イーナとルーニャ
オルフェは、先を行くアイボリーのローブの後を、パカパカと付いて行く。イーナは、馬上から頭に黒猫を乗せたルーニャ・ウネに話しかける。
「ルーニャン、何処に行くの? 逃げるよりアタシの御主人様を探した方がいいわよ」
魔法使いの幼女の顔に険が浮かぶ。
「ルーニャンて、どうやったら間違えるのよ。それに魔法使いのワタシより頼りになる、御主人様って気になるわね」
「アタシの御主人様は、奴隷のアタシにも、とっても優しいの~」
「話にならないわね、其にしてもアンタの格好凄いわ~」
イーナは小さい子供用に仕立てられた、革の帽子・革の鎧・革の盾を装備して、奴隷の首輪・ダマスカスアウルそしてピンクのヴェネチアンマスクを装着している。
「御主人様に言われたら、命を懸けて装着するの」
「命を懸ける所がないわよ、疲れるわね」
路地をどんどん進んで行くが、何故か魔物や怪物に全く出会うことが無かった。
「ーー!」
しばらく進むとルーニャ・ウネの足が止まった。
「Eガールのイーナ、チョッと此所で待って居て」
ルーニャがオルフェの耳元に口を近付け待つように伝えるとオルフェは進もうとする脚を止めた。
ルーニャは、スタスタと横の路地に入って消えて行った。
「オルフェ~、ルーニャン行っちゃったね」
「ブルルッ」
ルーニャの進む先に半壊した民家の家屋が見えてくる。
「お父さん~!!」
「お父さんを離してよー!」
「貴方~!」
半壊した家屋に、緑色に変色した体の大きい怪物男が、既に意識の無い男を片手に持って暴れていた。
「グゥルルァァーー!!」
その近くで、家族が涙を流して訴えるように叫んでいた。怪物男が声に反応し、父親を持つ緑色の異形の腕で子供達を襲う。
「水の刃となり断ち切れ」
「ーー水刃」
ルーニャ・ウネの前方の空域に水が湧き出ると、渦を巻き緑色の怪物男の腕を切断した、ドサリと意識の無い父親ごと腕が落ちた。怪物男は悲鳴を上げる。
「ウグゥルアアアーーーー!」
ルーニャ・ウネは、続けて詠唱に入る。
「水の海月達よ呼吸の自由を奪え」
「ーー水海月」
緑色の怪物男の顔に、複数の水の海月が湧き出ると鼻と口を塞ぎ呼吸不能にさせる。怪物男は顔に手をやり悶え苦しむ。
「ウゴボゴボーー!」
ルーニャ・ウネは、家族達に声を掛ける。
「今の内に逃げましょう」
「お父さんが、お父さんがーー!」
「ああイヤだーー」
「貴方~!」
ルーニャの目付きが険しくキツくなった。
「死にたいの! アンタお母さんでしょ!子供を守りなさいよ!」
「…………」
ルーニャは、自分の母親位の女性の袖を引き避難を促す。女性は、呼吸を落ち着かせて子供達に声を掛ける。
「お父さんは生きてると思うわ。1回避難しましょう」
母親は、ルーニャに従い避難を始めた子供達は泣きながら母親に付いて行く。
路地を戻りながら振り向くと緑色の怪物男が後を追って来ていた。
その姿を見てルーニャは、背筋に寒気が走り震えた。
緑色の怪物男は、顔の肉ごと海月を引き剥がしていた。
「グゥルルシュァァーー!」
イーナの目に入ったのは、数人で路地を戻ってくるルーニャと緑色の怪物男の姿だった。
イーナはオルフェの首筋に顔を近付け話し掛けた。
「オルフェ! ワタシと一緒に御主人様を呼ぶのよ!」
イーナとオルフェは、空気を吸い込むと大きな声を響かせた。
「御主人様~イーナは此所です。此所にいます!」
「ブルッスァァヒヒーン!」
戻って来たルーニャが避難を呼び掛ける。
「こんな時に何をしてるの!? 魔物が追って来てるのよ、早く逃げて! ワタシの魔力が、もう無いのよ!」
ルーニャに怒鳴られても、イーナとオルフェの雄叫びは止まらない。
「グゥルルァガァァァーー!」
追って来た緑色の怪物男がイーナとオルフェの四肢をくびき折ろうと狂気の腕を一気に伸ばし襲い掛かった。
「「!!!」」
「グゥルルァ…………」
緑色の怪物男の動きが寸前で止まった。
「御主人様!」
「ブルルッ」
「ハァやっと追い付いた。御免よ、ていうかもっと早く呼んでくれ」
神流が軽く息を切らし、イーナに謝った。
怪物男の首には【思考停止】【麻痺】の刻印が撃ち込んであった。
イーナ以外は何が起きたか解らない。
「取り合えず、終わらすか」
神流は、悠然と怪物男の後ろに回り紫の【黒い小箱】をべリアルサービルで真っ二つにすると小さく呻き砂になり崩れていく。
「全て吸い尽くせ」
緑色の怪物男から、黒い靄と霞が浮かび上がると残らずべリアルリングに吸い込まれていった。
「イーナ、この人達は?」
「魔法使いのルーニャンと襲われてた人です」
目を丸くしていたルーニャ・ウネが、神流に近寄り眉を寄せて質問した。
「何それ魔法? その怪物は殺さないの?」
「それは俺達の任務じゃない」
神流は、黒いヴェネチアンマスクのズレを直しながら答える。
「任務? 結局何なのその魔法? アナタ達は一体なんなの?」
「俺の名はKボーイだ。訳あって素性は明かせない」
神流は、オルフェから何かを取り出し路地の奥に進んで行った。その後をルーニャがついてくる。
目の前で倒れている男を起こしベリアルサービルの柄を当てる。
「【快活】【治癒】」
男の意識が戻る。それを見て軽い驚きをルーニャが表情に表す。神流は刻印を重ねて撃ち込み腰から出したポーションを少し飲ませる。
「うっうう、ゲホッゲエホッ、あっ有難う……有難う御座います」
刻印しておいた【身体強化】のお陰で、ギリギリ死なせずに済んだかな。
「お父……さん~」
「ああん!良かった」
「貴方……」
「有難う御座います。夫を助けてくださって有難う御座いました」
母親が礼を言うと助けた男が神流に恐る恐る話し掛ける。
「まっ魔導師様、魔物が出現しているのに衛兵もクワトロの黒騎士団も出て来ないんです。街で一体、何が起きているのですか?」
「後は任せておけ、魔物が消えるまでは家族を護って避難するか引きこもるといい」
「……はい、解りました。魔導師様、救って頂き本当に有難う御座いました。御礼は必ず……」
「要らない」
神流と横に来て居たルーニャに頭を下げる男と家族は入り口が破壊された家の奥へと入っていった。
神流は知っていた。要塞の上にある居館と貴族街方面では、刻印された者が攻撃された様子がない事を。
正規の兵士や騎士団は、指示されて貧民街と平民街を見殺しにしたのだろう。権力者が民を見棄てるのは、よく有る話だ。
神流は止まらぬ嫌悪感に吐き気がして唾を吐き捨てた。
神流とルーニャはイーナとオルフェの所に戻る。
「俺達は仲間を探しながら広場に行くが、お前はどうする?」
「お前じゃないわ! ルーニャ・ウネよ。ルーニャちゃんと呼んでよ。アタシは魔力が少し足りないから同行するわ」
━━!
頭に年老いた魔術師の顔が朧気に浮かんだ。
「………好きにしろ」
━━呼び方に拘る家系なのか。魔力ってやはり魔法を使うのか?
「えっ何?」
「何も言ってないだろ」
「ルーニャンと猫ちゃん良かったね」
「ニィーー」
幼女の頭の上に居る黒い子猫が返事するように鳴いた。
神流は、レッドと聖桜に施した刻印を頼りに、座標を感覚で確かめてみる。
うーん、2人は別々に居て2~300メートルは離れているな、ホワン・ウネと繋がっていそうなルーニャの前で余り使いたくないが、仕方ない。
神流は、オルフェを挟んでルーニャに見えないようにしてから、べリアルサービルの刻印を空中に向けて撃ち放った。
ルーニャ・ウネの魔女特有の翡翠色を含む瞳は、シッカリと神流の魔法発動の流れと魔力の軌道を見ていた。




