第7話 どーせオレは食わねえし
クオは「日の出の国」から「大河の国」に移住した両親から生まれた二世である。30代だが父親亡き後、グリ豆の不耕起栽培を軌道に乗せたため今や大農場主を自負している。
昔は皆が貧しかった。クオの両親は牧畜業を営んでいたが全く儲からず、嫌になるほどの貧乏だった。学校のおやつ時間になると売店で美味そうな菓子を買う友達を横目で見つつ、持参した茹でイポ芋や茹でゼア黍などをかじりながら
「いつか金持ちになって、広い家に住んで、高い車に乗って、綺麗な妻をもらうんだ!」
と心に誓っていた。そのためには汚い手を使うことも厭わない覚悟だった。
転機は20年ほど前に訪れた。グリ豆の不耕起栽培である。不耕起栽培とは収穫のあと、耕さずに次の蒔き付けをするやり方だ。経費を抑えて広い面積で栽培できる画期的な方法だった。だが、問題もあった。除草剤の多用である。
うちの畑は収穫が済んだからと除草剤を撒けば隣の畑の作物は枯れる。除草剤耐性のグリ豆ばかりならいいが、他の作物には被害が出る。
だがクオはそんな些細なことは気にかけない。今日も大型消毒機で除草剤をぶち撒いていると前方に誰か立って消毒機を止めようとしている。
(ったく、誰だよ。気づかなかったら轢いてたぞ)
クオはコンバインであろうとトラクターであろうと消毒機であろうと、ナビとオーディオとエアコンが付いていないものには乗らない。機械を止めて外に出る。
隣のメロン農家サラだった。サラは「大河の国」人の男だが農業大学を卒業しているので高卒のクオにはちょっと扱いずらい。
「こんな風の強い日に除草剤を撒くなんて、非常識でしょう。先日の合意に反しますよ」
とサラは言った。確かに近隣農家を集めての話し合いで「風の強い日に除草剤を撒かない。撒く時は事前に通知する」と合意して署名もしたが、クオは守る気などハナからなかった。
「何だよ。金が欲しけりゃやるよ。貧乏人。それで満足だろ。さっさとどけよ。轢き殺すぞ」
そう言ってサラを突き飛ばすと座席に戻り作業を続けた。
(とは言っても、金なんか払う気はないけどな。払ってたまるか金貯まらんってな)
(他人のことなんか考えてたら、出遅れちまう)
(収穫後の除草剤も面倒だな)
グリ豆もトゥリ麦もゼア黍も収穫前に枯葉剤をかけて枯らしてから収穫、その後、除草剤を散布してから蒔き付けである。
(そうだ。収穫前に除草剤も混ぜて撒けば一回で済むんじゃね?)
(どーせここで収穫したものなんか食わねえし)
(いまどき農薬を規定量で撒いてる奴いねえよな。濃ければ濃いほどよく効くもんな)
(オレは食わねえし)
(オレは食わねえし)
こうして安価な除草剤2,4ーDが作物にかけられるようになる。幸か不幸か今は臭いもなくなって、周りの住民に知られることなく撒ける。
除草剤耐性作物を植えれば表土を流さず、農薬使用量が減り、環境にも優しいと人は言う。
だが、そうだろうか。
もともとあった原生林のままなら表土など流れない。農薬も要らない。
川の淵まで耕してグリ豆を植えることが環境に良いのか。
川から直接ポンプで消毒機に水を汲み上げると一度逆流して農薬が川に流れ込むが、問題ないのだろうか。
汲み終わったあと、川に浮いた魚は誰の目にも映らないのだろうか。
クオ君の冴えた思いつき!でもみんな既にやってます。
正確にはイネ科作物は細葉用除草剤をかけてから収穫、のちに丸葉用除草剤。
マメ科作物は丸葉用除草剤をかけてから収穫、のちに細葉用除草剤、でした。
それを一緒に撒いちゃうんですね。燃料費一回分節約です。
人体への影響?
税金を取れるところに害は無し。
そんなのお約束ってやつですよ。旦那ぁ。
おっと、これはフィクションってやつですから。多分。