錯綜する街の華達
━━━━━レッドを叩きつける途中で触手が、斬られ滑らかな断面を見せた。
「あんだけベラベラ喋ってれば嫌でも助けられるわよ」
神宮寺聖桜が、ダマスカスロングソードを上段に構えていた。
***
屋敷でヤハルア・グランソードに指南を受けた神宮寺聖桜は、血液の温度が急激に上がったように感じていた。
異世界に生きていく事で疎かにしていた鍛練、その『鍛』を取り戻さなくてはいけない事に改めて気付く。
ダマスカス製のロングソードを構える。左手をメインにして振る。右手は添える感じで振り下ろす時は、左手に沿わせる感じで滑らせる。
重さは竹刀の3倍は感じる。日本刀に比べれば少し軽いが、今の自分の筋力では竹刀のようには扱えない。
一太刀で斬るという事を意識して素振りを繰り返すが、やはり重量に難がある。
聖桜は、ローク・ロードスの店でダマスカスロングソードを渡された時から、実戦を想定するようになっていた。
真剣での戦いで使えない技が解ってきた。
中段からの引き面・引き小手・引き胴・払い小手・返し胴・小手面などの二段、三段攻撃や片手面などの技はまず使えない。
ベルトに鞘が固定されていて、鞘抜きが不可能となると居合いの抜刀も出来ない。
そうなると、ダマスカスロングソードで剣術を使うには、上段が適していると解った。
上段に構え剣の刃筋をしっかり立てるイメージをし、振る時にわずかに手元を引くことで斬る。
屋敷のロビーの隅で真剣に繰り返した素振りで、聖桜は、短時間で型を習得していた。
━━━━━━━*
「貴方、意識があるのに邪悪ね」
神宮寺聖桜は、青いヴェネチアンマスクを指で直した。
「むぅぅがぁ、不届きな貴様も、この偉大な神の力で邪神様の供物にしてくれる」
フードの怪物男が、聖桜に左手を伸ばし襲い掛かった。
聖桜は集中し心は水面のように落ち着いていた、剣を斜めに構えると半身にし華麗な足運びで、襲い来る腕を避ける。
一刀一足の間合い、実際の有効射程はそれよりも一歩ないし半歩先、足運びと体捌きでそこに至る、斬撃の間合い。
銀の木目が稲妻のように閃いた。
総毛立つようなダマスカスロングソードの木目が、男の肩口に吸い込まれ抜けた。
あまりの切れ味に痛みを感じなかった灰色のフードの怪物男は、肩に目をやると、遅れて肩の付け根から左腕がズルリと落ちた。
「ぐぅぅぐあー!」
深く不快な血の臭いが、周囲に漂う。
聖桜に微塵の迷いも無い、斬った後も注意を払うのが残心である、後ろへ下がり構え直す。
このダマスカスロングソードは、見た目の重厚さと違い刃に弾力性があり、輝く刃紋に高い気品のある剣だと聖桜は感じていた。
「大人しく降参して、捕まりなさいよ」
「むぐぅぅぅ手加減していれば調子に乗りおって、脆弱なその手足を千切って井戸に沈めてやる」
「ーー!」
狂気の怒りに震えるフードの怪物男は右腕、両足、胸から4本の触手の腕を伸ばし聖桜に攻撃する。
足元の2本は足運びで躱したが、胸から伸びた腕で剣を握られてしまった。
右の腕が聖桜の左手首をガシリと捕まえた。遅れて両足も捕まれる。
「このまま引き裂いてやろう、泣き喚きながら邪神様に祈れ!………何故、泣き叫ばん? 泣き喚け!」
「学習しないわね貴方」
聖桜は、フードの怪物男の後ろを見ていた。
既にレッドが、男の後ろで短剣を抜いていた。聖桜が腕を切り落とすのと同時に動いていた。
ズブリとレッドの短剣の刃が、男の延髄に根元まで挿入されるとフードの怪物男は、麻痺して痙攣した後に絶命した。
「よくやったわ、レッド」
身体から触手の腕を、剥がしてレッドに笑顔を向ける。
「ホントは遅らせてやろうと思ったけど、これでセオとの貸し借りは無しっす」
「やっと、名前を呼んでくれたわね」
「今日だけ特別、明日からは黒乳首っす」
「ええっ? 黒く無いわよ!」
瓦礫を避けて汚れた神流が、戻って来た。
「旦那!」
「あんなに跳ねと飛ばされたのに、よく平気ね」
「ああコイツのおかげだ」
親指の指輪を見せる。
触手の腕が、身体に当たる瞬間に指輪から神流を、護る光りが胸と背中に収束して衝撃を軽減していた。
「て言うかお前達、俺を忘れていたろ?」
「助けに行こうとしたら、このフード男が邪魔したんですよ」
神流は、フードの怪物男に近寄り確認する。
「死んでるな、自業自得だし仕方無いか……シード・ジャーミィの屋敷に居た奴も同じフードだった気がする」
紫の【黒い小箱】が見当たらない、完全同化という感じだ。
「今まで、こんな奴らの事は、聞いたことが無いですよ」
「それよりイーナは? オルフェは何処に行ったんだ?」
「えっ? オルフェには、動かないように言っておいたのに……」
「何を言ってんだよ、ど天然か? 早く探しに行くぞ!」
イーナを乗せたオルフェを、見失ってしまった。
━━━━━***
「ーーおーるふぇ~、御主人様の所に戻ってよ~。いつも言うことを聞いてくれるのに、どうして聞いてくれないの?」
イーナが首筋をポンポン叩くが、オルフェはトコトコ歩いて行く。
馬の嗅覚は、犬に匹敵すると言われている。
血や怪物の臭いでオルフェは、フレーメン現象を起こしていた。オルフェは長い鼻をクンクンさせて歩き出して行く。
オルフェは、路地に入り傍らに生えてる草を食べだした。
「こんな時に子供が出歩いたら、危ないのよ!」
イーナが馬上で振り向くと、アイボリーのローブを着た自分と同じ位の女の子が注意してくる。
「オルフェがね、草を食べてるの」
「何そのピンクのマスク、しかも、その首輪は奴隷じゃない。アナタなんなの?」
「アタシはEガールのイーナなの。アナタも子供じゃない」
イーナが少女を嗜める風にいう。
「今、街には魔物が溢れてて危ないのよ」
「御主人様がいるから、アタシは怖くないの」
「……近くに居ないでしょ」
のんびり草を食べるオルフェとイーナのおっとりした口調に、幼女も気が抜けてしまった。
「あっ猫ちゃんだ」
「ニイーー」
幼女の胸元から出てきた黒い仔猫にイーナは色めき立つ。
「駄目よ、アリュー危ないから中に入っていて」
仔猫は幼女の言うことを聞かず、頭の上に乗った。
「もう知らないから」
そんな微笑ましい光景を見ていたイーナが、幼女に話しかける。
「可愛い~猫ちゃんもう可愛い、なんてお名前?」
「ワタシはルーニャ・ウネ」
「……黒い猫ちゃんは?」
「なによ、この子はアリューよ」
ルーニャは、いつも通り紅い魔石のついた白クルミの杖を持ち、肩に掛かるアップルグリーンの髪を揺らす。
「とにかく避難しようよ」
『でもオルフェが言うことを聞いてくれないの」
「ワタシが話すわ」
ルーニャがオルフェの耳元に口を寄せて、語りだすと口元が光り出した。
「スゴーイ、魔法だぁ」
「そうよ~魔法使いなのエッヘン。この子は嫌な臭いから離れただけだって、早く帰ってご飯食べたいって言ってる」
「ええっまだ食べるの?」
「さぁ避難するのよ、ワタシの後をついてきて」
先に行くルーニャ・ウネを追い、イーナを乗せたオルフェは歩き出した。




