
「いやいや、此処では命は賭けない方向にしてね。頼むよ」
「18禁なら、貴方も含めて皆ダメじゃない? Kボーイ」
「細かい事はいいんだよ。混乱に乗じて殲滅しに行くぞ!」
神流達は、神殿の大広間に躍り出た。神流は息を吸い込み大広間に向けて大声で怒鳴る。
「刻印の奴隷よ。片手を上げて戦えーー!!」
刻印を撃たれて暴れ狂う邪教徒達が、次々と片手を上げていく。これで刻印された邪教徒が視認で識別可能になる。
声に反応した何人かの邪教徒が迫ってくる。
「何者だ! お前達の仕業か? 儀式を邪魔をしおって天罰を与える!」
「天罰だーーーーっ!」
「報いを受けろ!!」
目を血走らせ叫ぶ邪教徒達は、灰色のローブをバタつかせて、触手を伸ばして迫ってくる。
神流は、腰を低くして構えると初めてダマスカスルージュを鞘から引き抜いた。
ーーそれは、元々は純ウーツ鉱と精霊の力を、匠のドワーフが錬成して仕上げた業物の一振りだ。刀身から神秘的な白金の光を放つこの世に一本しか存在しない貴重なダマスカスソードだった。その剣に堕天使べリアルの血が宿り、刀身に木目調の紅い輝きを伴う精魔の剣、ダマスカスルージュへと進化した。
神流は精霊紅魔鉱剣の刃を邪教徒に向け鋒を地面に刺した。
「《土針3》」
━━
神流の声に反応するかのように邪教徒達の手前の土が、三ヶ所で隆起し圧縮され尖っていき、そのまま切っ先が邪教徒達を貫いて持ち上げた。
━━これは使える。
貫かれ呻き声を上げる邪教徒から、小さな光が散ったが、悪魔像の抵抗は無かった。痙攣する悪趣味なオブジェを残したまま神流は走りだす。
「トドメは任せる」
神流は、刻印を撃たれて無い邪教徒達に走りながらべリアルサービルを向けて連弾する。
「【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】【麻痺】………………」
「ぎ、儀式がっ…がっ……がつ…」
「アエー…シュ……マさ…ま」
「天……罰を……」
「異教徒に……死の…裁きを」
口から泡を噴き出し痙攣する邪教徒を尻目に神流はべリアルサービルを連弾しながら、駆け抜けて神殿に入りアスモデウスの石像に辿り着いた。
「コイツが元凶の像か」
大きな燭台と篝火に囲まれた異形の石像が聳えている。
━━魔力を感じる、色んな悪魔が混ざったような怖気のする像だ。
神流は無言で精霊紅魔鉱剣を引き抜くと地面に突き刺した。
「《土杭》」
禍々しい怖気を醸す石の邪神像に、土で出来た杭が重い一撃入れる。石像はグラついてヒビが入る。傍らでは邪教徒が発狂した叫び声を上げる。
「アエーシュマ様の像がぁぁぁ!」
「愚か者めがーー!」
「異教徒め両の目を抉ってから、引き裂いて殺してくれる!!」
神流は躊躇せずに続ける。
「《土杭強》」
土杭の強烈な一撃にアスモデウスの邪神像は、完全に砕け散った。神流に向かって襲い掛かった邪教徒達は、周囲に居た刻印の邪教徒達に襲われる。地面に叩きつけられ関節を砕かれ絶叫しながら、暴力の餌食になり新たな苦痛と死を量産した。
神流は凄惨な惨状を意識的に直視していない。
━━グロいのは誰でも嫌でしょ? 悪魔の手先となった邪教徒に誘拐されたり殺されたり麻薬漬けにされる被害者の恐怖や苦しみは想像すら出来ない。出来れば俺ではなく、勇者とかに率先して退治して貰いたい。
「以外と何とか……なったな。というか楽勝だな」
神流の胸には目的を遂げた軽い安堵が訪れていた。徐に砕けたアスモデウスの邪神像にべリアルリングを向ける。
━━ん!?
黒い靄が少量しか浮き上がらず、それを一瞬で吸い上げるとべリアルリングは沈黙した。




