バスの楽しみ方
駅のバス停から私の最寄りのバス停までは、バスで45分。45分ずっと立った状態で乗るとかなりきついが、座っていてもちょっとお尻が痛くなる。電車が通っていたらもっと早く移動できるのだろうけど、最寄りに電車は通っておらず、バスという選択肢以外はない。
今日も仕事を定時に終えて、17時30分発のバスに乗ることができた。駅前のバス停は始発のバス停のため、遅れることはほとんどない。そのため、17時10分に仕事を終えて駅まで徒歩10分かかる私は、毎日バスに間に合うかどうか仕事が終わる前から緊張する。30分に乗れないと次のバスは1時間後の18時30分、駅の周りに百貨店やショッピングセンターが充実しているといえども、毎日寄り道をするには物足りなく、金銭的にも余裕がない。毎日がバスに乗れるかどうか勝負であり、バスに乗った瞬間は何かを達成したような充実感を感じる。
バスの一番前の右端、一番前が座れなかったら前から二番目の右端、右側の前の方の席が私の定位置だ。今日は一番前の右端に座れたので、バスに乗れた上に定位置にも座れてとても満足している。席に座ってからは、携帯をチェックして返信し忘れているメールがないか確認する。その後に今どんなことが起きているのかニュースやSNSを見て、用が済んだら携帯は鞄にしまう。そこからは、バスからの景色や人の観察をするのが毎日の楽しみだ。
駅前は人も多く賑やかだが、バスで10分も進めばマンションが建ち並ぶ住宅街になる。駅前は人が忙しそうにせかせかと歩いていたのに、住宅街になると歩道を走っていく子供達やそれを見守る親達、どこか時間が止まっているかのようにゆっくりした空気が流れている。あっ、あの子は昨日歩道でこけて大泣きしていた子だ、けがは大丈夫だったのかな?と、毎日景色を眺めていたら自分の中で知り合いが増えていくのも楽しみの1つだ。
駅から20分程進むと、高い建物は少なくなり、一軒家や昔ながらの商店が並ぶ。駅前では見ることができなかった大空、人が少ない景色にどこか懐かしい雰囲気がある。
駅から30分も経てば、住宅街の間にも緑が増えてくる。家と家の感覚も空いてきて、毎日バスから同じ景色を眺めているといえども、この辺りは人がほとんど見当たらない。
そして、駅から45分。やっと私の最寄りのバス停に着いた。バスを降りる時には、今日も安全運転をしてくれて「ありがとうございます」と心を込めて運転手に言って降りる。例え、返事もない無愛想な運転手であっても感謝する気持ちは忘れないようにしている。
バス停からは徒歩3分。今日も仕事疲れたな、ゆっくり休もう。そう思いながら家のドアを開けた。
「ただいまー」
返事はない。玄関の奥に進むと、口が少し開いた状態でじっと私を見ている彼がいた。
「なんでここに帰ってきたの?」
「なんで?」
「俺たち、別れたでしょ?」
「…何言ってるの?」
「先週の木曜に別れたじゃん。」
「…。」
「金曜も何もなかったかのように帰ってきてさ、もうバスがないからって、今日だけだって言って泊めたけど。なんでまた来るの!?」
「なんで?だって、ここは私の家…」
「君の家じゃないよ、俺の家だよ!!もう来るなって言っただろ!!」
「…でももうバスがないから。」