名探偵に、なりたかった
推理小説好きをこじらせて死んだ。
八畳のワンルームの壁を推理小説が埋め尽くす部屋の真ん中で、その時読んでいた無理目の密室トリックを試してみようとドアノブやカーテンレールにロープを引っ掛けていたら足を滑らせて運悪く転倒、更に運悪くロープが首に絡まってそのまま死んだ。
「アホじゃな」
「自分でもそう思います」
今俺は灰色の部屋で見知らぬ爺さんの前に座ってこれまでの経緯を話していた。
「まあ、これでお主の探偵好きはよ~わかった」
「いや、わかってないですよね?俺別に探偵が好きなんじゃないですよ?推理小説が好きなだけで…」
「よってお主には『名探偵』のスキルを授ける!次の世界でも励めよ!」
「えっ、何?どういうこと?」
全く何も理解できないまま、唐突に意識が暗転する。
そして気づけば妙にぼやけた視界。目が全然見えない。
「おめでとうございます!立派な男の子ですよ!」
どうやら俺は、生まれ変わったらしい。
◇
「ステータス、オープン」
ゆり椅子に腰掛けてそうつぶやくと、眼前に半透明のスクリーンが広がる。そこには俺の「状態」が事細かに記されている。
俺が転生したこの世界は、それまでと違って「魔法」が存在する。
ステータスの表示もその一種だ。
俺の視線はある一点を捉えている。
「スキル『名探偵』、か…」
その文字列を目で「押す」ようにすると、そのスキルの詳細が表示される。
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スキル『名探偵』
すべての謎を明らかにすることができる。
見聞きしたことを決して忘れることがない。
フィールド効果:殺人事件発生率向上
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非常に簡潔で、絶対的に正しい内容だ。前世の記憶や死んだあとの爺さんとの会話(まあ常識的に考えてあの爺さんが神様的なやつだったんだろう)を二十年経った今でも克明に覚えている。
「でもなあ…」
問題は、フィールド効果、と記載されたものの方だ。
フィールド効果は、スキル保有者が存在する地域全体に効果が波及する。
有名なのは『聖職者』スキルの「呪殺無効」や『統率者』スキルの「全パラメータ向上」など。
このような有力な効果を持つスキルの保有者はとても優遇される。フィールド効果はその地域にいる人全ての分が重複するので、どの街でも税金の免除や収入の保証などで有用なスキル持ちを集めているのだ。
逆に『怠惰』スキルの「全パラメータ下降」のようなマイナス効果を持っている場合は、発見され次第『ゲットー』と呼ばれる特区に隔離される。そうすることで保持者の「領域」がゲットーに固定されるので、他に影響が及ばないのだ。
殺されるよりマシ、という程度の扱いだった。一応、衣食住は国から最低限度保証されている。迫害して外に逃げ出されたら迷惑だからだ。
もっとも、ゲットーの住人たちは様々なマイナス効果を多重に受けているので、そんなことを起こす元気もないようなやつが大半だったりするのだが。
そんなこんなで、ゲットーの治安は良くない。殺人事件なんか日常茶飯事だ。
ああ、そうだよ。
俺のせいだよ?
「殺人事件発生率向上」
これが俺の持つ『名探偵』スキルのフィールド効果である。
シリーズ化した推理小説のあるあるで、主人公の周りが死屍累々になるアレだ。
ステータスにはどのくらい向上するかの記載はないが、かなりの割合なのは間違いない。毎年身内の誰かが死んでいくのだから。事故として処理されたものもあったが、俺の名探偵スキルは犯人が誰だかを克明に教えてくれている。
ともかく、俺が十三の頃にやっと順番が回ってきた『登録の儀式』でステータスシートにこのスキルの詳細が刻まれた瞬間、問答無用で俺はゲットーに放り込まれた。既に身よりもなくなっていた俺に抵抗などできるはずもなかった。
「また一人になってしまったよ」
薄暗い部屋で一人ごちる。
喪服なんて小洒落た装備はこの荒廃したゲットーには存在しない。右腕に巻いた黒い布がその代わりだ。その布をするりと抜いて床に落とす。
「いい子だったのにな」
同じアパートに住んでいた、ただ一人の住人。十七歳のマーサ。
みんながみんなマイナスのフィールドスキル持ちであるゲットーでは他人のステータスを詮索することは禁忌だ。べつに法律でそう決まっているわけではないが、詮索することのリスクが大きすぎるのだ。
だけど人は察する。俺の周りで毎週毎週誰かが死んでいれば。そして俺だけがのうのうと生き続けていれば。
ゲットーに来て半年後には俺は「死神」と陰で呼ばれるようになっていた。
ここは基本汚いアパートが林立する人口密集地だが、俺の住むアパートだけが驚異の空き家率95%を誇る。
そこに「噂なんか気にしていませんから!」と言いながら家賃が異様に安いという理由で越してきたのが、マーサだった。「家賃が安いとおいしいものたくさん食べられるじゃないですか!」が口癖のような女だった。
そんな彼女も、痴情のもつれから殺されてしまった。まぁ、俺と付き合っていると勘違いしたストーカー野郎がブスっと行ったのだ。ストーカー野郎はその場で自殺した。俺のキルカウントが2増えた瞬間だった。まぁ、トータルいくらかなんて数えてないが。
「これからどうするかなぁ」
いい加減、精神力の限界が近い。
買い物をしにどこかの店に入ると、高い確率で誰か死ぬ。
アパートの入り口にお供え物のように食料や日用品が置かれるようになったのはいつからだっただろうか。ゲットーの住人たちが、俺が外に出てこないように交代で置いてくれているのだ。置かずにいて俺が町に出てくるリスクと食料を供出するコストを天秤にかけてのことだったが、正直助かっている。まさにWinWinってやつだ。うれしすぎて泣きそう。今日も誰かが食料を置いて行ってくれた。
ゲットーの住人が最初に教えられる掟の一つに、「死神のアパートに二人以上で入ってはならない。必ず誰かが死ぬから」というものがある。ちょっとでも疑問に思ったことは『名探偵』スキルが答えを教えてくれるのだが、この事実を知った時には真剣に自殺を考えた。
だが、俺は生きている。死ぬのが怖いから。
でもそろそろ潮時だった。久しぶりに人間と会話してしまったから。その人が死んでしまったから。
最後に、そうだ、遺書でも書こう。
そう思って筆を取った時、扉が叩かれた。
「…どうぞ、開いてますよ」
「失礼する」
一人の紳士が入ってきた。
「何の用ですか?」
「貴殿に折り入って頼みがある。貴殿にしかできない仕事だ」
「ほう?」
面白い。なんだか推理小説のような展開だ。
◇
俺は、最近発見された「迷宮」の中にいた。
男の持ってきた仕事は単純明快、迷宮攻略。迷宮とは、魔法が存在するこの世界の、魔法の副作用のようなもので、森や洞窟が変化して獰猛な魔物を次々生み出すようになったものだ。
放っておけば人々に危害を加えるので、見つけたら速やかに破壊しなければならない。
「大賢者ってヤツはきっと大馬鹿だな」
「そんなはずはない。大賢者だぞ」
だって、そうだろう。
俺の持つ「殺人事件発生率向上」を使えば、迷宮に住む魔物たちを「殺人事件」によって同士討ちさせて間引ける、などと考えたというのだから。
悔しいことに俺の『名探偵』スキルは謎は解くが予測はできない。だからこの作戦がうまくいくかなんてことはわからない。
「それでは、武運を祈る」
「つってもここでしばらく生活するだけだけどな」
それだけ言い残して、紳士は足早に去っていった。殺人事件が怖いんだろう。仕方ない。
後には一人、俺だけが残される。
迷宮となった洞窟の奥からは、時折うめき声のようなものが聞こえてくる。
「ああ、せめて名探偵に、なりたかったなぁ…」
俺のつぶやきは、薄暗い洞窟に吸い込まれて消えていった。
了
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