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上履きの最期

上履き


それは日本に住む多くの学生が共に学校生活を送る重要なアイテムであり、履き物である。

その用途は土足禁止の建物内を歩くために履くというとてもシンプルなものであるにも関わらず、形や色など様々な種類の製品が存在している。



この上履きも、大手メーカーに生産された数多くの上履きの中の一つである。



それは、ヒールから爪先ソールにかけて靴底近くが赤のカラーゴムに覆われており、甲の部分に2cmほどのゴムテープを通してある、最も一般的なバレーシューズと呼ばれる種類に分類される上履きだった。


所有者の名は田中大輔。

つい先ほど所属していた高校の卒業式を終え、現在その帰路に就いている者である。


田中は二年生の夏頃に買ってからから約一年半の間、この上履きを履き続けてきた。

そのため上履きは全体的に薄汚れており、踵は潰れ、そこにネームペンで書かれたいたはずの「田中」の文字は既に消えかけている。

長い間男子高校生の汗を吸いこみ続けてきたそれは異臭を放ち、鞄の中に入れるのは躊躇われる代物となっていた。


しかし田中は卒業生である。上履きを持ち帰らない訳にはいかない。

そのため田中は現在、両手の指先で上履きを一足ずつつまみ上げ、嫌々ながらに持ち帰っている最中であった。


「あぁ…臭ッせぇ……なんで学校で上履き捨てて帰っちゃ駄目なんだよぉ…」


それは学校側が大量にゴミを処理しなければならなくなるリスクを排除するためにとった当然の措置であると言えるが、田中はそれを察せるほど聡くはなかった。

さらに言うと、常識的にやっていいことと悪いことの区別をつけることも苦手であった。

だがしかし、タチの悪いことに悪知恵だけはよく働いた。故に田中は思いついたのだ。


「あ、そーだ。コンビニのゴミ箱に捨てて帰ろ」


外道の極みである。

コンビニの店長殿の心中をお察ししよう。


しかし田中はそのようなことを一切気にする素振りも見せず、最寄りのコンビニへと直行し、そして幾つか並んだゴミ箱の中からあろうことかペットボトル用の物を選択しそこに上履きをねじ込んだのであった。


なんたる悪行。この上履きはPVCビニルとゴムで出来ており、言うまでもなくPETとは別物である。

これからリサイクル場に運ばれるであろうペットボトルに匂いが染み付いたらどうしてくれるのか。

それになにより、如何して一年半もの長きにわたり共に学校生活を歩んできた上履きをいとも容易く捨てられるのか。田中の正体は鬼か、悪魔か!


嗚呼哀れな上履きはこうしてその本分を全うした。

思えばこの一年半田中に何度踵を踏まれたことか。

上履きの気持ちを思えばその苦しみも少しは理解できよう。

不本意だったであろう…。悔しかったであろう…。

しかし、上履きは喋らない。

何をされても、動かないし悲鳴もあげない。

こうして健気に尽くすしかなかったのである。


この可哀想な上履きに、せめて良き最期があるように、PETとPVCは同じプラスチックとはいえ一応ゴムがくっついてる物としての意地と誇りを忘れないように、切に…切に願おう。


もしこの上履きに来世があるのなら、どうか、どうか良き持ち主に恵まれますように…と……………





………………切に…………………






………………………………切に……………………







……………………………………………………………







……………………おやぁ?






ペットボトルが………ない。


というかそもそも……ゴミ箱の中じゃ……ない。


いや………それどころか………………









…………………………日本ですら……ない。






確かに田中はペットボトル用のゴミ箱に上履きをねじ込んだはずだ。だがしかし、上履きが入ったのはゴミ箱ではなく、別の場所。


人々が剣を所持し、魔法が唱えられ、獣人が闊歩し、飛竜が空を舞う、そんな世界。


……どうやら上履きは、異世界に捨てられてしまったようである。


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