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第1話 神様なんていらねえ

まずは「大河の国」の先住民さんから

夏も盛りの午後、焼け付くような陽光を避けてラモは木陰に腰を下ろす。麻袋から堅焼きパンとサラミを取り出し、遅い昼食にありつく。


(年末だってえのに、俺はひとりパンとサラミか。悪くねえ。まったく悪くねえぜ)


生温いワインで喉を潤す。随分と久しぶりのアルコールが心地よい。食後は安い紙巻きタバコを楽しむ。これもまた久しぶりである。


(はあー。生き返った。そうだよ、オレは肉が食いたかったんだ。酒を飲みたかったんだ。タバコも吸いたかったんだ。それなのに。畜生、あの女ーーー)


ラモは自分が捨てて来た妻を思い浮かべたのか、口を歪める。


(偽善者の狂信者ども。勝手に酔ってろよ。ありがたい信仰とやらによ。オレは好きなもん食って地獄に堕ちるよ。豚食うな、ナマズ食うななんていう神様なんて、願い下げだ)


ワインの瓶と残ったサラミを麻袋にしまうとラモはゴロリと横になった。程よい酔いが午睡を求めていた。


ーーーーーーーーーー



ラモはここ「大河の国」で先住民と呼ばれる者たちのひとりだった。歳の頃は30そこそこ、背は低く肌は褐色で瞳も髪も黒く直毛。妻のナチャも同じ年頃で似たような容貌だった。夫婦には6歳と3歳の男児がいる。

先住民には珍しく働き者のラモは週五日と半日は地主の畑で働き、週末は家に帰ってマニ芋やファセ豆などを育てた。

ナチャはと言えば家事などろくにせず、子育ても手抜きで暇さえあれば礼拝所へ通っていた。


礼拝所とは新興宗教の伝導の拠点である。もっともナチャが入り浸っているのは礼拝をする場所ではなく、そこに隣接する神官の居住区の方だった。祈ることよりも、説教を聞くことよりも、ナチャはヴィルという名の神官の部屋を整え、世話を焼き、食事を差し入れることに心を砕いた。


5年ほど前からナチャは新興宗教にはまりだした。それまではラモと同じく地母神を拝んでいたのにある日「地べたに這いつくばって祈るなんて、野蛮」と言い出して家庭内にも新興宗教の教えを持ち込むようになった。

最初は豚肉を食べない、鱗のない魚は食べないから始まりいつの間にか食卓には肉魚はおろか卵も牛乳も並ばなくなった。おかげでラモは好物の豚の炭火焼やナマズのスープも外でしか食べられなくなった。酒もタバコも禁止された。


ナチャはだんだんとエスカレートして、披露宴などに招かれても周りの人間に「肉なんか食って」「酒がうまいか」などと言い出すようになった。もともとこの新興宗教は菜食を強制しているわけではないのに、ナチャは菜食こそが信仰の強さを示すとばかりにかたくなだった。そして栄養失調で倒れることも度々だった。


ナチャはいい。自分で選んだ信仰だ。しかし長男の3年前に比べて明らかに体の小さい次男を見るとラモは憐れに思う。こっそり干し肉などを与えることもあるがナチャに見つかれば「あんた!この子の信仰の邪魔をしないで!」と取り上げられてしまう。信仰ねえ。ラモは次男の頭を撫でる。自分にはまったく似ていない、神官の「ヴィル様」譲りの茶色とも金色ともつかないくせ毛と灰色の瞳を持つ次男の頭を、ただ愛おしそうに。


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