無法者の讃歌
足音を極力忍ばせた神流は山小屋の直ぐ傍に到着している。途中で危機感と理性が強く働き冷静な面持ちを取り戻していた。山小屋の裏手から息を殺して近づき窓の隙間から様子を探る。慎重に耳を傾けると品のない笑い声が小屋の外に漏れてきた。
「ゲッゲッゲ笑いがクソ止まんねえ。とんでもねぇ魔獣に襲われて仲間とはぐれた時は生きた心地がしなかったがよ。まさか、こんな所に人が住んでるとはな俺達はツイてる」
「娘達に何するの! これ以上、乱暴はしないで!」
隙間から片目で覗くと部屋の中は動物の食事の後のように食い散らかされている。そして、居るのは凶悪そうな男達。1人は不恰好に生える濃い顎髭が印象的な小太り男。そして、背中の鞘から長剣を抜いてゆらゆらと揺らす。
「ゲッゲッ何もしやしねぇよ。俺は黒鼬野党の副頭をやってるグリルってもんだ。本当は悪魔の谷にとてつもない金持ちの貴族が向かったらしくてよ。全員で襲撃して金目の物を頂いて身柄を拐う算段だったのよ」
「だったら……だったら何で?」
「アグアの港にツテがあってな、ガキをバカ高く買う奴隷商が来るらしいんだよ。ついでに売ってやろうって話よ。言っとくが余計な真似はすんなよ。オレはなぁ人を斬らねぇと夜も寝れねぇんだからな」
もう1人の男はとてもデカい骨付き肉を握って食べている。ガタイが良く身長が2メートル位あり歴戦の傷が顔や身体の至るところに見えた。
2人とも厚みのある長剣をちらつかせて常に威嚇をしている。マホとマウの衣服は乱れた上に所々千切れ首などを縛られていた。
怒りに闘志が沸々と沸き上がる神流の頬は紅潮していく。
━━犯罪野郎達をマジで許さない!
小屋の中ではミホマが死にもの狂いで訴えかけている最中であった。
「家にある物は何でも全て持って行って構いません。娘達を解放して下さい」
ザクッザクッザクッ!
小太りの山賊が床に山刀を不機嫌そうに突き刺す。殺すことに躊躇いのない醜悪な目付きの男が口を開く。
「ドズル探させたが、金目の物はなんも無かったとよ。食いもんも粗方喰っちまったし、全く運がねえなぁ」
汚れたチョビヒゲを触り侮蔑するように告げる。
「ウシャシャよーく見た! 金になりそうなのは何も無かっただ。モグッ!」
大きいインディオ系の見た目をした山賊が、焼かれた骨付き肉を奥歯で引きちぎり答える。
「私が行きます。何でもしますから娘達は見逃して下さい。御願いします! 御願いします!」
ミホマは必死に声を上げ、涙ながらに山賊にすがり付く。
「うらーーっお前じゃ駄目だ! 高く買ってくれんのはガキだと言ったろ離せ、ボケ」
ゴッゴッ、ガスッ!
チョビ髭の山賊が、ブーツの踵でミホマを蹴り剥がした。ミホマの腕とこめかみに踵の跡がくっきりと傷を残していた。
「ママをイジメないで!」 「ママァ!」
「うっぅぅ止めて……」
ミホマは蹴られた肩と頭を押さえて蹲り、マホとマウは震えた涙声で声を必死に上げた。すると心苦しい泣き声に反応したかのように外で鳴き声が響く。
「ヒィーン!」 「クゥイーン!」
外に居る馬達の大きな嘶きが夜の空に木霊する。
「オン? 馬共が鳴いてやがる。外に誰か居やがるのか?」
コンコン……。
扉をノックする音が室内に届く。グリルは警戒に表情を歪める。
「おい音がしたぞ。誰か居ないか見てこい」
「オラァには聞こえなかった。気のせいだ」
「嘘つけ! このっドズル! 万が一衛兵なら面倒だろ! うらーーっ! 1人なら扉を開けた出会い頭に腹を裂け、仲間だったら入れてやれ」
「ヘイヘイ~グリルの兄貴はすぐ怒る」
愚痴をこぼしながら剣を背中に隠したドズルが扉へ向かい乱暴に開ける。
━━
そこには誰も居なかった。
「やっぱり、オラァの言うとおりだ。馬達は何を鳴いてるだ? 激しい交尾だか?」
剣を納めたドズルがのしのしと馬達の近くに行くと少し離れた所でキラリと何かが光った。
「ンン? なんだアレは……拾ったらオラァのだ!!」
鼻息荒くドタドタと光に近寄り拾い上げる。それは銀色のジッポのライターが月明かりを反射したものであった。
「こらぁツルツルのツルッツルッだど!? 見た事ねぇ銀の宝物だ!」
空に掲げ月明かりに照らして鼻息を何度も荒げて鳴らした。頬を摺り喜んでいると、少し離れた樹木の陰で光が点滅し何かの音が鳴っている事に気付いた。
「まだ、あるだか? 拾ったらオラァの物だ!」
急いで近付き拾い上げた。それも神流が着けていた腕時計だった。アラームが鳴り点滅していた。興奮したドズルの興奮は止まらず夜空に向け手を合わして絶叫した。
「何か分からねぇけど、オラに宝物を有り難う山賊の神様! ウシャシャ~!!」
━━ここまで聞こえてくるぞ。随分と都合の良い神様だ。
***
山小屋の中では殺伐とした空気と悲愴感が漂う。
「お金でも何でも払うから、どんな事でも何でもするから娘達だけは自由にして返して!」
口の端を切って口の中に血を滲ませるミホマが、涙を堪えて足元に縋り付く。
「ケッ教えてやる。元からお前は弄んだら殺して行く予定なんだよ」
「何て酷い……」
「世の中てのは悪い奴が勝つようになってんだよゲッゲッ」
グリルは長剣を見せながら口角を上げ嗤った。
「悪魔ぁーー!!」
「んぁ? オゥオゥ立場がいつまでも解らないみたいだな。クソ生意気だな。1度死ぬか? 死んでみるか? うら~~っ死ねや!」
醜悪な笑いを口元に浮かべたグリルは、ミホマに長剣を無慈悲に振り降ろした。
「「ママーーッ!!!」」
━━
窓からスルリと滑り込んだ神流は跳んでいた。
「させない!」
ーーガギィィンッッ!!
間一髪、グリルの狂気の長剣を燐光を放つ山刀で危うげに受け止め膂力で大きく弾き返した。指に嵌まる黄金の指環は明滅し光を放ち続けている。
「……神流さん!?」
「俺の怒りはマックスだ!」
━━!
神流のこめかみにブーツの爪先がめり込み体が吹き飛んだ。
「あっ?ばかが」
壁に激突し背中を強く打ちつけた神流は声を上げる。
「ぐああっ!」
追い打つように上から堅いブーツで頭を踏み潰そうと踵を落とす。
掠りながら転がった神流は片膝で起きる。
「げほっ」
「テメエは誰だ? クソガキがぁ死にに出て来やがって」
グリルは長い剣を振り上げ睨みながらゆっくり向き直る。凶悪な視線を頬を擦りむいた神流に向けるが、瞳にに宿る闘志は揺るがず凝視している。
「生意気そうだな。首はねて刺身にすんぞガキィ!」
神流は片方の目を強く瞑り歯を食い縛りながら立ち上がり様に山刀をグリルに振る。
「うっおーーっ!!」
「ふん素人か、笑っちまうぜクソガキが血を噴水みたいにピューッと噴き出して死んどけ!」
グリルは鼻を鳴らすと山刀を大きく躱し、首筋に向かって長い剣を斬り付ける。喉笛ごと切り裂く軌道で刃が旋回しながら迫ったが、直前で動きが鈍った。
「ーー!?」
ドズルの腰の辺りにミホマが強くしがみ付いていた。バランスを崩した剣の軌道は神流の首筋を外れ剣先が床に深く突き刺さった。
「止めて!」
「このクソアマァーー!!」
ーーボゴォンッッ!!
その機会を逃さすグリルの側頭部に燐光を纏う山刀の峰をフルスイングした渾身の1撃が入る。大きい火花の散る一瞬でグルンッと白目を剥いたグリルは、まるで泥人形が力なく崩れる様にグネリとその場で崩れ落ちる。
「ハァハァ悪党は散れ、残りは一匹」
神流の親指の指環は窓から侵入した時から、明滅し光を放ち続けていた。
「ふうっ、有難う御座いますミホマさん。助けて貰えなければ俺は普通に死んでましたね」
「ママァ!」「やっぱりカンナさんだ!」
「……………神流さん……」
「あの、戻るのが遅れてしまって……すいませんでした」
━━俺が居た所でな……!?
ミホマにはグリルに足蹴にされた打撲傷が手や脚以外にも見えた。こめかみの擦り傷はうっすら出血していた。心の底で蠢く黒い衝動を抑え行動を始める。
神流は無言で失神したグリルを後ろ手にして何とか固結びで縛り上げ、手早く子供達の縄をグリルの長剣を使って切り解放した。そして、ミホマに振り返り真剣な表情で御願いする。
「ミホマさん、危機はまだ去っていません。協力して下さい」
*
マホとマウにロープを持たせ扉の陰に行かせると神流はグリルを背中が扉に向くよう椅子へ座らせてからシーツを用意する。
未だ外では見たこともないジッポや腕時計を拾ったドズルが他に金目の物が落ちて無いか探していた。
「うううーーもう無いのかよ。ケチな神さまだぁ。いや、もう少しだけ……」
**
諦めたドズルがドシドシと地面を踏み鳴らし興奮して戻って来た。
「ウシャシャッ兄貴、聞いてくれぇ! オラァが拾った宝物はオラの……」
「もうっグリルさんたら、本当にイケない人ね」
「ウシャ?」
グリルの背中に半裸のミホマが、シーツを半掛けにして抱き付いて居た。
ーーその手にはグリルの長剣を隠し持って。
「あっ兄貴だけズルいど、オラにも……」
ドズルが近寄ろうと足を出した瞬間。
「「せえのっ!」」
扉の向こうの水樽にキツく結んだロープを、マホとマウが同時に引いた。
「うっほぉっ!?」
巨漢のドズルがバランスを崩して前倒れによろめいた。
━━
神流は屋根際の梁から息を殺して跳んだ。