恐怖の味噌汁
町の商店で味噌を売り商売を営む茂吉は、仕事の終わりにいつものように訪れる飲み屋にいた。今日は客も少ない区、向かいの商人の醤油売りの浜兵衛よりも早く店を閉め、既に徳利七合目に入ろうとしていた。
刻は十一時、翌日の仕込みをようやく終えた浜兵衛が茂吉の隣に座った。
「んやぁ茂吉、今日はァいつもより飲んでんじゃねぇか、なんかあったんけぇ?」
「オゥ浜兵衛、聞いてくれよ。ウチの女房がぁヨ、オレっち伝統の味噌にケチつけやがってヨ、怒鳴ってやったら怒鳴り返されちまったのヨ、それでオレっちら喧嘩して女房が出て行っちまいやがって・・・・・・」
「そォれで早酒たぁアンタも尻に敷かれたモンだねぇ」
「うるへぇ」
茂吉は猪口に入っている酒を飲み干した。
二人は最近の客層や、大豆、互いの女房の愚痴と話は盛り上がっていった。しばらくすると浜兵衛は、最近聞いた西の味噌売りの話を始めた。
「西の商人から聞いた話なんだがよ、なんでも女房と大喧嘩した味噌売りの旦那がその女房に殺されたんだってよ。
「へぇ~」
手元の徳利を揺らした。
「晩に喧嘩して朝起きてみると、妙に女房が優しかったらしくてな、仲直りしたと思った矢先にポックリよ」
「そりゃ怖ぇ話だ」
茂吉は徳利から猪口に酒を注ぎ、それに口をつけた。
「その殺され方がよ、旦那の好物だった味噌汁に毒を入れられたんだと。きっとなんかの具に交じってたに違ぇねぇよ」
「具にねぇ」
茂吉はすっかり酔ったようで話半分に浜兵衛の話を聞いていた。
夜も更けた頃、一人に女性がやってきた。
「アンタァいつまで飲んでるのっ、明日も店開けるんだろ、帰んねっ」
そう言いながら女性は茂吉のフラフラな足取りを支えるように肩を取り、足早に帰って行った。
「やれやれってなぁ、ってオイラもそろそろ帰ェらねぇ女房に叱られちまう」
と先に帰った茂吉の分も支払い、家に帰った。
翌日の朝、茂吉が目を覚ますとそこは自分の家の布団の中だった。どうやって帰ったか、その記憶は抜け落ちていたが、台所から微かに聞こえてくる楽しげな鼻歌から、昨晩浜兵衛が話していたことを思い出した。確か喧嘩した女房が朝には優しくなっていて・・・・・・。そこまで考えたところで呼び掛けられた。
「アンアタァ朝飯出来たよ。早く起きな、味噌汁冷めちまうよ。」
言葉はキツイがその声は確かにやさしさを帯びたものだった。聞いた茂吉は恐怖して慌てて尋ねた。
「きょ、今日の味噌汁の具は何だ!」
「今日、麩の味噌汁だよ」
答えた妻の顔はとても美しかった―――。