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上履きの洗濯

さてさて犬兄弟から上履きを騙し取ることに成功したゲオルク爺は、その日の夜からクリーニング作業にとりかかることにした。

しかし上履きを綺麗にするのはいかなベテラン靴職人とて、異世界人にとって大変難しいことである。


それは何故か。答えは上履きが何でできているかわからないためである。


布製なら水洗いで洗濯できるが、革製だと水で洗うと痛んでしまう。それに、高級品の中には布製でも水洗いできない物も多いと聞く。

故にゲオルクはまず水洗いという選択肢を完全に捨て去った。



…余談だがPVC製の上履きは水洗い可能である。



次にゲオルクが考えたのは、革靴のように磨いてみるということである。

しかし見たところ上履きは革靴と違い硬い素材でできてはいない。……いや、靴底(ゴムの部分)に関して言えば確かに硬い…と言い切れなくもない部分もないこともないが…………まぁ、とにかく磨いて光るような代物ではないということは判別できた。

故にゲオルクはこの選択肢も捨てることとした。



……余談だが洗剤をつければ磨くだけでもちゃんと汚れは落ちる。



では残った選択肢は何か。

最終的にゲオルクが取り出したのは革靴の脱臭に用いるハーブである。

このハーブを靴の中に入れてしばらく放置することにより、靴に染み付いた匂いが取れるのだ。


要するに異世界版ファ◯リーズである。


ゲオルクは汚れを取り除くことを早々に諦め、せめて脱臭だけでもとこのハーブを上履きの中に入れ、そのまま一晩放置した。


そして翌朝。

上履きに染み付いていた田中の汗の臭いは完全に除去されていた。


その当然といえば当然である結果に、40年来の靴職人は人知れずガッツポーズを決めた。


□■□


「…てなワケで苦労して脱臭したんじゃ。高く買い取れ」


「イヤおじさんどこも苦労してないでしょそれ」


というわけでゲオルクがやって来たのは隣町に住む彼の姪、コルリが営む町の質屋である。


コルリは16という若さでこの店を立上げ、それから3年かけて立派な店主へと成長した。

今ではコルリの質屋は町に欠かせない重要な商店となっている。


そんな立派な姪を訪ねた詐欺師もといゲオルクは、可愛い姪にあったというのにも関わらず早速商談を始めていた。


「ま、まぁ確かに苦労はしとらんかもしれんが…どちらにしろこのクツが希少な物であることに間違いはない!だから高値で買い取ってもらえんか?」


「どうかなー。おじさんへーきで嘘つくし」


対してコルリは生粋の商店主。客の良し悪しを見分ける目も持っていた。


「そもそもそのクツ、どうやって手に入れたの?」


「拾った」


「誰が?」


「…………………ワシ…が」


「どうして目を逸らすの」


コルリが指摘するとゲオルクはゔっと唸ると観念したかのようにため息をついた。


「……ワシの工房の近くに住んどる小僧どもが持ち込んで来たんじゃよ」


「ほんとかなー」


「ほんとじゃって!!」


事実を言っても尚姪に疑われるゲオルク。

哀れである。

まぁ、犬兄弟から上履きを騙し取ったことを隠しながら説明している時点で救いようはないのだが。


コルリは眉間を抑えつつしばらくうーんと唸っていたが、突然「あっ」と何か閃いたように顔を上げた。


「どうした?」


ゲオルクが問うとコルリはにっと笑い、そして商談に入る。


「このクツ、とりあえず10万Gで買ってあげるよ」


「なに!?いいのか!!」


予想外の高額定時にゲオルクが食いつく。しかしコルリはそれをまぁまぁと手で制し、話を続ける。


「ただし、1つだけ条件があります」


「何?条件??」


ゲオルクが首をかしげるのを無視し、コルリは一度店の奥に入り、暫くしてから1人の男を連れてきた。

酷く窶れた男だった。


「この男の人、昨日の昼頃店にやって来たんだけど、どうやらここがどこだかわからないみたいで慌ててるし、説明しようにも言葉が通じなくて無理だしで色々苦労しててね…」


窶れ男の肩を叩きながら遠い目をして話すコルリ。

しかしゲオルクの興味は男ではなく10万Gの方にあった。故にゲオルクは商談を進める。


「それで、条件ってのは何だ。その男が関係してんのか?」


「おっ、察しがいいね。そのとーりそのとーり!関係大アリ!むしろこの条件の核と言えるね!」


「前置きはいい。早く本題に入れ」


「あーはい。えーと、私が10万Gと引き換えに出したい条件ってーのは…」


コルリは、その顔に満面の笑みを貼り付けて、こう言った。




「この人、おじさんの工房で預かってよ」




「…………は?」


ゲオルクにしては珍しく間の抜けた声が出た。


「いやね?私も基本良い人だからこーいう困ってる人見かけると助けてあげたくなっちゃうんだけど、私オンナだし。1人暮らしだし。男の人何日も泊めてあげたりなんてできないからねー。かといって見捨てるのは可哀想だし、おじさんならちょうどいいじゃん?」


「……いや、ちょうどいいって」


「10万G」


「………………」


ゲオルクの心が揺れた。


「………わかった。その男を預かればいいんだな?」


「やったー商談成立☆おじさんやっぱ話わかるー!」


コルリはいぇーい!とゲオルクにハイタッチを要求。それを華麗に無視したゲオルクはここで初めて男の方を見た。


男は高価そうな革靴に、これまた高価そうな布製の黒服を纏い、疲れのためか窶れてはいるが基本的に綺麗な(整ったとは言えないが)顔をしていた。


なんだかもぞもぞしているその男を見て、ゲオルクは大きくため息をついた。


「なんだ。根性なさそーな男だなぁ…コルリ、言葉が通じないっつってたが、名前もわからんのか?」


「あ、名前だけは頑張って聞き出せたよ」


ハイタッチを無視されたコルリだがそんなことはなかったかのように笑顔で質問に答えた。





「タナカさんって言うんだって!変な名前だよね!」






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