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上履きの鑑定

 結論から言うと、上履きが拾われるまでにそう時間はかからなかった。


「にーちゃん。クツが落ちてるよ?」


「ほんとだ。古くなって捨てられたのかな」


 拾い主は犬耳に尻尾を持った獣人の兄弟で、兄の名はアズ、弟の名はオズという。

 犬系の獣人は嗅覚が鋭いため、どうやら田中の汗を吸いこんだ上履きが放つ異臭を嗅ぎ取ってこれを発見したようだ。


「でもこのクツ、なんかヘンだな」


 上履きを摘み上げたアズが言った。

 それを聞いたオズは首を傾げる。


「?……ヘンって?」


 因みにこの世界の一般的な靴は動物の皮もしくは布を足の形に合わせて抜うことで作られ、革製はローファー、布製は足袋のように履くのが一般的である。

 しかしこの上履きはポリ塩化ビニル製。アズが変に感じるのも当然である。


「布っぽい質感だけど、それにしては丈夫そうだし」


 当然である。ポリ塩化ビニルなのだから。


「あと、靴底だけ違う素材使われてるみたいだし」


 当然である。滑り止めにはゴムが最適なのだから。


「もしかしたら高級品かもしれないぞ」


 それは違う。ただの大量生産品(Made in China)である。


「よしオズ。ちょっと売りに行ってみるぞ」


「わかった!にーちゃん!」


 …まぁ、異世界人にそんなことがわかる筈もなく、犬耳の兄弟は仲良く拾い物を売りに商店街へと向かって行った。


 □■□


「なんだ小僧共!中古品じゃねぇか!!」


 怒声を上げたのは町の靴職人ゲオルク

 御歳67のベテランだ。


「でもな靴屋のじーちゃん。それ、珍しいモンだと思うんだ」


 オズが言うと、ゲオルクは一旦は「あん?」と不機嫌そうな反応を見せたものの、少し考えた後老眼鏡を取り出しじっくりと上履きを観察し始めた。


「成る程……。縫い目が目立たんようになっとるし、素材も何を使っとるのか全く分からん」


「じゃあ、高値で買い取ってくれるのか!?」


 ゲオルクが見せた好反応に、アズが食いついた。


「まあまて」


 しかしゲオルクはそれを手で制すると、アズとオズに向き直り、真面目な顔でこう言った。


「ワシが靴を作り始めてから、もう40年以上経っている。お前たちにはまだ分からんかもしれんが…人間、これだけ長い間靴と向き合っていると、『靴の声』が聞こえるようになってくるモンでなぁ」


「『靴の声』?」


 聞きなれない単語にアズが反応する。


「そう『靴の声』だ。今からワシがこのクツに、『お前はいつ、どこで、何から作られたのか』と尋ねてみよう。このクツの値段はその結果次第で決める」


「へー!じーちゃんすげー!!」


 オズが目をキラキラさせながら左右に元気よく尻尾を振った。




 確かにそれが本当なら凄いことだ。上履きの田中に対する愚痴や文句を聞いてあげることもできよう。

 どれ、試しに私も聞いてみようか。


 もしもし上履きさん。もし宜しければ、あなたの御心お聞かせ下さい。


 ……………………………

 ………………………………………………………


 …返事がない。ただの合成高分子化合物のようだ。




「では早速尋ねてみるとしよう」


 言うとゲオルクは二足を両手で掴み、まるで手ですくった水を飲むかのように、ゆっくりと顔を上履きに近づけた。


「靴よ靴。其方は何時何処に何から生まれたのか。私めにお教えくだされ…」


 ゲオルクが唱えると、アズとオズはその気迫に押され、ゴクリと唾を飲んだ。


 ゲオルクは両目を見開き身体をわなわなと震わせ全身に力を込めると…


「ぬぅぅぅ………………ふんっ!」


 自分の両耳に上履きを押し付けた。


「おおっ!」


 オズが尻尾を左右に振り回した。


「お…お?」


 アズの尻尾はやや引きつっているように見えた。


 ゲオルクはその体制のまま二、三度頷くと、ゆっくりと上履きを耳から離した。


「……………どうだった?」


 オズが興味津々と言った顔で聞くと、ゲオルクは最後に一度大きく頷き、淡々と結果を口にした。



「………………………臭い……」


 □■□


 声が聞けようが聞けなかろうがこの匂いじゃ売り物にならん。


 それがアズオズ兄弟に突きつけられた鑑定の結果であった。


 その結果を素直に受け入れ肩を落として帰って行った兄弟を見送ったゲオルクは、「ワシが捨てとく」と言って預かった上履きをじっと見つめ、下卑た笑みを浮かべていた。


「……くっくっく…馬鹿な子犬共め…こんな素材の靴は見たこともない。十中八九高級品か、または遠い地の品……つまりこの地では希少な物でどちらにしろ高級品に決まっておろう。匂いなど職人の手にかかればすぐ取れるわい」


 なんということだろう。あの素直な犬兄弟はこの老人に騙されたのだ。


「手入れが終わり次第、このクツを質屋に持っていくとしよう。…フフ……ワシが仕上げりゃ新品同然。おそらく15万Gは下らんだろうなぁ…」


 しかもどうやら中古品を新品と偽って売りにいく様子である。この男、田中にも引けを取らないレベルの外道である。


 いったい上履きはどうなってしまうのか。

 次回へ続く!!



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