それぞれの逡巡
残酷な描写があります。
走るオルフェの背中に乗り、衛兵が物資を運び入れる、搬入口に向かっている。
フーンは、悪魔の居る塔に登るには、其処が一番近いと言い手綱を握った。
ガッシリした鎧姿の背中には、至る所に傷のある重厚なスレッジハンマーが、装着されていた、フーンは、まだ24歳だという、30歳位に見えていた。
「霊宮でも大ハンマーで戦っていたのを、覚えているよ」
「魔物の分厚い甲殻を砕いたり、鎧に一撃入れてダメージを通すんだ、大雑把なのが自分に合ってる」
フーンは、後ろに気持ち顔を向けた。
「幼児が居たが、兄さんの子供かい? 心配じゃないのかい?」
「まさか、家のメイド見習いだよ。一応の保険は掛けてある」
どこまで効くのか解らないが全員に、【即死耐性】と【石化耐性】を施して、身体に存在する耐性を【耐性強化】で更に引き上げておいた。
元々身体に存在する耐性だから、個体格差は有るだろう。本人の魔力量も影響するが、ゼロの人間は居ないというから、そこに期待したい。
勿論フーンにも、鎧の隙間から刻印をしてある。
「リストに聞くなと言われているが、その年齢で不思議な魔法を使えるなら、大魔導師の息子か何かなんだろう」
「ハッキリ言えないが、そんな所かな」
神流は惚ける。フーンは鎧兜の面を開けて、傷の付いた、おっとりした目を見せた。
「兄さん、ファーストネームで呼んでも良いのかい?」
「ああ、神流と呼んでくれ。フーンでいいか?」
「本名は、フーンゾルベット・ウイリアムスなんだがな。フーンが通り名だ」
「そうかフーン、もう見えて来たな」
神宮寺聖桜を買って身請けした場所だ。今は緊急事態で搬入も搬出もしていないが、3人の衛兵が入り口を固めている。
神流は外套を羽織りフードを被りマスクを直す。
「緊急事態だし強引に頼み込んでみるよ」
「緊急事態だから、その必要は無い」
神流はべリアルサービルを構える。
「【隷属】」
刻印を3人に撃ち込み入り口の前に行く。
「緊急事態だ。中に入れて欲しい」
「ハイ、お通り下さい」
「フーン、砲台の塔に案内してくれ」
「あ……ああ行こう」
フーンゾルベット・ウイリアムスは、鎧兜の中で丸い目を更に丸くしていた。
━━━━━━・***
「ーー出掛けたいわ、ヴィンセント」
凛とした仕草で、執事のヴィンセントに向き直り深みのある碧眼の瞳で訴える。
「エルネス・キュンメル城伯様から戒厳令が出ております。ファルナス様からも御家族様と執事の外出禁止が通達されております」
「さっきも聞いたわ」
「御嬢様の御心のままに」
「そればっかりね。あぁ、何の為に剣術を研鑽しているのか解らないわ。民を護る為の剣では無くて?」
「御意」
別荘の邸宅から、出られないサテュラ・レティオスは、もどかしい想いで室内を行ったり来たりしている。
繊細な絹糸の刺繍が施された白いドレスの裾と豪奢な金髪の縦ロールは、緩やかに揺れていた。
━━━***
◇城門
城門の近くでは、戦闘が終息しようとしていた。
ズザンッ!
ローク・ロードスの巨大な戦斧が植物のような怪物男を野菜のように2つに裂いた。
ズルリと首筋から出て来た紫のカプセルが飛び掛かってきた。
「フンッ!」
片手斧の石突で下に叩き落とすと革厚のブーツで踏み潰した。
戦況は回復していた。
「突っ込まないで突出した奴だけ集中して倒せば、苦にならん、なあ」
「はっはい、セーリューさん」
衛兵が大きな声で返事をするとセーリューは、突然後ろを向いた。不自然に離れていくフードの男が目端に入ったからだ。お腹の辺りがモゾモソと動いていた。
『我は弓なり我が敵を疾く貫け』
ヒュンッッ
セーリューが放った高速の槍が男の肩を貫いた。
「グアアッ!」
倒れた男のローブから子供が転げ落ちた。
「ワ~ン、パパ~ママ~」
セーリューは悶える男に近寄る。
「目的を素直に話せば命は助けてやる、なあ?」
「バッバカ者め! 神だ、邪神様への供物となるのだ」
男の背中を突き破り、異形の触手が波打つようにセーリュー目掛けて襲い掛かる。
ブスリッ!
男の頭をセーリューの用心槍が刺し貫いた。
「邪神様万歳………」
男は力尽きた。
「ボルドー、そっちの世界が羨ましいのう、なぁ」
セーリューの呟きは、憤る衛兵の叫びと怪物の喚き声で掻き消されていった。
━━━━***
◇広場
剣の平が陽光の光を受けてキラリと光った。
「いっけぇーうらぁ!』
ズパッ!
「うおおっ、調子が良いぞオレ」
はぐれの怪物男を難なく仕留めたリストが、片手剣を上げ吠える。
「あれは、餌になるわね」
「えさ?」
物騒な言葉と共に聖桜は動いていた。
例のごとく倒れた怪物男の背中から、紫のカプセルが足を生やし勢いよく飛び出す。リストの剥き出しの首に襲い掛かる。
「いっ!?」
━━サンッ
まるで、空気を避けるように綺麗に流れる木目調の刃が、リストの顔の前を通り抜けた後、さらりと風が舞いリストの鼻を優しく撫でた。
「ギイィィィッ!」
紫のカプセルは、真っ二つになり砂と崩れ風に運ばれた。
「油断し過ぎよ。気を付ける事ね」
リストが頭を掻く。
「助かったぁ! ありがとよ。剣も使えるし本当に奴隷かよ? 着てるモンも高そうだし」
「戦いには心の在り方が大事なのよ。集中していないと、早死にするわよ」
言われたい放題のリストが、助けを求める。
「なっ! レイゾ、酷いと思わねぇか」
「つくづくバカね。あのお兄さんの奴隷なのよ。武器を見て気付きな。普通な訳ないでしょ。死なないように気を付けな」
「ぐあっ、味方がいねえ」
リストは、かなり気の毒な状態で頭を垂れた。
「残心は仮想の敵、そして倒した敵になす」
聖桜が、リストに向けて静かに格言を述べた。
「私の先生の言葉よ」
師の言葉に思いを馳せる神宮寺聖桜であった。




