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田中の上履き

みなさんどうもお久しぶりです。田中です。

僕がこの異世界に来てから3年の月日が経ちました。


思えば最初は路頭に迷い、優しいのか厳しいのかよくわからない商店のお姉さんに拾われたり捨てられたりしましたが、なんだかんだで今は世界を救う勇者になりました。


銀光を放つ伝説の聖剣グロウバードを手に入れ、目指すは敵の本拠地魔王城。


魔王軍は3年前までは王都を攻撃してくるほど攻撃的で巨大な勢力を誇っていましたが、現在は僕たち勇者のパーティの活躍もあって崩壊寸前まで追い込まれています。


だから今日、ここで魔王を討伐すれば世界は救われ、長かった僕の旅も終わりを迎えるのです。


……おっと、そうこう言ってるうちに魔王の部屋に辿り着きました。この扉の向こうに魔王がいるはずです。


僕はそっと息を吸って、深く吐き、深呼吸をした後、聖剣グロウバードを構えました。


仲間のボブとマリアに目配せすると、2人は僕の方を見てしっかりと頷いてくれました。

あぁ、なんと心強い仲間たちだ。例え相手が魔王でも、2人がいれば僕は絶対に負けやしない。



だから僕は、迷わずに聖剣を振ることができました。



瞬間、聖剣から放たれた斬衝波が魔王の部屋の扉を真っ二つに切り裂きました。

とても爽快でした。


僕たち3人はすぐさま部屋に進入。

そして大声で名乗りを上げました。



「我こそは勇者タナカなり!!世界を恐怖におち…おてぃ………陥れた諸悪の権化、魔王よ!覚悟せよ!」



噛んじゃった。まぁいいや、気にしたら負け。



「なにやってんだタナカ!良いところで噛むなよ」



うるせぇボブ。斬るぞ。



「2人とも油断しないで、来るわよ!」


「!」



マリアの鋭い声を聞いて前方に注意を戻すと、凄まじい悪のオーラが感じ取れました。


当然、魔王のオーラです。


魔王の風貌は、悪の権化そのものといったようでした。


頭からは闘牛のようなツノが生え、太い首から肩にかけて強靭な筋肉に覆われ、丸太のように太い腕に鉄筋コンクリートのごとく厚い胴体、そしてそこから伸びる脚は筋肉質でありながらも俊敏性にこと欠かなそうなしなやかさを保っており、そして足先には俺の上履きが…………………は?



「フハハハハハ!よくぞ来た勇者の一行よ!!」



え、待って?なんで??何故魔王が上履きを?



「ここまで我が軍の進行をことごとく妨げてきた恨みを晴らす時が来たようだなァ!!」



そもそもあの上履きって確か俺と一緒に異世界に飛ばされて来てそのあと売り物になったハズなのに…



「思えば最初に我が娘ティナがやられたと聞いた時は自分の耳を疑ったものだが…」



いや、そもそも魔王が上履きってなんか能力値とか下がってそうで実はチャンスなんじゃ



「おい聞いているのか貴様ァ!!!」



え、あ、はい。全然聞いてませんでした。



「チッ…ふざけた輩だ……」



魔王は腹立たしげに呟くと、右足を前に出し、状態を低く構え前傾姿勢をとった。



「2人とも気ぃつけろ…来るぞ!」



ボブが叫ぶ。

瞬間、魔王が跳んだ。

目にも止まらぬ速さで自分との距離をぐっと縮めそのまま渾身のラリアットを叩き込んでくる。



「うおっ!?」



危ない。ギリギリ回避が間に合いました。

それにしてもなんという跳躍力でしょう。



「へへっ、脚がご自慢みたいだな魔王サマ!…なら、これでどうだッ!!」



魔術師であるボブが詠唱を唱えると、魔王の部屋の床、壁、天井が青い光に包まれました。

コレはボブが得意とするフィールド制圧魔法の1つで、場をガラスのような素材に変えて滑りやすくし、敵の移動を阻害するというとてつもなく地味な嫌がらせ技です。

因みにですが、たまに味方も滑ります。


しかし魔王はそんなフィールドはどうでもいいと言わんばかりに疾走し続けました。

減速する予兆はどこにも見られません。



「な、なんで滑らねぇんだよ!?」



ボブが驚いています。

しかし魔王が滑らないのは当然なのです。

何せ彼は今、まだ頭の重い小学校低学年の子供たちが転ぶのを少しでも防ごうと開発されたアンチスリップシューズ「上履き」を履いているのですから。



「フハハハ!!良い魔法だ!!だがそんなもの、我には通用せぬ!!」



そのことを知ってか知らずか高笑いする魔王。

まさか異世界戦闘で上履きがここまで活躍するとは思ってもみませんでした。

メイドインチャイナ。侮れぬ。



「まずは魔術師、貴様から葬り去ってやろう…!」



言うと魔王は部屋の天井に届くくらいにまで跳躍し、足先に魔力を集約して蹴りの姿勢をとりました。



「へっ…!そう簡単には死なねぇよ!!空中に跳んだことを後悔するが良いぜ魔王サマ!!」



どうやら空中にいる魔王を撃ち落とすつもりらしいボブ。

右手に魔力を集中させ、バチバチと電光を放つ雷球を生み出しました。


瞬間、嫌な予感が僕の脳をよぎりました。



「待てボブ!雷はダメだっ!!」


「喰らえ魔王!《超電磁光線(ライトニングビ〜ム)》!!」



僕の制止を聞かずに雷魔法を放つボブ。

それを見てギョッとする魔王。

誰の目にも、魔王が撃ち落とされる未来が見えたことでしょう。ええ。

しかし何故か、僕だけはその未来が一切見えませんでした。



……雷が、魔王の足の裏で受け止められました。



キョトンとする魔王。

思考が停止するボブ。

頭をかかえるタナカ


そして魔王の蹴りはそのまま無防備で制止していたボブを襲いました。



ドゴオオオオオオオオオン!!!!!!



爆音。床が抜けるんじゃないかと思うような蹴りがボブの身体にクリーンヒット。

彼の身体は木っ端微塵に吹き飛びました。



「ボブぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!!!」



叫びましたが、もう遅い。

3年間一緒に旅をしてきたボブがまさか、僕が3年前に履いていた上履きに殺されるなんて、なんて酷い世の中でしょう。

哀れボブは魔王が上履きを履いていたがために命を落としたのです。



「なんなのあのクツは!!まるで雷を吸い取ったかのように見えたわ!!」



マリアが驚きの声を上げる。

ボブは死んでしまいましたが、彼女も犠牲になることだけは避けなければいけません。



「マリア、良いかよく聞け。あのクツは3年前、僕が君たちに出会う前に履いていたクツだ」


「えっ」



マリアが驚いたようにこっちを見ました。



「何故あなたの靴を魔王が履いているの!?」



当然といえば当然の疑問です。しかしその答えは…



「……さっぱりわからない」



そりゃそうでしょう。魔王が上履き履いてるなんて誰が考えますか普通。



「そ、それじゃあ、あなたはどうしてあんな高性能なクツを手放したの!?」


「え?えーと…たしか……もう履くことはないなと思ったからコンビニのゴミ箱に捨てたんだった…かな」


「捨てたッ!??」



マリアが信じられないといった声を上げました。



「でも、じゃああのクツはタナカが履いていたものと同種類の、別のクツってことよね?」


「……いや、アレはたぶん、この世界に1つしかないですね…うん」


「なんで捨てたのよ!!??」



さらに信じられなそうな声を上げるマリア。

ですが僕が1番信じられないのは上履きごときに窮地に追いやられているこの状況です。



「ま、まぁ、そんなことは今はどうでもいい。とにかくあのクツだが、靴底は雷効かないし、下手したら水属性の魔法とかも弾かれるかもしれないが、単純な物理攻撃は普通に通るハズだ。だから、俺があのクツをぶった斬る!マリアは支援を頼む!!」


「嫌よ!!」



…………え?今なんて??


僕、けっこー的確なこと的確に言ったつもりなんですが…?



「ボブが死んで、2人だけで魔王に勝てるハズない」



言うとマリアは自分の足元に魔法陣を展開しました。

その魔法陣には僕も見覚えがありました。

アレはたしか、緊急脱出用の《瞬間移動(テレポート)》の魔法陣です。



「いや待てマリア…確かにボブがいないのは辛い状況ではあるが、だからといって僕たちが撤退するワケには……」


「うるさい!そもそもあなたがあのクツを捨ててなければボブは死ななかったんじゃない!!」



た、確かにーーーーーっ!!??



「い、いや待てマリア!!上履きを捨てたことはちゃんとボブの墓の前で謝るから…」


「知らない!!やるなら1人で頑張って!!」



…と、言い残し、マリアはビュンとどこかへ飛んで行きました。


後に残ったのは、僕と魔王のみ。



「ほぅ?1人で戦うというのか?勇ましいな」



魔王はこちらを見てクククと笑いました。

確かに苦しい状況です。でも、勝ち目がないわけじゃない。

僕は聖剣グロウバードの剣先を魔王に向けました。



「あまり僕を舐めるなよ。これでも聖剣の勇者なんだ。1人でもお前を倒し切ってみせる!!」


「!……そうか。できるものならやってみろ!!」



言うや否や、僕たちは同じタイミングで床を蹴り、突進を開始しました。

1対1戦闘では初発が重要。この突進を制した方が戦いの流れを握る。


速度は魔王の方が上。しかしこちらも突進中なら相手との体感速度は変わらない。

だから衝突時は動体視力の勝負になる。


そう考えた僕は衝突の直前に体制を低くし足を前に出して急ブレーキ。

魔王のラリアットを空振りさせる作戦に出ました。


予想通り、魔王は勢いそのままにラリアットをかましてきました。

なので僕は低姿勢を保って魔王の剛腕を避けつつ、下から返しの1撃を浴びせ………



ツルっ



嫌な感覚が身体を襲いました。


そういえば、現在この部屋の床はガラス質になっていたような……

そんな部屋で無理な体制をしたらそりゃあ転びますよね。





……上履きでも、履いていない限り。





転倒した僕は頭を撃ち、全身が麻痺スタン


かろうじて開いていた両目が最期に捉えたのは、ボブにとどめを刺した蹴りと同じ、強大な魔力を纏った僕の上履きでした。



コンビニに捨てた上履きが、巡り巡って自分のことを踏み潰しに来る。


みなさんも、こんな最期を迎えたくなかったら、学生時代の上履きは、大切に保管してあげて下さい。




異世界上履き放浪記 ーーー完


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