燃える瘴気の薔薇
カウンターに肘をつく、メドゥーサは瞳に殺意の影を宿し、首を向けたまま、唇に牙を出した。
「人形風情が、勝手な事をほざく」
メドゥーサが、下を向きと口を開くと、パキパキと音を立て細身の石剣が、創られていく。
メドゥーサが、手を振ると切っ先が、ヤハルアに向けて、射出されたように飛んでいく。
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ヤハルアの頭を目掛けて飛ぶ石の剣が、速度を上げた。
眼前まで迫るが、瞬きすらしない。
首を少し傾けた、石剣は髪にかすり後ろの壁に突き刺さった。
ヤハルアは紙一重で避けて見せた。
メドゥーサは座ったままで、次の石の剣を創り射出していた、同時に妖しい金色の髪と身体の蛇鎧から、細かい光が走りヤハルアを襲う。
キキキキキキキンッ━━━━━ッ!
ヤハルア・グランソードの前で、閃光し無数の火花が咲いた。石の剣は2つに分かれて落ちる。
ヤハルア・グランソードは、聖者の剣アーサーを鞘に収める。
「抜いたのか? 魔法を斬ったのか?」
ヤハルアの口の端が上がる。
「アハッ見えたの?直線で僕に当てるのは難しいよ。まぁ流石上級魔族と言ったところかな。どうやって街に侵入したか白状するなら、封印で済ませてあげよう。優しいだろう」
「バカめ!ζξξξξ∫∫」
「分裂」
後ろに刺さっていた、石の剣と下に落ちた剣が、細かく分裂して剣を形どっていく。
「刺喜!」
床と後ろから無数の石の剣が、ヤハルアに突き刺さった。埃が舞い上がり、室内に砂煙が拡がる。
「フンッ、他愛ない」
してやったりの、メドゥーサの唇が、慶びに艶めく。
ボトボトボト・・・・・
ヤハルアに刺さっていた、石の剣達が床に落ちていく。全ての切っ先が、綺麗に斬られていた。ヤハルアは、服の埃を払いメドゥーサに告げる。
「服も汚れたし、チャンスもあげた、そろそろ退治されてもらおうか」
ヤハルア・グランソードは、顔をメドゥーサに向けると歩いてメドゥーサに近付いていく。メドゥーサの瞳が爬虫類のように変化した。
「キイ"イイイィィィ~~!!」
メドゥーサが、金切り声を上げると金髪の髪が、何百もの大蛇に変わり、ヤハルア・グランソードに食らい付こうと襲い掛かり降り注いだ。
「ーーアイン」
言葉に反応した、聖者の剣アーサーの刃に、燐光が生まれる。下から振り上げていき、弧を描いた。剣が走った軌跡の光が残り続け、降り注ぐ大蛇の群れは、殆んど首を落とされる、剣には一滴の血糊も付着していない。
剣の2振りで、大蛇の大群を全滅させると異変に気付いた。
「この臭いは!?」
メドゥーサは、部屋中に瘴気を流し充満させていた、可燃する魔素を十二分に魔力で混ぜ込んだ瘴気だ。ーーメドゥーサは、人指し指を立てる。
「覚えておくわ……薔薇」
赤と青の綺麗な薔薇の形をした炎が、指先に灯った瞬間
ーーーー爆発した。
火炎の波が瘴気を焼き尽くし、炸裂した衝撃でカウンターが砕け飛んだ。地響きがして地下の隠し扉を吹き飛ばすと、階段を抜け地上まで黒煙の柱が立ちのぼった。
夕陽がヤハルア・グランソードの赤褐色の髪に当たり、風が吹くと燃えているように見えた。
地上まで、移動していたヤハルア・グランソードは、猛々しく燃える建物と黒い煙を眺めていた。
「…………そうきたか。そりゃあ無いよな、アーサー」
メドゥーサの火炎自爆に呆れていた。ーー閉じ籠っていた、街の至るところから人が、わらわらと飛び出して来て、火事場は、途端に賑やかな見物客で溢れた。ーーヤハルアの元に戦闘で汚れた衛兵達が寄って来た。
「どうされました? ヤハルア様」
「アハッ逃げられちゃったよ」
「はい?」
ヤハルア・グランソードは、舌を出して笑った。
ーー消化した後で、地下を確認するとメドゥーサが座っていた奥に地上に続く通気孔が発見された。
ーー***
◇平民街と貧民街では怪物男の残党狩りが行われていた。
ローブの怪物達が、混乱に乗じて拐っていた子供も10人以上開放された。
「先程の凄まじい音の落雷は?」
「魔法だろうな、なぁ」
日焼けした、胸元を掻いて葉巻を吸っている、セーリューが答える。
「もう慣れてきたろ、なぁ」
「はい、護りに徹しています。攻撃の方は、どうかお願いします」
自分の傷だらけの鎧と盾を見て、誇らしげに衛兵は応えた。突撃やシールドバッシュをしないで、固まって防御に徹していれば致命傷を避けられる。攻撃させてカウンターで倒す。攻撃確定反撃が多用された。
街に戻って来た賞金稼ぎや冒険者の加勢もあり、順調に治安は回復していった。
「ワシはもう帰るぞ、小僧」
ローク・ロードスは、異形の片手斧を担ぎながら葉巻を吹かすセーリューにぼやいた。
「気合いとか言っておったのに、なぁ」
「飽きた、もう魔物も殆んどおらんだろ。何より店が心配じゃ」
セーリューは、葉巻を持つと礼を言う。
「何の心変わりか解らんが助かった感謝する、なぁ」
「小僧、油断して死ぬなよ。たまには武器を買いに来い!」
ローク・ロードスは髭を触り笑った。
「ビヴォール、ドヴェル! 店に帰るぞ!」
「へいオヤジ!」
「ヘイ親方!」
3人の屈強な、ドワーフ達は、夕陽に背中を紅く焼かれ、意気揚々と帰って行った。
ーー**
◇貴族街では、物々しい黒い鎧の黒騎士達があちこちに配備されていた。
噴水近くに配置された2人が会話をしている。
「入り口に何匹か居たが、結局、貴族街には虫一匹すらも来なかったようだな」
「ああそうだな。平民街の方から悲鳴や雷撃魔法の怒号が見えたし聴こえたな。……かなりの戦闘があったのに見殺しにしたのではないか?」
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細身の黒騎士が、近付いてくる。
「任務に不満が有るのか?」
冷気の籠る低い声で、嗜めるように質問する。
「お前は、この前の奴隷狩り遠征で、獣人達を殺しまくって、武勲を得たヴェノン・トリニダートか?」
「如何にも、トリュート王国に歯向かう身の程知らずの獣共を駆除したまでだ」
大柄な黒騎士の男が、声を小さくする。
「……いや、おかしいと思わねえか? 魔物が居ないのに、緊急配備が解かれないなんてよ」
「何を勘違いしている。この配備はエルネス・キュンメル城伯様からの厳命である。疑いを持たず警備しろ。今回は見逃すが次は軍法会議になると思え」
「何だと! 新入りが、嘗めてると殺すぞ!」
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怒鳴り声に反応したヴェノン・トリニダートは、剣を抜いて大柄な黒騎士の喉の甲冑の隙間にレイピアの切っ先を当てていた。
「私を殺すと言ったのか?」
大柄な黒騎士の喉元から、一筋の血が垂れる。
「じょっ冗談だ、許してくれ」
「次は無いぞ」
ヴェノン・トリニダートは、冷酷に言い放ち兜の奥の双眸に明確な殺意を過らせた後、静かに立ち去っていった。




