小魔女の枝
残酷な描写があります。
神流は、空中に向けてべリアルの刻印を撃ち放った。
「ーー!」
━━外れた。
べリアルの刻印は、レッドと聖桜を大きく外れて、建物や地面に当たり消滅したようだ。
━━当てずっぽうじゃ駄目か、特に聖桜が解らん、俺の技術じゃ尚更……。
「空に魔法したの? 詠唱無しなんて高位の魔術師なの?」
━━マズい、見られたか……誤魔化そう。
「……試したんだよ練習だ、腹話術詠唱の」
「腹話術詠唱??」
「口を開かず詠唱する俺の組織の高等技術だ」
━━予想以上に驚いている。所詮お子様ランチだ。イージィーだ。なんとか誤魔化しきったな。
呆れた様子のルーニャが小さな口を開く。
「それで、普通の魔法と何が違うの?」
「…………企業秘密だ」
「企業秘密? 何それ~?」
神流は聴こえないフリをしてイーナに話を振る。
「……Eガール、怪我は無かったか?」
「はい、御主人様」
「あのっ、あのうセオ、じゃなくてSウーマンとRのレディはどうしたんですか?」
指示されるのには慣れているが、自分から話し掛けるのに緊張したイーナは、おずおずと神流に話し掛ける。
「この辺にEガールが居るのが解ったから、手分けして探していたんだよ、まだ近くで探してると思う、携帯電話が有ればなぁ」
「?、あのっあのう御主人様、ルーニャンはオルフェと魔法でお話しが出来るんです」
「そうか、それは凄いな」
冗談だろ?と思った神流だが顔は驚いた表情にしてある。イーナに、だだ甘な神流であった。
━━何が悪い?
「えっ?」
「いや何でもない、Eガールが無事で良かったよ」
「素性が知れないKボーイのお兄さん、奴隷を甘やかし過ぎてない?」
見ていたルーニャ・ウネは、呆れていた。
「お前だって、親に甘えて良い年齢だろ? 頭を撫でてやろうか?」
「魔女を子供扱いしないでよ。でもルーニャちゃんと呼んでもいいわ」
「ハイハイ、小魔女のルーニャちゃん」
気が抜けたが緊急事態に変わりない、早く合流しなくてはいけない、戦闘に慣れていない聖桜を優先する。
神流達は、路地を曲がりながら、神宮寺聖桜が居る辺りを探す。
「同じ所を回ってない? お兄さん何処に向かってるの?」
「さっきも話したろ。仲間が、この近くに居るから探している」
「魔法を使えば良いじゃない」
「………疲れてて調子が悪い」
ルーニャ・ウネが肩掛けのカバンから、短い枝を出した。
それは、きめの細かい白木であった。象牙に似た上品さを魅せる短い枝だった。
「ヤマナラシの杖の原木から採取した枝よ。呪文の効力と変換効率が飛び抜けてるの。貸してあげるから仲間を探したら?」
神流は枝を借りて握る。すると散漫だったサーチが、細い糸のように対象を絞り込んでいく。
━━マジか!?
「この建物の向こう側に居る、ルーニャ有難うな」
『ルーニャちゃんって、言ってくれないのね』
「…………………………ルーニャちゃん、どうも有難う」
「ならいいわって……それ!?」
神流の握っていた、ヤマナラシの枝は焼け焦げて炭化していた。
「御免よルーニャ…………ちゃん、弁償するよ」
「いいわよ、また貰うから……びっくりしたわ」
神流は、オルフェの道具袋を漁って中から金貨を見付けてルーニャに手渡した。
「金貨! こんなに貰えないわよ! お兄さんお金持ちなの?」
「良かった足りたようだな。もし予備が有ったら分けてくれないか? ルーニャ……ちゃん」
「ええ~金貨貰っちゃったし。いいわ」
ルーニャ・ウネから、ヤマナラシの枝を3本分けて貰った。
*
神宮寺聖桜は、赤紫に変色した怪物女と戦っていた。女の鋭く長い爪の両腕が伸びて聖桜を貫こうと上下から襲い掛かる。
「ギイーハァァァーー!!」
聖桜は、怪物女を中心に下がりながら横に動き爪の攻撃を回避して剣で切り落とした。しかし、下方向から伸びきた爪が肩に掠り血が滲んだ。
「くっ!」
軌道の読みきれない怪物女の攻撃に攻め手を欠いていた。怪物女は呻き声を上げながら斬られた腕から、一瞬で複数の触手を伸ばし聖桜を握り潰そうと掴み掛かった。
(ーーダメ! 全部は躱しきれない)
ダマスカスロングソードを握る手を絡め取られ、怪物女が骨ごと握り潰そうと力を入れる。
「ーーッ」
聖桜のラピスラズリのピアスが淡い燐光を発していた。
「【麻痺】【思考停止】【伏】!」
ベリアルサービルを構え息を切らす神流が路地から出て立っていた。間一髪で怪物女の動きを止めて前に倒す。
「Kボーイ!」
聖桜の表情に安堵と笑顔が浮かぶ。
「お兄さんの魔法は、特殊よね」
「セオじゃなくて、Sウーマン見付けた」
神流は、怪物女の肩で蠢く紫の【黒い小箱】に【麻痺】を撃ち込んだ。そして、聖桜にトドメを促す。
神宮寺聖桜が、ダマスカスロングソードで紫の【黒い小箱】を撫でると、少し遅れて真っ二つに裂け砂となり崩れていった。
神流が指輪を向けると黒い靄と霞が、総てべリアルリングに吸収されていく。神流は聖桜に目を向け怒鳴らないように気を付けて喋りかける。
「単独での戦闘は避けろよ。自力で逃げれたろ?」
「だって…………」
聖桜は下を向いた。神流が近くの民家を見ると、中から子供とその親が頭を下げてお礼していた。
「助けたのか……気持ちは解る。だけど、お前が死んでいたら、俺はお前を赦さないと思う。ちゃんと約束しただろ?」
「…………ごめんなさい」
「お兄さん、ワタシが言うのも何だけど彼女を許してあげて。街の人達が襲われてたら、ワタシも放って置けないから………」
「……………」
神流は、無言でルーニャから分けて貰ったヤマナラシの枝を出してレッドの居場所を探る。
「ーー! Rレディの場所が解った。直ぐに行こう」
先程と同じく、ヤマナラシの枝はブスブスと焼け焦げて炭となり崩れていった。
「タダ者じゃないKボーイのお兄さん、魔力が戻って来たみたいだから此所で別れるわね」
「そうか、魔物は、まだいるから気を付けてな」
「ワタシは魔女なのよ。魔物に遭わないで帰れるのよ」
フフンとドヤ顔をしたルーニャ・ウネは、黒い仔猫と共に平民街に消えて行った。
レッドは、広場方面に少しずつ移動しているようだな。というか、魔法の木は便利だ。ホワンさんの店に木を買いだめしに行くことに決めた。
「レッドは南の広場の近くに居る。急ごう」
「解ったわ」
「はい、御主人様、ねえオルフェ」
「ブルッスァ!」
神流達は、 レッドと合流すべく平民街の南に向かった。
***
ーーレッドは、追われていた。
意識の覚束ない怪物達からは、余裕綽々で逃げおおせたが、追ってきてるのは3人の凶悪な邪教徒達だった。
「不届きな痴れ者め! 神の力で思い知らせてくれる!」
「我が神に捧げよ! 捧げよ!」
「しつこいっすねえ!」
フードの怪物男達の異形の身体には、レッドが投げ放った手裏剣やクナイが、何本も刺さっていた。
レッドは半壊した民家の屋根に上がり、屋根づたいに走り引き離す。
途中で振り返ると、怪物の邪教徒がターゲットを代えたのが目に入った。倒れた父親に被さって泣く子供達を、邪神の供物にすべく襲おうとしていた。
昔のレッドなら、自分の身を護る為に振り返らず逃げてしまっただろう。でも、神流との出逢いや再会した父親が、レッドの意識を根本から変えてしまっていた。
子供達に近付く邪教徒の怪物男達に向けて取っておきのダマスカス鋼のクナイを乱れ射ちする。
フードが、完全に破れた邪教徒の額から腕に木目調に輝くクナイ5本が、1列に深く突き抜けるように刺さった。
「ガガァッ!!」
邪教徒は腕と額を押さえて膝を着いた。
手裏剣や棒手裏剣が、何本も刺さったままの怪物男の両目にも的確に命中していた。視力を失った怪物の邪教徒が、地面に転がり苦しみ悶えている。
「グアッアアアア!!」
(残った相手は1人)
「ガッガッ! この不届きな売女め! 臓物を全部抜き出してやるぅぅ!!」
「チビッ子共っ! 早く逃げるっす!!」
「パパ~パパ~!」
「ウア~ン!」
子供達は父親に覆い被さったまま、顔を上げず動こうとしない。
「グウウッ、子供を守ろうとしているな。目の前で引き裂いて邪神様の生け贄にしてくれる!」
破れたフードの怪物男が、身体から4本の触手の腕を生やし、子供達を捻り潰そうと襲い掛かった。
レッドが飛び降り短刀を抜きざまに触手を斬りつけた。1本は麻痺して止まったが、後の3本の触手は放物線を描いて子供達の上部から押し潰す。
「!」
「グウ……ウ…………アア」
「危機一髪が何回あるんだよ?」
「旦那ぁ! ………ハァ~疲れたっす」
子供達の直前で、触手は動きを止めていた。気付いた子供達は怯えて震え出した。
「Rのレディ発見!」
「無事で良かったわね」
聖桜とイーナが、レッドに近寄り言葉を掛けた。
神流は、膝を付いてる邪教徒にべリアルサービルを突きつける。
「【麻痺】」
痙攣している邪教徒を放置して|即座に子供達の父親に回復の刻印を撃ったが既に事切れていた。
父親を道の端に運んでやり、子供達に大銅貨が沢山入った袋を渡した。金貨など渡せば出所が疑われるが、銅貨なら疑われない。
「これでお父さんを弔ってやりなさい。お父さんも、それを望んでいる」
平静を装うが、遣りきれない気持ちの神流は、子供達から離れレッドに伝える。
「レッド………好きにしていいぞ」
「勿論ですよ、旦那!」
レッドは、一瞬で触手を出したまま固まるフードの怪物男の後ろに回る。
「邪教徒に遠慮なんか、しねえっす」
レッドは首の付け根に躊躇なく短刀を突き立て、力を込めて根本までズブリと刺しこんだ。ビクンと跳ねた後に邪教徒の怪物男は痙攣して絶命した。レッドは近くの地面で蹲る男にも同じようにトドメを刺した。
「自分で、生け贄になってみろっす」
触手を伸ばしたまま固まる怪物男に、レッドが音もなく近寄る。怪物男の首の付け根に短刀の曲刃を力一杯に押し込むと横に掻っ切った。
「マ、ルファス様……」
身震いして邪教徒の怪物男は、息絶えた。
「あのっあのう御主人様……」
イーナが、神流におずおずと話し掛けてきた。
「何だいイーナ?」
倒れている邪教徒の顔を指差してイーナが告げた。
「この人、知っています……」
「……もしかして知り合いかい?」
「いいえ、御主人様の御屋敷の門を掃除していた時に、お菓子を貰っただけです」
「そうか………それは残念な話だね」
イーナなりの気を使った言い回しに、神流はイーナの肩に手を置いて慰める。
この子が、俺に気を遣う事など無いのだ。気を遣うのは俺の役目なのに色んな場面で配慮が足りていない。
断れず流れで連れて来てしまったが、何か有ったら俺に責任を取れるのだろうか? 俺でさえ嫌なのに死体なんか見せるべきでは無いよな。流れに任せて失敗してきたのに、また俺は後悔するのか?
今更ながら、神流の頭の中に躊躇いが生まれてくる。神流が考え込む中、レッドは怪物男達から手裏剣・棒手裏剣・クナイ・撒菱等々を回収していた。
「旦那、これを」
レッドが2体の人形を差し出してきた。
邪教徒の怪物男の懐に入っていたらしい。2体共に悪魔の形をした木造りの人形だ、不気味に黒く変色している。神流が、試しに指輪を近付けるとかなりの量の黒い靄が浮き上がり吸い込まれていく。
総ての魔力が、べリアルに飲み干された。
「聖桜、斬ってくれないか」
『いいわよ。少し避けて』
魔力を抜いた木造りの悪魔人形を、悪さに使えないように聖桜に真っ二つにしてもらう。すると人形の中に埋め込んで有った魔石も2つに斬られていた。ダマスカスロングソードは刃こぼれ1つしておらず、汚れてすらいなかった。
「何だコレ?」
「不気味っすねぇ、邪教徒の物なんて放って置いて行きましょうよ旦那」
「……そうだな行こう」
合流した神流達は、屍になった邪教徒達を放って置いて後にする。暫くすると、一番被害の激しい凄惨な状況の広場に辿り着いた、家屋の陰から様子を伺う。広場には、何体もの寄生された怪物男や怪物女が、獲物を求め彷徨いている。
神流は、上空を見上げた。
━━居た。
神流は、上空のクワトロ永久要塞の砲台付きの塔の近くで浮かぶ、主犯であろう4本腕の白い牛の悪魔を見付けた。
更なる戦いの舞台の幕が静かに上がった。




