上履きの行方
さて、グスコーが上履きを売るために適当な店を探しているころ、正門ではある事件が発生しており、混乱状態にあった。
「おい!あの禍々しい瘴気を纏った集団、悪魔や魔物たちの軍勢じゃないか!?」
「馬鹿な、それにしては数が少ない…」
「…いや、もしかしたら我が軍の防衛ラインをバレずに超えるため、少数精鋭で部隊を編成したのでは…」
「なんだって!?それじゃあ見張り部隊はアレに気づいてないってのか!??そりゃあ一大事だ!早くなんとかしなければ!!班長、指示を!!」
「…………あれ?班長ー?」
「グスコー班長、どこですかぁーー??」
そう。金に目がくらんで仕事のことなどすっかり忘れてしまったグスコーの不在中に、総勢80匹ほどの悪魔や魔族の部隊が奇襲を仕掛けて来たのだ。
そのせいで司令塔のいない正門門番担当グスコー班総勢7名は大混乱。
中枢機関への報告も忘れ、ただただ仲間内でどう対応すればいいかを言い争っていたのであった…。
□■□
一方そのころグスコーは。
「……!!」
都を取り囲む城壁上(それも、丁度正門の真上あたり)から、危険を知らせる狼煙が上がっているのを見て、顔が真っ青になっていた。
位置的情報から察するに、あの狼煙は門番担当の自分の班ではなく、城壁上で見張りをしていた他の班から発せられたものだろう。つまり、その班はなんらかの危険が差し迫っていることを正常に察知し、その危険を訓練通りに都中に伝えることができたのだ。
これは賞賛すべき事実である。
ならば、自分の班はどうなのか。
……考えたグスコーは、言い知れぬ焦りと恐怖感に襲われた。
現在正門には司令塔である自分はいない。その状況下で部下たちは冷静な対応ができているだろうか。
ケースにもよるが、例えば外敵がこの都に攻めてきた場合などは速やかに閉門し、万が一門が破られた場合に備えて武装して待機するのが門番の役目である。
何も難しいことはない。きっとあの部下たちなら大丈夫なはず……
だがしかし、不安は拭えない。急ぐ足でそのまま門に直行すると…
「……ッ」
案の定というか、悪い予感が的中したというか、門は1ミリも動いていなかった。
「お前らっ!!何をやっているんだ、早く門を閉じろっっ!!」
グスコーが部下たちの所へ走り寄り、檄を飛ばす。
しかしそれを受けて部下たちは
「あっ!班長てめぇ!!この緊急時にどこいってやがった!!」
「おかげで状況は総崩れだよクソ上司!!早くなんとかしろよっっ!!!」
「いやいい、あんな上司に任せるより俺たちだけでなんとか……」
まさかの逆ギレ。
いや、言ってることは正しいと言えば正しいのだがもはや冷静さを欠片も感じないまである。
その証拠に未だに門はピクリとも動いていない。
「チッ…」
グスコーは舌打ちすると、門の左側に設置されている開閉機のレバーを自らの手で引いた。
開閉機は門の左右に1つづつ設置されており、本来はそれらを同時に引くのだが、部下が使い物にならない以上仕方ない。
タイミングはずれるが自分1人でレバーを2つ引くしかない。
そう考えたグスコーは左側のレバーが閉門状態で固定されたことを確認するとすぐに門の逆サイドに向かって走り出した。
早く、早く門を閉めなければ…!
その思いが彼の足を動かした。
……しかし、それでもやはり混乱していたのだろうか、足ばかり動かしていたグスコーは、頭が全く動いていなかった。
そう。どんな危険がどの程度近づいてきているのか部下たちから聞き出していなかったのだ。
故にグスコーは気づけなかった。
左側から右側へ、門の前を横切ろうとしたのと同じタイミングで、悪魔の軍勢が正門へとたどり着いたことに。
「……!?」
悪魔たちの禍々しい瘴気が、グスコーとその部下たちを呑み込んだ。
最期を悟ったグスコーは、未だに懐に抱えていた上履きをぎゅっと握りしめ、金に目が眩んでしまった自分の愚かさを呪った…。
□■□
「撤退撤退!!」
「俺たちにゃ奇襲のほかに敵領地に関する情報を本陣に届ける仕事も残ってんだ、全滅する前に引くぞ!」
正門の襲撃から僅か7分。
悪魔の軍勢は早々に撤退を始めていた。
とはいってもこの7分の間に正門の破壊や敵兵士の練度、武器の確認等、やることは全て済んでいる。
つまり、悪魔たちにとってこれは完全に勝ち戦なのであった。
しかしこの中にひとり「せっかく勝ち戦なのになにも戦利品を得られないのはもったいない」と考える悪魔の少女がいた。
彼女の名はティナ。この世界の征服を目論む魔王の実の娘であり、自分が欲しいと感じたものはなんでも手に入れないと気が済まないわがままっ娘である。
故に彼女は部下たちと共に撤退しながらも、何か珍しいものはないかと周囲に気を配っていた。
「ティナ様!!戦利品なんざこんなところに転がっちゃいませんて、早く逃げましょ、ね?」
「いやーまだまだもーちょっと。も少し探させてよ。お父様のお土産にもなるしさ」
部下が止めるのも聞かずに戦利品探しを続けるティナ。しかし中々良いものは見つからず、ついには正門にまで戻ってきてしまった。
「ええーーーっ!?もう正門ー!?つまんな!なにもなかったじゃん!!」
「ま、まぁティナ様、戦利品はまた今度取りに来れば良いではないですか」
「今度なんて待てないよ!」
ティナの我儘は止まらないとうとう部下たちは困ってしまった。
もし仮にこんなことでティナ様が撤退をやめ、敵方の捕虜になってしまったりしたらと思うと恐ろしくなってしまう。
何かティナ様を説得する術はないか。
考えた部下は辺りを必死に見渡し、1人の人間の遺体が1組のクツをぎゅっと握りしめているのを見つけた。
部下は、とりあえずそのクツをひったくり、ティナに見せ、言った。
「ほ、ほらティナ様!!珍しいクツですぁ!!きっと高級品かなんかですぜ!!これを戦利品にしましょ、ね?」
「えー…ぼろぼろだなぁ」
ティナは一瞬顔を顰めたが、そのクツは珍しいものであることは一目でわかったようだった。
故に、数秒だけ迷った後…
「まぁいっか。それもってかーえろ」
そういって部下から上履きをひったくり、正門の外へと出て行った。
部下はほっと、安堵した。
こうして上履きは魔王の娘の手に渡った。
果たして上履きはどうなってしまうのか。
つづく