伝説の武器はフライパン! ~料理も未来の勇者もお手のもの~
我が家には伝説のS級冒険者がいる。
もちろんそれはへっぽこ冒険者の私ではないし、食堂を営む母でもない。
その伝説の冒険者とは、父である。
父は戦場では果てしなく強く、どんなモンスターでもアッという間に倒してしまう、街中どころか国の中でも名前を知らない者はいない。
しかしながら偉ぶることはなく朗らかで豪快で優しくて強い、そんな父の唯一の欠点はいるものと要らない物の選別が――いわゆる片付けが苦手なことだ。
本人もそれは重々承知しているようで、『机に置いている戦勝品は好きに使ってくれて構わない』と頭をかきながら私や母に言っている。意訳をすれば、『いるのがあったら持っていって。いらなかったら捨てておいて』だ。父は売れるものは売ってから帰宅するけど、売れなかったものは石ころから飾り羽まで、あらゆるものを持って帰ってくる。本人曰く、根っからの貧乏性らしい。
だからその日あった綺麗な鉱石を見た私は、これもいらないものなのかと驚いた。
母は母ですでに自分が必要なものは選んでいると言っていた。つまり残りの物は、欲しいと言えば私の物。
ならば、これは捨てるわけにはいかない品である。
非常に艶やかで不思議と目を引く品は、きっと加工にも向いている。
「これ、なんだか軽いし……もしかしたら、すごく使いやすいフライパンも作れるんじゃないかな」
そう思った私は、早速その石とお金を持って鍛冶屋へと向かった。
鍛冶屋の無口でクールで渋いスキンヘッドのオジサマはその素材を見て驚いた様子だったが、本当にフライパンを作るのかと私に尋ねた。私は不思議に思ったけれど、よくよく考えれば冒険者御用達の鍛冶屋にフライパンを作りに来る人なんていないと、そこでようやく気が付いた。
「で、できますか?」
「当たり前だ」
その返答に私はほっとした。
だから「お願いします」と伝え、料金を支払い、後日受け取る約束をして家に帰った。
家に帰ると、母から父が急遽遠征の応援に呼ばれてモンスター退治に出かけたとの話を聞いた。さすがS級。やっと帰ってきて、ゆっくり寝れるってさっき喜んでいたのに、忙しいことこの上なくて大変だ。帰ってきたら新しいフライパンを使って、父の好物を作って喜んでもらおう――そう、誓った。
けれど、数日後。
出来上がったフライパンを持って帰ったその日、ちょうど遠征から帰ってきた父とばったりと出会い――そして素敵なフライパンを見せて好きな料理を作るよと言おうとした瞬間、父は目を見開いた。
「お、お父さん? どうしたの?」
「それ……まさか、いやその輝きは間違いない。ディオネ、それはどこで……?」
「お父さんのいつもの机の上に置いてあったけど……」
そう答えた瞬間、父は両手と両膝を地に付き、項垂れた。
「お、お父さん!?」
「ディオネ――。それは、お前の剣を作るための伝説の素材、セレンピーテだったんだ……」
「セ……?」
「聖剣こそ美しいお前にふさわしいと思ったんだ……やはり、それならばセレンピーテが……だが……」
私には聞き覚えがない素材だ。
だから一瞬言葉を反復しかけたのだが、徐々に父の言葉の意味が脳内に浸透してきた。
「で、伝説の素材……!?」
なんの素材かわからないが、私がとんでもないものをフライパンにしてしまったことだけはよくわかった。
しかしあの場所にそんな高価なものが置いてあり、なおかつ私に聖剣を与えようとしていたなど、一体誰が想像できようか? だって、私のへっぽこさは自分でも重々自覚してるよ?
私も一応冒険者として仕事の請け負いはしているものの、残念ながら冒険者としての資質は父の優れたところを一つも受け継ぐことはできなかった。もちろんスライムをぺちぺちするくらいなら苦労はないが、大型の獣になんて出会ったら即逃走するくらいのチキンハートだ。そしてそれから奮起するなんていう考えは一切なく、むしろ早期引退をして母の食堂を継ぎたいと思っていたくらいだ。だから八歳の時から引退後のプランを考えて母の手伝いは欠かしていない。
と、話は逸れたがそんな状況なので、私は一切伝説級の武器なんて欲していない。明らかにオーバースペックすぎる。絶対に私が一生かかっても冒険者として伝説の素材で得られるほどの報酬は得られない。
だが――。
「せっかくの誕生日プレゼントが……すごい剣を作るぞって……思ってたのにな……」
私は剣よりフライパンが嬉しいが、そんなことよりもこれは父の好意だったのだ。
うっかりあの場所に置き忘れた父にも責任がないとは言わないけれど、そして伝説級の素材のもとを取れるほどの力は私にはないけれど、娘としては父の嘆きだけは解消しなければいけないだろう。
「お、お父さん!! フライパンも立派な武器になるよ!!」
「……どういうことだ?」
「まず、鈍器としてはとても堅いわ。それが伝説の鉱石だもの、伝説の鉄槌より固いはずよ! そして平面が大きいことにより例えば盾にも……なるかも、しれないよ。それに、それだけ素晴らしいのに――私の手にとてもなじむの!」
「お前は……フライパンで戦ったことがあるのか?」
そんなわけあるか。
そう言いたいが、ぐっとこらえた私は大きく頷いた。
「見ていて、明日からこれで私は冒険者人生を歩むから!!」
そう言いながら私は思った。
どうするんだ、そんな宣言。本当にフライパンで戦えるのか、私。
しかし焦る私の内心とは対照的に父は涙ぐんでいた。
「くう……、そうとは知らず……剣を仕立てようとしたお父さんを許してくれ!!」
「お、お父さんは何も悪くないわよ!」
だって私の武器、本当は剣だし。
だが、もう後には戻れない。
私はフライパンを武器に戦うしか、道はなくなったのだ――。
**
だが、フライパンの武器を武器にする羽目になった状況を悲観したのは短い間だけだった。このフライパンはさすが伝説級の代物が材料になったおかげだろうか、軽く振りまわしやすい反面、かなりの打撃力があるらしい。質量から考えたらどう考えても効きすぎだろうという勢いで相手を振っとばすことができるのだ。さすが伝説級、でたらめな能力だ。あと、面積が広いので盾になる――ということはまだ未経験であるものの、その面積の広さのおかげで打撃を外すことがかなり少ない。
「とうりゃっ!!」
だから、このように巨大キノコが相手でも大変戦いやすいです。
もっとも、私だってキノコ相手にフライパンで戦うなんて思っていなかったけど!!
今、この辺りではじめじめとした長雨のせいか、私の腰くらいまでの高さがあるキノコモンスターが大量に沸いてしまっている。最初はそれも通りすがりの呪術師が倒してやるといって張り切ったらしいのだが、なぜか謎の呪文により巨大キノコは増えてしまったという。その結果、私のようなへっぽこにまで声がかかっての大討伐騒ぎである。いや、危険度の低い任務は私としては歓迎だけどね。
「ひとまず、このくらいかな?」
幸いにも巨大キノコは通せんぼして邪魔だとか踊っていて邪魔だとか集まっていて邪魔である以外は人間に害のあるモンスターではなかった。だから私も苦労なく倒せた……はずなのだが、もしかして残党がいても困るな、と思ってしまう。ただ、私の任された区画は一掃できたはずだ。うん、そう信じよう。それに、討伐も一応倒した数×報酬だから、報酬の猫ばばをするわけでもない。
山積みになっている巨大キノコは、倒してさえしまえば普通のキノコと同じである。つまり、食べれる。
だから倒した証拠になる核をはぎ取ると、私は両手を上げて喜びを表現した。
「よし、これでフライパンの本領を発揮させられる!!」
そう、私はお父さんが悲しまないように、確かにフライパンを武器にした。
けれどそれはフライパンをフライパンとして扱わないという決意をしたわけではない。むしろこれからが本番だと、私はいそいそと石と枯れ枝と落ち葉で簡易のかまどをこしらえた。そして火を起こしてフライパンを温める。
「森の中で木の子のチーズリゾットを食べるこの贅沢、満喫しなきゃ」
白米は既に炊いたもの、チーズは粉状にしたものを持ってきている。キノコを削いでバターでいためて、白米をいれた後に牛乳を追加。暑い季節でなくてよかったと安心しつつ、折を見てチーズを投入。辺りにいい匂いが漂ったところで、ブラックペッパーを追加する。
「我ながら最高の出来になったかな?」
そう、楽しく思っていとき、ガサガサと後ろで葉擦れの音がする。
なんだろう、もしかして巨大キノコの残党が? と思い、私は腰に下げていた剣を抜いた。うん、ちゃんとフライパンをメイン武器にしているけれど、こうやって調理中に丸腰になるのも怖いから一応お守りで持ってきている。それが正解だったことに安堵しつつ、私は音の方を見つめた。
せっかくのお食事タイム、最高の食べ時を逃してしまえば涙なしには語れなくなる。幸いこの辺りには強いモンスターはでないはずだ。だから絶対に早く倒して美味しくご飯を食べる……そう、決めて目を細めて――
突如現れた、装備品がこしみの状にしている葉っぱだけの――裸の男を目にし、思考が完全に停止した。
そして次の瞬間、考えることなく男を完全にフライパンで吹っ飛ばしてしまっていた。
人が吹っ飛び、木にぶつかる派手な音が響くのを耳にし、私ははっとした。やはり伝説級のフライパン、とんでもない飛距離をだしてくれる――なんてことは言ってられない!!
しかし『しまった』と思ったのもほんの一瞬。男はノックダウンしてしまうことなく、すぐさまこちらへ駆け寄ってきた。その勢いには私も一歩足を引いてしまった。
あの派手な音で倒れなかったことは幸いだが、いくらなんでも頑丈すぎやしないだろうか。いや、この動きなら怪我もないだろうが――それ以前に裸の男が勢いよく突進してくるのを恐れない年若い女性が一体どこにいるというのだろうか!?
だが、男は私の三歩手前で突然土下座をして懇願しはじめた。
「突然驚かせてすみません……!!」
「うわっ!?」
「申し訳ございません、でも、どうしても、どうしても……お腹が……その、その食料を分けてください……!!」
私は人生で突然遭遇した人にご飯を寄越せといわれるのも、土下座をされるのも、そして裸で登場されるのも初めてだけど、少なくともこの男が危害を加えてくるような、危険な者ではなさそうだということは理解した。
いや――その、目のやり場には困るんだけど。ちゃんと履いてるよね、ね?
「……あの、あなたは……」
「私は田舎から一旗揚げる為に出てきたのですが、優しい人に誘われて食事をしていたところ意識を失ったようで、気づけば武器を持った人間に囲まれ、金品はもちろん身ぐるみはがされ……」
要は、騙されて引ん剥かれたということらしい。お酒にでも酔ったのかな。たまにいるって聞いてはいるんだよね、そういう人。どう見ても気候的には民族衣装に見えないそのこしみのも、必死でお手製で作ったのだろう。
「剣を失い、金も失い……けれど、私は思い出しました。物語の中には木の棒一本からなりあがり魔王さえ倒した勇者がいたことを……!」
「……悪いんだけど、その勇者、さすがにパンツ一丁じゃなかったと思うよ」
「ですから私も何かモンスターを倒し、換金し、武器を再び手にするところから始めようと思ったのですが……いかんせん、キノコキノコキノコで……」
「うん、まずは人の話を聞こう」
そりゃキノコが大量発生しているところだし、キノコ以外もそう強いモンスターはいないので、どれを狩っても換金できるものはたいしてない。私みたいに街で『一体につきいくらの報酬』っていう依頼をうけていたら一定のお金ももらえるけど、それがなければ素材を売っても安いしね。――そもそもそんな依頼をこの人はしっていなさそうだ。
「お金がないのならと、毎日生キノコを食べていたのですが、もう限界です……! なんでもしますから、食事を分けてください……!」
そうして強く願われ、私は深くため息をついた。
「……何もしないでくれるなら、半分だけならわけてあげるよ」
むしろここで食事を譲らず懇願され続けて街までついてこられたらとても困る。なにせ、格好が格好だ。絶対に悪目立ちすることは避けられない。
それに――男は一切問題としてない様子ではあるけれど、モンスターを倒せる勢いで男を殴り飛ばしてしまった罪悪感が私の中にないわけでもない。
そのような思いから、私は男にお椀にリゾットを入れて差しだした。男はそれをまるで世界最高のおもてなしみたいに食べて、涙すら浮かべていた。それを見た私は自分の分をフライパンから直食いしようとしていたけれど、予定を変更して残りもすべて男に向けて差し出した。
「これもあげるわ」
「あ、ありがとうございます! 本当に、本当にいいんですか!?」
「……あと、うん。ちょっとあなたの格好があまりにもあれだから、これもあげる」
さすがに服の着丈は合わないだろうが、ローブに近い上着なら多少はマシになる……いや、裸ローブ(しかも女性もので半端な丈になる)でも充分変態である気もするけど、こしみの一丁よりはだいぶましになったことだろう。
そして空になったフライパンを見て、私は自分の持っていた剣を男に放り投げた。
男は驚きながら両手で剣を受け止めた。
「それもあげるよ」
「え? し、しかし」
「私の武器、今これだから。その剣も安物だけど、木の棒よりはましだし」
それだけ言うと、私は食堂で使うためのお土産用巨大キノコを一体だけ紐で支えて背負うことにした。よっこらせっ、と。巨大キノコを抱えてしまうと、もしも帰りにモンスターと遭遇してもフライパンを振るえないから、背負わなければ仕方がない。見栄えは多少良くないが、背に腹は替えられない。
「あ、あの」
「何」
「この御恩は身体でお返しさせてはいただけませんでしょうか! 金銭はありませんが、掃除でも洗濯でも荷物運びでも、なんでもいたします……!! モンスター退治だってお任せください」
そう、必死に告げる男の顔を見て、私は顔をひきつらせた。
「普通にいらない」
「どうして……!」
「それを渡した私が言うのもなんだけど。あなたみたいな格好の人を連れて帰ったら、私も変態って思われるもん」
両親に詳しく事情を聞かれたり、そういう……ちょっと変わった格好の人を好む趣味があるのかと思われたりする可能性があるのは私にも分かってしまう。まだこしみのだけとか女装だけなら『そういう趣味なのか』で済むと思うけど、組み合わせたらなかなか……そう、混ぜるな危険を全力で表現してしまっている。センスが本当に壊滅的だ。だから絶対に勘弁願いたいことである。
それに同情したから色々譲ったけれど、別に私はこの男と仲良くなりたいわけではない。というか、色々世間知らずそうで面倒くさいし、面倒臭がり屋の私はこれ以上面倒を見るつもりもない。
そう思えば、とるべき行動はただ一つ。
「んじゃね!」
そして私は駆けだした。
私は戦闘能力はへっぽこだが、非常に素晴らしい逃げ足は持っている。これだけは父より素晴らしい――いや、父はそもそも逃げる必要性を感じていないから逃げないんだろうけど。
どちらにしても、私は男を放置して逃走するくらいなら難なくできる。
「早く帰って、ご飯を食べよう」
変なことにはなったが、無事に依頼も達成した。
イレギュラーなイベントが途中で入ったが、たまには無欲な聖女の如しといえる行いもきっと悪くはないだろう。伝説のフライパンで作ったリゾットを食べた男も、痛い目を見ただろうが折れることなく成長してくれたまえというくらいなら思っている。まあ、会うことはもうたぶんないだろうけど、と。
そして私は夕飯に昼に食べ損ねたリゾットを作って美味しくいただいた。
伝説のフライパンで調理したリゾットはやはり素晴らしい味わいをしていて、それを食べたわたしは正直もう昼間にこしみの男と出会ったことなんてすっかり忘れてしまっていた――。
**
そう、忘れていたのに、二カ月後。
たいそう立派な鎧をまとい、そのわりには貧相な剣を……見覚えのある剣をもった男が店に現れたのを見て、母の手伝いをしていた私は一気に思い出してしまっていた。
「え……あなた、え? こしみのおとこ?」
二か月前とは違い、どこか貫禄さえも感じるその姿に私は目を見開いてしまった。いや、うん。たぶん色々頑張って、服を手に入れることもできたんだろうけど――え、ちょっと立派になりすぎじゃないかなと思うんだよね。うん。
私と同じようにこしみの男も私を見て目を見開いていた。
そして、その後ろから父が現れた。
「なんだ、ディオネ。こいつのこと知っているのか?」
「お、お父さん? え、あの、この人のこと知ってるの?」
その人、あなたの娘の前にいきなり裸で飛び出してきたんですよ。
まぁ、そんなことを思っているなんて、父にはまったく伝わってはいなかったんだけど。
「いやぁ、なかなか若いのに筋がいい奴でなぁ。新米だが有望な冒険者だぞ! 若いのと組めるなんて珍しいから、もうお父さんも楽しくて仕方がなくてだなぁ」
豪快に笑っているが、何となく私は気まずくもある。
いや、だって短期間でこんなに立派になってる人にとんでもない格好をさせた挙句、最低の格好だとこき下ろしたのだから目も逸らしたくなってしまう。しかもなんだかんだでフライパンでぶん殴ったことをいまだに謝っていない相手である。いや、あれは不可抗力だとは思うけど。いまでもあんなのが飛び出して来たら普通にフライパンを振りまわしちゃうと思うけど。
だが、気づけば次の瞬間両手をとられてしまっていた。
「あなたは――ディオネ様と仰るのですね」
「え?」
「私は――あの日現れてくださったあなたが、実は幻の女神だったのかと思いました」
それはフライパンで殴りつけた後遺症が別れた後にでてしまっただけではないのだろうか。タイムラグで記憶に混乱が生じたのか、はたまた目が悪くなったのか……よくわからないが、殴りつけた相手を女神と謳う人間を私は今、初めて見ている。
「残念ながら私は人間です」
「なにが残念だと仰るのですか! むしろ、夢じゃなかったからこそ、こうしてまたお礼をお伝えできる機会をえられたのです!! むしろ人間であってくださったほうが女神そのものです」
「めんどくさいな!」
なんという意味のわからないことを言っているのだと思っているのは、私だけではないはずだ。店内の人の注目を集めてしまっているし、父も顔をひきつらせてしまっている。朗らかな笑顔をうかべていることがほとんどである父からこのような表情を引きだせる人なんて、きっとそうそういないはずなのに。
「ディオネ様――私は、あの日、惚れてしまいました」
「は?」
「おい、ディオネ。これは一体どういうことなんだ……!!」
そんなもの私が知りたいくらいだよ!!
父に向かって本当に知りませんと全力で首を横に振るけれど、男の語りはとまらなかった。ちょっと待って、今の流れでいきなり告白になったりするの!?
「あの本当に心が弱っていた時に……本当に体に染み渡る優しさだったのです、あなたの作るリゾットが、本当に今も心に強く残って……ですからもう一度お会いしてお礼を言わなければと……!」
「……ああ、惚れたって、ご飯になのね」
料理の味に惚れてくれたなら何よりだ。
なんせ、伝説のフライパンで作ったリゾットなのだ……と、肩から荷が下りた気分になりながら、私は軽く流すことにした。確かに私の分を譲ってしまうくらいにはおいしそうに食べていたのだから、嘘偽りのない言葉なのだろう。
店の中でも緊張している者が多数いたのか、ほっと息をつくような声が聞こえてくるけど、その中で『やっぱディオネだもんな、そんなわけないよなー!』と言った人は覚えておきなさい。自分で思っていても人から言われると激しく腹がたつことだってあるんだからね!!
「まぁ、そこまで気に入ってくれたなら、お金さえ払ってくれればまた作るよ。ここはご飯だすお店だし。私よりお母さんのほうが上手だけどね」
「それも食べてみたいのですが……私はディオネ様の作ったものが食べたいです」
「なんでよ、美味しい方がいいでしょう。だいたいあそこで食べたのは空腹補正だってあったんだからね」
いや、私の料理を気に入ってくれたことは嬉しい。
嬉しいが、それでも他と食べ比べた上で感想をもってもらうほうがもっと嬉しいではないか。
だが、男は首を横に振った。
「私はディオネ様にお会いしたかったのです。ですから――再びお会い出来ることがあるかもしれない、そのときは恥かしくない姿を見せようと、あの日から奮闘しました」
「……まあ、あの姿は確かに恥ずかしかったもんね」
「今の私は、恥かしくない姿でしょうか?」
「うん。まともすぎてびっくりするくらいには」
こしみのやはだかローブといった姿から、たった二か月で高価な防具を身に纏うことになれるものなど、一体どれほどいるだろうか? もともと冒険者としての素質の高い人間だったのかもしれないが、これを買いそろえれるほど依頼をこなしたなんてすごいことだと思う。ただ、どうしても脳裏にこしみのが浮かぶせいでスゴイカッコイイ!! なんてことにはならないんだけど。
あと、この話の飛び方には私もついていけていないから深く考えることができていない。 そう、一体どういうことなのか、本当に意味がわかっていないのだ。
奴の姿と私や母の料理となんの関係があるというのだ。
だが、男はそのまま遠慮なく話し続けた。
「ですが――本当にお会いできるとは思っていませんでした。だからこそ、言わせてください。ディオネ様。私はこれから、あなたに振り向いていただけるよう誠心誠意努めさせていただきます。お慕い申しております」
その言葉に、店内は一気に静まり返った。
え、ちょっと待って。さっきこいつ、告白をしたと見せかけるような、料理の要求をしたばかりなのに!! なんであれを料理で片付けておいて告白なんてしてるわけ!? 普通ならあそこで告白だったんじゃないの!? いや、告白されてもびっくりしたけどさ、うん、今もびっくりしてるけど!!
でもそんな焦る私とは対照的に、切りだすことができた男は満足そうに言葉を続けた。
「あの場で、そしてあの料理で私を救って下さったディオネ様は、ただ私の境遇を憐れまれるだけではなくハッキリと客観的な言葉もくださいました。ですがそれにも関わらず、数々の慈愛を私におかけくださいました。つまりディオネ様は万人に無償の愛を注ぐことができる素敵な女性で――」
「ごめん。ちょっと何を言っているのか、よくわからないし誤解だらけかな!!」
一瞬焦った気持ちは、男の言葉でやけに冷静になってしまった。とりあえず、私が万人に無償の愛など、そんなことはない。絶対しない。特にこの男に対しては単に殴ったことによる後ろめたさが全開だっただけである。あとは、うん、なんというかその流れからの同情だ。
ただ、男はそんな私の言葉でひくような軟な男じゃなかった。
「何が誤解ですか! 私がそう受け取っているのです、何ら問題はない――むしろ、誤解しているとしてもそのことも含めて受け入れます!」
「めんどくさいな!!」
そう私たちが言いあっていると、男の肩に手が置かれた。それは父の手で、父は表情らしい表情を浮かべていない。
その表所に私はピンときた。
そう、お父様。ここは娘はやらんと怒るところですよ!!
お父様は娘に伝説級の鉱石をプレゼントするくらい娘を溺愛しているのですもの、いきなり現れた男に口説かれているのを見てあっさり了承するわけがない! そう、私は信じたのだが、父が口にした言葉は私の想像とはまったく異なるものだった。
「お前、なかなか目の付け所がいいな。娘がそこまで褒められると父親としても嬉しいぞ」
「ちょっと待って、ちょっと待って!!」
そこでなんで得意げな顔で同調してるの、お父さん!!
しかも親指を立ててものすごく輝いているのはどうしてなの!! そしてものすごく嬉しそうな顔はしないで、元こしみの男!!
けれど、結局私には味方はいない。
冒険者は強さがすべて――とは言わないけど、強さは圧倒的に有利だ。そしてここで一番強いのは恐らく父だ。そんな父を相手に、わざわざ他人からすればものすごくどうでもいいと思われるような話題に突っ込みが入るなんて、あり得ない。何を言われたとしても暴れるとかは――多分お酒が入らない限りしないけど、へそを曲げられて依頼を受けなくなってしまったら困っちゃうし。お父さん、結構拗ねるのよね。
一方、残念なことに私のかわりはたくさんいる。唯一父の機嫌など関係ない――というよりむしろ父が機嫌をとるだろう母はキラキラとした目をこちらへ向けていて、性質が悪いとしか言えない状況だ。
もしも、これに勝てる可能性が私にあるとすれば――皆が一度食べたらもう食べられないとは思いたくないくらい、素敵な料理を完成させる必要があるだろう。そう、この、フライパンと共に。
「……ディオネ様? いかがなさいましたか?」
男はそう気遣うように私に言ったが、その言葉は私の神経を少々逆なでた。
なぜならそもそも元凶はこの男である。
そう思えば、八つ当たりをしても仕方がないなと私は自分に言い聞かせた。
「いかがなさったもなにもないっていうの! まったく……告白したいなら私好みになってから出直しなさい!! 育ちがいいわけじゃないんだから、敬語で話す相手なんて好みじゃないわ」
こんな啖呵を切ったなら、多少この男も幻滅してくれることだろう――そうだ、そもそもあの極限状態だからこの男も正常な判断ができなかったのだ。本来の私を知って盛大に残念がるといい――そう私は思っていたが、男は数度目を瞬かせたあと、にこりと笑った。
「わかった。じゃあそうする」
「って、順応早っ」
「いや、元々俺って田舎育ちだし。頑張って覚えた言葉遣いだけど、執着はないし」
状況を切り抜けるための適当な言葉は、あっさりと躊躇いもなく受け入れられた。そしてその男の切り替えの早さに私は驚かずにはいられなかった。けれど男にはまったく動じるような様子もなかった。
「二か月間ずっと探していたんだ。まさかこんな再会を果たすとは思っていなかったけど、言葉を戻すくらいなんてことはないよ」
「……。でも、この街のこの人数の中から、よく見つかると思ったわね。この街の人間かもわからなかったでしょうに」
「たとえ他の街でも見つかるまで探すつもりだったから、見つからないということはなかったかな」
「あっ、そう……」
どうやって突っ込んだらいいのだろうか、むしろある意味突っ込む隙もないということなのか。額に手を当て、冷やかす連中をどうしてやろうかと私が悩んでいると、男はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、俺からも親睦を深めるための提案が」
『も』って言われても、私は別に親睦のためになんてことは言った覚えはないけれど。それでも何も言わずじっと見ている私に男は楽しそうに告げた。
「今度二人で狩りに行かないか? 報酬は山分けで、狩るのは俺が一人でするから」
「それに私って、本当にいらないわよね」
これはいいところを見せたいという表れか?
別に冒険者のプライドがあるわけではない私が首を傾げると、男は横に首を振った。
「それでディオネさんには俺にはできないことをしてもらいたいんだ」
「できないこと?」
「また森で、前みたいになご飯が食べたい。だめなら、報酬は全部きみの者でも構わない。ほら、さっきも補正がどうたらっていってただろ? やっぱり外で食べるのもいいと思うんだ。いや、もちろん今から食べるのも楽しみで、おかわりも予定しているけれど」
私はその時に確信した。
この男、敬語で喋らせておくほうが正解だったかもしれない、と。
なんというか、話し方を変える前はひたすら崇め奉るようだったのに、今は押しが強くなっているというか本当に遠慮がなくなってように感じる――いや、もともと話はきいてくれていなかったような気もする。あれ、じゃあ結局話し方がどうこうっていってもかわらない?
ただ、まぁ、今後も父の仕事仲間として男が客として店にくるというなら、『こしみの男』ではない普通の男だというイメージに改めるためにも、一回くらいなら私も同行してもいいかなとは思ったことと、報酬が、まぁ、ちょっと気になったことからそれは了承してしまった。そう、ほんの、軽い気持ちで。
しかし、だ。
父がこの男を有望だと言っていたことを、私は軽く考えすぎてしまっていたらしい。この男、本当に強かった。何度も『あなたどうして身ぐるみ剥がされたのよ!!』って言いたくなるくらいには強かった。
だから男が私のレベルに合わせたつもりの場所であっても、私からしたらとんでもない場所に連れて行かれるはめになった。そして後ろで何もしなくていい――なんていわれても、男からすればハエを払う程度の労力が私にとっては狂犬と死闘を繰り広げるほどの体力を使う状況だった。そして今までで一番死ぬかと思う勢いでフライパンを振りまわして戦った。
もしかしてこれがパワーレベリングというやつなのかと思いながら、私は息切れを起こし、前衛で涼しい顔をした男――いや、透明な尻尾を振りまわしているように見える男を見て盛大な溜息をつきたくなった。褒めて褒めてって見えるんだけど。こんなキャラだったっけ、この人。
ただ、ひとつだけ言えるのは――そこで倒した魚のモンスターのムニエルは物凄く美味しくて、それこそ二人して無言で平らげ、それから再度作ってやはり無言で食べ尽くすくらいには気に入ってしまっていた。なんというか、獲れたてで難易度の高いモンスターは本当に美味しいのだと知らされてしまい……ついつい、懲りずに二度目、三度目とかい数を重ねてしまったのも、まあ、うん。流されたからといえるだろう。
だってこれもそれも、フライパンが武器なのが悪いんだよ……!!
剣を武器にしていたときはわざわざ狩にフライパンを持っていこうなんて思わなかったけど、うん。これだけ振りまわしてもへっこまず、そして焦げ付きにくい伝説のフライパン、やっぱりこの子はフライパンになって正解だったんだ。
そしてほぼ相棒と化した男も私の作る料理が本当に好きみたいなので毎度喜んでおり、まあ、ギブ&テイクでいいかと思っていたのだが――そうこうしているうちに男が更に強くなってしまい、いつしか父に次ぐ冒険者として名を広めてしまっていた。数年もすれば父も抜くのではないかと噂されはじめたその男と共に行動していれば、私にも『あの人が相方に選ぶんだからディオネも相当強いはず』なんてとんでもない誤解が生まれ、いつしか私まで最強の冒険者の一人として数えられてしまっていた。どうしてこうなった。
そりゃ、私だってフライパンを武器として使い始めたころよりは凄く強くなっているよ。ただ、それはあくまで私にしては、だ。あくまで世間で言う普通の冒険者に留まるレベルだ。高性能で戦うにもよし、調理にもよしという素晴らしいフライパンを持つ以外、一般冒険者に違いない。そして将来の夢も前と変わらず、引退後は食堂を継ぐことに決めている。ただ、引退時期はちょっとだけ伸びそうな気もしてしまっているけれど。
その理由はいわずもがな、今日も今日とて透明な尻尾を全力で振っている男だ。もちろん引退を踏みとどまっている理由の一つに討伐現場での食事が美味しいということもある。けれど、私がすぐに引退できない理由としてはその割り合いは低いほうだ。
私が引退できない一番の理由は、相も変わらず男は私がフライパンを持つ前に使っていた安価な剣を愛用していることだ。そんな安物の剣なんて、いい加減に買い換えたらいいのではないかと私はずっと思っていた。だって、これ、明らかに強いモンスターを狩ることを想定していないものだから、この男がいつ折ってしまうか結構ひやひやしているのだ。幸いにも折れてはいないけど――でも、心配。ただ、何度指摘しても『宝剣だから』といって絶対に手ばなさいので、仕方がないので私が彼の剣を新しく買い換えるために貯金をしている。彼のおかげが十割だということはわかっているけど、冒険者のほうが収入がいいのだ。私が食堂で働くより、きっと早く新しく素晴らしい剣を買えることになるだろう。
いや、だって、親切のつもりだったんだけど……うん。危険にさらしてる可能性を考えたら罪悪感もひとしおというか。いや、でもあんな剣を宝剣扱いする人なんていないからね!?
ただ、冒険者に剣を贈るって求婚の一種なんてことも――って、貯金をし始めたころは思いもしたけど、そもそもすでに安い剣を渡しているのだ。一度が二度になったくらいで大したことない、と思えばそれほど……うん、たぶん気にするのはこっちだけで、あっちは多分気にしない。そう思おう。
「ディオネ? どうかした?」
「なんでもないわ」
「そう? なぁ、明日の討伐、昼食は何の予定?」
「もう明日のお昼の話? でも、メニューは現地でのお楽しみかな」
男に言われ、私は考えていたことを一旦ポイさせてもらおうと肩をすくめた。
誰のことを考えていたと思っているのだ、まったく。
でも、そんなに明日の昼食が気になるなら、先にそちらを考えてしまわねばならなくなったではないか。だってお楽しみ、なんて言っておきながら、実際のところ私もまだ何も考えてはいないのだから。……あと、まあ、考えてもどうせまだ剣の資金なんて溜まってないしね。やっぱり、なかなかいい素材って高いもんね。そんな高い素材でフライパンを作ってしまったことを豪快に許してくれた……いや、適当な言葉に感動してくれた父には一生頭が上がらないとも思っている。いや、うん。反抗も喧嘩もすることはあるんだけども!! それはそれ、これはこれでお願いします!
しかし凡才の私でも危険地域で後衛なら生き延びれる程度には戦闘ができようにしてくれ、更にはとんでもなく強い人の胃袋を掴むことになったこのフライパンは、やはり世界最強の武器なのではないかと思わずにはいられない。
ただ、ちょっと戦闘時の見かけはあれなんだけど、それにもう一つ、最近残念なことが加わった。
お願いだから、私をフライパンの戦女神とか、色んな意味で痛いからそう呼ぶのはやめてください。私が戦女神っていうのも片腹痛いんだけど、それが装備しているのがフライパンって……いや、うん、私にしたら最高の武器だけど!
なんだか称えられているというより、後ろに『(笑)』とつきそうな言葉に、私はどう噂を打ち消せるのかと悩み続けるのであった――。