邪教徒の巣窟
薄い夕焼けを呑む朱白の雲が、永久要塞街を茜色に染めているかのように流れていく。
広場から少し距離のある破壊された家屋の影から、神流が、外套とヴェネチアンマスクを着けた姿で現れる。べリアルに頼んで人気の無い所にシジルゲートを繋いで貰っていた。
直ぐにリスト達と合流しようと広場に戻るが、既に魔物の死骸などは運ばれた後で衛兵や街の住人がちらほら居るだけで仲間達は誰1人見つける事が出来なかった。
「かなり時間が浪費したし仕方無いか」
神流は、建物の陰に隠れ修復されたべリアルサービルを抜いて握り込むと意識を集中して刻印をサーチする。
━━解る。ベリアルサービルがパワーアップしたお陰で鮮明に刻印反応を感じとる事が出来るようになった。イメージ的には校庭や大きな公園等で、皆の場所を見てから目を瞑った感じに似ている。位置的に全員屋敷に戻って居るみたいだ。うーん、リスト達も無事のようだ。先に使って確認すれば良かった。かなり無駄な時間を過ごしてしまったな。
神流は、周囲を見渡して確認してから、急いで歩き出した。平民街のあちこちで、破壊された跡や無残な死体が残っている。
━━生存者の救助や残党処理で手が回らないのだろう。
まだ外で亡骸に寄り添い啜り泣く遺された子供達も目についた。白牛悪魔は倒したが無くした命は戻って来ないという感傷的な気持ちが湧く。
神流は立ち止まると目を瞑り黙祷する。
「裏で動いてる奴に、このパワーアップした剣で、きっちりと落とし前を着けてやるからな」
神流は、外套を羽織り直して石畳の地面を強く踏みしめた。気持ちを強く持ち貴族街に向かい歩を進めようとすると亡骸に泣き縋る子供に近付く不審な人影が見えた。それは生き残りの灰色のローブを羽織る邪教徒だった。
「グハァァ、崇高な信徒か邪神様の生け贄にしてやる」
涎を垂らす邪教徒は泣いている子供を裾から伸びる異形の触手で、口を押さえつけ一瞬で巻き取ると食べるようにローブの中に取り込んだ。
「覚醒」
神流は構えていたべリアルサービルを抜いて撃ち放った。
「【思考停止】【隷属】……まだ居たのかよ」
べリアルの刻印が肩に当たり刻まれる。邪教徒の男は、ビクンと硬直して動きを止めると、ローブの下から子供がボロンと転がり落ちた。口を押さえつけられていた子供が、関を切ったように大声を上げて泣きじゃくる。
「ぅっああああーーん!」
━━
ーーシュボォォォ!
遅れて放たれた3本の炎の矢が突き刺さり棒立ちの邪教徒の背中を焼いた。
「あらっKボーイのお兄さんじゃない?」
ーーそこはホワン・ウネの魔具販売店の前の通りだった。
小さなペット用の扉から半身を出してるルーニャ・ウネが白クルミの杖を邪教徒に向けて構えていた。背中には荷物の袋を抱えている。
神流はルーニャを一瞥して、子供に寄り添い宥める。ポケットに入っていた中銀貨をズボンのポケットにソッと入れた。
「これで弔ってあげるんだ。ーー必ず仇をとってやるからな」
子供は神流を一瞥して再び親らしき遺体に縋りつくと泣き始めた。
「……」
━━金等では解決しないのは解ってるよ。
なんの足しにもならないと解っていたが神流は、渡さずにはいられなかった。少し寄り添った後に立ち上がりルーニャに向けて振り返る。
「お前……帰ったんじゃ無いのかよ? 身内から万引きか?」
「お前って酷くない? エルネス・キュンメル城伯様から、戒厳令が出てるの。融通の効かない門兵が貴族街に入れてくれなかったのよ。仕方無いから曾祖母様の店に来ていたの。これは自衛用の魔具を借りただけよ。フフン」
ルーニャ・ウネは、アリューと荷物を外に置くと猫のアーシェが出入りする下の簡易扉から、再び中に入る。そして、錠をかけてからまた出てくる。
「お兄さんは、もしかして1人?」
「取り合えず、この邪教徒の炎を消してくれ」
ルーニャが杖を向けて念じると炎が空気に拡散して消えていく。神流が残り火を嫌々叩いて消す。
「何で、そんな奴を助けちゃうの? 丸焼けになるまで放っておけばいいじゃない』
「ああ、そうじゃない。コイツの親玉の所に行くから、まだ生かしておきたいだけだ。お前は……ルーニャは、ホワンさんの店に戻れ」
ルーニャの顔色が変わった。
「ホワンさん? 曾祖母様の事を知ってるの? その言い方だと一見の客じゃないわよね?」
━━子供探偵かよ。
「……いや、店の事を聞いた事があるだけだ。じゃあな」
邪教徒に命令する。
「お前のボスが居るルーゲイズ子爵の地下神殿に案内しろ」
去ろうとする神流にルーニャ・ウネが、荷物袋を担いで杖を片手に付いてくる。
「危ない所に行くから店に戻れって言ったろ?」
「ワタシも街を守るのよ。魔女の支援を断ると末代まで呪うわよ」
ルーニャが杖を地面にタンタン鳴らす。
━━もう既に呪われてるよ。
「なんつー脅迫だよ。お尋ね者になっても知らないぞ」
「ワタシの母様は偉いのよ。こんなのも有るんだから」
ルーニャは袋から天然石の首飾りを取り出して首にかけた。ルーニャ・ウネの存在が薄まり顔もなんとなく違って見える。
「ラミアの石の首飾り、周囲からの認識阻害と認識錯視の効果があるのよ。フフン」
━━フフンてホワンさんのだろ。……それにしても便利な物があるんだな。んん、想定外のルーニャが付いてくるのをどうするか。
「ーー1人で行こうと思ったが予定を少し変える」
ルーニャ・ウネから、少し離れて神流はベリアルサービルを空中に立ててシンッとサーチする。
(ーーーー聞こえるか?……レッド、Rレディ、レッド?)
(ーー?ーー!?、ふぇ!?……旦那)
(……旦那ですか?)
━━(ああ、魔法が使えるレッドには届いたな。刻印を通して頭の思念に話し掛けてる。今から化け物退治に行く。無理にとは言わないが手伝ってくれ。オーケーなら南に向かって2つ目の貴族街へのゲートに装備とマスクをして来て欲しい。俺も今からそこに向かう)
(ハイッ了解です)
*** *** *** *** *** **
◇ルーニャ・ウネが、追い返された貴族ゲートに向かうとレッド、イーナ、聖桜の3人がフル装備で立って待っていた。
━━3人並ぶと様になっている。少し心強い。仲間って良いな。
「ーーっ旦那!」
走って神流に駆け寄ると半泣きで神流の胸に身を預ける。イーナと聖桜も神流の元に来る。
「心配かけたな、というか皆来ちゃったのか」
「どうやって……いいえ、無事で良かったわ」
「御主人様、命を懸けに来ました。使って下さい」
「グス、旦那が生きてたのは嬉しいんすけど誰ですか? この見たこと有るようなチビッ子と邪教……徒は?」
首だけ振り返り説明する。
「この邪教徒に化け物が居るアジテーティング・ポイントに案内させる。邪教徒と迷子魔女のルーニャだ」
「迷子じゃないでしょ。ねぇお兄さんたら聞いてるの?」
ルーニャは、抗議するようにラミアの石の首飾りを外す。
「「ルーニャ?」」
「ルーニャン?」
「えっレッド?」
ルーニャ・ウネは声と髪の色でマスクをしているレッド・ウィンドの正体に気付いた。
「もしかして知り合いか?」
「……そうです。ガッチガチに知ってるチビッ子っす」
軽く下を向いてレッドが頷いた。
「レッドは、一体何をしてるのぉ? このお兄さん何者ぉ?」
「色々有るんすよ。チビッ子に解らない大人の事情ってものが」
「何よそれー馬鹿にしてるーー」
2人は、いつもの調子で会話している。
━━まぁいい問題無いんだろ。
「もう1度言うが、化け物……かなり高レベルの悪魔を退治しに行く。Rレディだけは深い因縁のある敵だと思う。命の危険にかかわるだろう。強制ではないし出来れば辞退してほしい。だけど、一緒に行くなら、俺の指示と自分の命は守ること」
「了解です。旦那のその気持ちが嬉しいっす」
「解りました。命を懸けて付いて行きます。御主人様」
「私は、行くわよKボーイ」
「Kボーイのお兄さんやるぅ」
━━うん、何か違う。
「…………じゃあ行くか」
即答で返事をする3人に対して呆れと戸惑いの表情を見せたが、━━絶対に死なせやしない。そう誓っていた。
ーー神流は貴族ゲートに近付いて行く。当然のように行く手を遮る門の衛兵達が出て来た。神流はべリアルサービルをマントで隠し構えている。
「まだ通行止めだ。帰れ…………特別に通します」
「なに勝手に通してるんだ!…………通行許可証は何枚要ります?」
判子が押された白紙の通行許可証を、人数分貰い皆に配る。皆に振り向き進むように促す。
「お兄さんって相変わらずアレよね」
ルーニャが呆れる中、神流は声をかける。
「中に入れたろ? 無理して一緒に来ること無いんだぞ」
ルーニャは、持っている杖で地面を少し強く突いた。
「住んでる街に悪魔が居ると聞いた後に帰れる訳無いでしょ。高位の悪魔ってお兄さんが思ってるよりヤバイのよ。ギルドや衛兵に応援を頼まないの?」
「ギルドは平民街の混乱で手一杯だろう。権力が絡んでる可能性が有る。安易に衛兵なんかに報告すると制限されたり、狙われたり、下手したら拘束されて状況が悪くなる」
「へぇっそうなの? 何その目?…………ワタシは別に最初から文句無いわよ。ね、アリュー」
ルーニャはアリューを撫でてトボケた。5人は、邪教徒に付いて順調に進んで行く。
━━ルーニャの荷物を少しレッドに持って貰っている。ルーニャはラミアの首飾りを掛けて、他の皆はマスクを着用している。人に見られても今のところ問題無い。
貴族街は、まるで誰も住んで居ないように鎮まりかえっている。舗装された道で、貴族街は整備されていて噴水や街路樹、街路、点在する芸術的なオブジェが、貴族達の裕福さを物語る。
━━巡回の衛兵もたまに見かけるが此方に来る様子は無い。
邪教徒に付いていくと白亜の綺羅めく豪邸が、5人の目に見えて来た。ファルナス・レティオス子爵の別荘より広大な敷地に聳えるように建っていた。
「此所……です」
邪教徒がルーゲイズ子爵の豪邸の裏手で立ち止まった。
「どうやって入るんだ?」
「この裏門の中に……信者が居て……開けて貰えます」
裏に回り潜り戸をノックすると中から声がする。
「合い言葉。アエーシュマ様に」
「復活の……光あれ」
中から扉が開いた。
「そいつらは?」
「新しい…信者だ」
「転化教育と通過儀礼は済んでないようだが」
「マルファス様の直属の信者だ」
「……入れ」
神流は、直ぐに入り口の邪教徒にも【隷属】を撃ち込んだ。
「お前も案内しろ。通過儀礼とは何だ?」
「地上の屋敷で行う、神酒を飲む儀式です」
━━紫の【黒い小箱】とか、混ぜてそうだな。
蝋燭を持つ邪教徒の案内で、地下へ続いていく、独特な臭いのする広い階段をゆっくりと降りていく。
ー━!」
神宮寺聖桜が、ダマスカスロングソードを抜いて、下の踊場から伸びてくる触手を受け止めた。
「何だお前達は! そんな姿では神殿に入れぬぞ」
奇声を発して邪教徒の1人が上がってくるが、神流が刻印を撃ち込むと大人しくなる。
「目が慣れてきたわ大したこと無いのね」
「お前……凄い反射神経だな。ちょっといいか? SウーマンとEガール、Rレッド、チョッと武器を見せてくれ」
言われた通りに聖桜はダマスカスロングソード、イーナはダマスカスアウル、レッドはダマスカス鋼製のヌンチャクを神流に見せる。
「【麻痺】」
ロングソード、アウル、ヌンチャクそれぞれにべリアルのシジルマークが妖しく浮かぶ。
「麻痺する効果を付与した。マークには触るなよ」
「良いっすねぇ」
「少しというか気味が悪いわね」
「有難うございます御主人様」
「アタシは?」
「ルーニャは武器を使わないだろ」
振り向いて邪教徒に質問をする。
「さっき言ってた姿とは何だ? 服装の事か?」
「私が着ているマルファス様から、頂く邪神のローブの事です」
「そのローブを着ているとどうなる?」
「信徒として認められ、果て無き信仰心が生まれマルファス様から奇跡の力を頂けます」
神流は、邪教徒の体に脈打つドス黒い血管を見て吐き気を誘う嫌悪感を覚えていた。
「何故、人を拐うんだ?」
「信徒にする為、アエーシュマ様復活の供物や生け贄とする為、教祖様の実験体として利用する為に生きた人間が必要と言われてます」
「…………」
神流は、唾を吐き出したい衝動に駆られた。一瞬躊躇ったが我慢出来ずに実行していた。
「旦那、狂信者の話なんか聞かない方が良いですよ。呪われますって」
「……そうだな、気を引き締めて行こう」
地下5階まで降りると、目的地である最深部の神殿の入り口に辿り着いた。




