クワトロ砲台塔の女
神流とフーンは、要塞上部の地区から塔の入り口に入って、階段を駆け上がって行く。
ビルの高さで言えば、20階を目指して走っている。
「ハァハァ兄さん……カンナ、先に行ってくれ。追い付くから」
鎧を軋ませ息も絶え絶えなフーンゾルベット・ウイリアムスが、神流に告げる。
「解った、先に行かせてもらう」
神流は、身体を躍動させ駆け上がっていく。
「こんな時にアシッススのスニーカーが有ったら楽なのになあ」
━━とても良くできた革靴だがスニーカーには、やはり及ばない。
「若くたって強化したって疲れるものは疲れるんだよ」
神流は、駆け上がりながら愚痴を溢す。
━━!
べリアルリングが急に締まった。
「何だ? 白牛悪魔メンが近いのか?」
アスモデウスの悪夢を思い出し周囲を警戒し呼吸を整える。シジルゲートは出現していないが、指輪が黄金色に光り明滅を始めた。
━━念のため身体に刻印を追加しておくか。
神流は、目的の部屋に駆け上がった。
「高ぇ、塔が崩れたら、完全に生き埋めコースだな」
砲台横の開口部から、思いきり身を乗り出し突風が吹き上げる中で、そーっと顔を出して下を覗くと、やっと8メートル下に白牛の悪魔が見えた。
━━混乱する下の広場に夢中のようだ、口を無数のリングで鼻輪のように閉じられている。
「あれで、どうやって飯を喰うんだ?」
部屋に戻り体勢を直して腰のべリアルサービルを抜こうと手を掛けた。すると再び指輪が、きつく絞まった。
━━━
「何をする気かしら?」
横を見ると柱の影に人影が生まれていた。露出の高い特別製の鎧を装着した近寄りがたい美貌の女性が、妖艶な姿勢で此方を見ていた。
━━本能的な寒気がした。いつから居たのか全く解らない。俺が部屋に上がった時には、誰も居なかった筈だ。其にしても露出が多い特注の鎧だ。目のやり場に困る。流行っているのか?
異質な雰囲気を醸す女性に対して、神流の胸に言い知れぬ戦慄の波紋が拡がる。
「ーーあら、聞こえなかったのかしら?」
緊張する神流に対して、彼女はまるで捕まえた獲物を弄ぶかののように、脚を少し上げて下から視線で舐める。
とろけさすような瞳と蠱惑的な薄い唇の彼女が、悩ましげに立っているだけなのに何故か身が竦んでしまう。しかし目を反らす愚は侵さないでいた。神流は、呼吸を整えベリアルサービルの覚醒を確かめてから返事をする。
「いやっ、この開口部から外を眺めただけですよ。逆に綺麗なお姉さんは何をしてるんですか? 兵士さんだったりします?」
神流は反応を探る為に、どうでも良い質問をした。
彼女は質問を聞いて金髪の長い髪を掻き上げると、鎧に装飾された蛇革を撫で下ろして小さく笑みを浮かべた。
「綺麗? 面白い坊やねぇ。何処を見ているのかしら? 何を恐れているのかしら、とっても不思議ねぇ?」
仕草は、まるでべリアルのようだ。妖艶な唇を舌で濡らしていた。ただの艶かしい大人の女性兵士にしか見えない。
しかし、身の毛が弥立つような背筋に得体の知れない緊張が流れ続ける。神流が沈黙していると。蛾眉を顰めて神流に妖艶な口を緩慢に開いた」
「また会えるかしら?…………………………………………」
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かに言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
女性は、何かを言おうとしていた。何かを言おうとしていた。
━━━━━━━
「━━旦那っ!!」
━━!
一瞬で神流が我に返る。その眼前には巨大な大蛇がガパァと大きな口を開けていた。間近に枝分かれした舌が鮮明に見え神流の頭部を丸飲みにしようとしていた。
レッドが投げていたクナイが次々と大蛇の顔に刺さる。
「ジャアアアッ!!」
クナイの刺さった大蛇が、のたうち離れると柱の影から、もう一匹の大蛇が踊り出てきた。
「レッド!? 何で居るんだ?」
レッドに襲い掛かる大蛇を遅れて上がって来たフーンがスレッジハンマーで受け止めた。
「ヨイショーー! この魔物は何処から入り込んだんだ?」
レッドが、腰から抜いたダマスカス鋼のヌンチヤクを振り大蛇の側頭部に一撃入れると鈍い音がして弾けエンチャントされた麻痺の効果で大蛇の動きは徐々に止まっていく。
駆け寄ったフーンがスレッジハンマーの一撃を頭部に入れてトドメを刺した。
神流は、べリアルサービルを構えて複数のクナイが刺さりのたうち猛る大蛇に【麻痺】を撃ち込み痙攣させ動きを止める。
仁王立ちのフーンが、ゆっくりとスレッジハンマーを振り上げると一気に落として大蛇の頭部を粉砕して横を向くと目を合わせてドヤ顔を見せた。
「飛ぶように走る赤髪のお姉さんに一瞬で追い越されちゃったけど、これで役に立てたかな?」
フーンが鎧兜の頭を掻いた。
神流はレッドを嗜める。
「どうして来たんだ? イーナを護れと言ったろう」
レッドは唇を噛んで譲れない気持ちを伝えた。
「アッチは自分に嘘はつけないです」
「はっ? ……取り合えずありがとな」
━━━━━━**
◇時は少し戻り残ったレッド達を映す
神流達が出発した後、ソワソワしているレッドの元へレイゾが来ると横の壁に寄りかかった。
「心配なんだろ? 行っておやりよ。ここは私に任せなよ!」
「おいおい、私達じゃないのか?」
「女の会話に、しゃしゃり出るんじゃないよ!」
口を真一文字にして黙るリストの立場は無いに等しい。
「…………」
レッドの肩に手を置いて再度促す。
「さあ行きなよ。私等が兄さんに怒られてやるからさ。女の気持ちは止められないのさ」
「……ありがとう、アッチは旦那を手助けに行きます」
レッドは跳ぶように追いかけて行った。
笑顔で見送るレイゾを見てリストが声を掛ける。
「何で、怒られるのは連帯責任なんだ?」
「男の癖に細かいことをチマチマ言うんじゃ無いよ! 情けないね。空気を読みな」
「…………」
リストの肩身は限り無く狭い。
━━━━━━ー**
「という訳でレッド・ウィンド参戦ですっ」
「もうなんでもいいよ。それにしても何だ? この化け蛇は? 助けられちゃったなレッドに……ハァありがとうよ。ところで、薄いエッチな鎧を着た女性が居なかったか?」
「ハァって何すか? 女なんて何処にも居ねえっす。旦那が大きな蛇と抱き合っていただけです」
「誰が、抱き合ってんだよ。蛇のランチにされる所だったろ」
「無事で良かった良かった。兄さん、悪魔は放置してていいのかい?」
フーンが当初の目的を思い出させる。再度神流は外を覗いた。
白牛悪魔の位置はかなり見えにくい。
「アレ使えるかな?」
砲台開口部に近づき神流は、砲台の筒に匍匐前進で入っていくと先から頭を出した。
「旦那、煤で汚れてますよ」
「いいの、よく見える見える。白牛悪魔メンを俺のカンナスコープが捕捉した」
白牛悪魔から見えないようにベリアルサービルの刃先を出す。
「【麻痺】!」
「ヌッ!?」
バシュッ!
射出された刻印が魔法感知をした白牛悪魔の上腕で弾かれた。
「!?……我の腕が痺れて上手く動かぬ。」
普通の魔法なら消滅させられる筈が刻印されてしまい4本ある腕の内、1本が使用不可能になってしまった。
白牛悪魔に理解不能の攻撃が通った。
「ヌウン!」
バシュッ!
更に死角から襲い来る神流の攻撃をガードした。もう1本の腕も2発目の【麻痺】で、自由を奪われる。
白牛悪魔は魔法抵抗と物理抵抗の術式を身体に施してある。なのに、魔法と術式が魔法障壁を越えて身体に届いた。痙攣し少ししか動かなくなる2つの腕。べリアルの魔力の刻印が、白牛悪魔の魔法障壁を凌駕して着弾した。理解の外の魔法に白牛の悪魔が焦り出す。
残る腕は、彫金された邪悪な闇の聖杯を持つ右上腕と、どす黒く蠢く黒水晶を持つ左下腕だけとなる。
「見えない所からコソコソと、ヌゥゥゥーーーー!」
神流は砲台の筒に隠れて様子を見ている。
白牛悪魔は顔を赤くし湯気が上がる怒りの形相となって、黒い葉脈のような血管がはち切れんばかりに浮き出る。
「ヌ"ヴヴゥゥζζζζζζζζζζζζζ∫∫∫∫∫」
「怨雷!!!!!」
白牛悪魔の周囲20メートルに、怒号の落雷が雨のように落ち続ける。
砲台塔も直撃を受け、震動で揺れ続ける。
「雷撃だ!?」
「塔が揺れてるっす!」
━━何が起きた?
「チョッと撃たれた位で当り散らすとか思春期の反抗期かよ?」
絶え間無く続く衝撃により砲台の筒が徐々に下を向いていく。
━━嘘だろ!?
「下に落ちたら死んじゃう。戻らないと自殺に……」
神流が這ったまま後退りしようとしても砲台筒は重力に従順に斜め下へと向いていく。
「チョッと待て、チョッと待ってぇぇぇぇ!!!」
筒先から煤に汚れた神流が、すっぽ抜けて落下して行った。




