兄と弟Ⅶ
「次は着替えだ。さぁ、服を脱いでもらおうか」
カミルの言葉に頷くテオ。服や鎧を着こなすことは、重要なステータスだ。場の空気に溶け込みつつ、その上で相手の興味を引く。これができて初めてスタートライン。貴族とはそういう世界なのだ。
テオもその重要性は理解しており、言われるままに服を脱いで――
「って! 胸! あと下半身も!」
自分の体が女性であることを思い出す。
ほっそりとしたうなじと肩は緩やかな曲線を描き、流れる滝のように亜麻色の髪の毛が揺れる。
ふくよかに揺れる胸は、まるで風船のよう。体を動かすたびにその存在を強く感じとることができる。動きを押さえるために触れれば、水のように柔らかく、しかし押せば返す弾力を持っている。
腹部から下半身にかけて収縮し、そして広がっていく。陶磁の如く白い肌が描くそのラインはまさに一つの美。そこから膨れた臀部が、女性という美しさを強調するように大きくなっていた。
そこから伸びる足は、細く折れてしまいそうなか細さ。見るだけで柔らかさを伝えてくるその形。穢れなき乙女を象徴するように、そこには一点の曇りもない。
「何をいまさら。とりあえず下着からだ」
「いや、兄さん! 少し待って! これは……予想以上に厳しい……」
顔を赤らめうずくまるテオ。彼も男の子。女性の体に興味がないとは言わない。
だが、自分が女性の体になるのはまた別の恥ずかしさがあった。具体的には自分の体を直視して、そのまま自分で触れてしまいたい衝動。それを必死に抑え込む。
「何度も言うが時間はない。始めるぞ」
「ひゃああああ」
「まずは上からだ。胸の形を崩さないように――」
「……っ! 待って兄さん、直接触られると……っ!」
「暴れるな。次は下だな」
「ストップ! 自分で、自分で着替えるから!」
何かの危機を感じ、兄の着付けを止める。肩で息をしながら女性の下着を手にした。その形状をまじまじと眺め、
「……小さくない?」
「いや、標準的なサイズだ。色は清楚な物を中心にそろえてある」
「なんでカミル兄さんは男なのにそういうのに詳しいの……?」
「男だから女性のそういうのに詳しいんだが?」
あ、はい。それ以上質問することをやめるテオ。貴族の世を渡るうえで、そういうことも必要なのだろう。
スカーフ二枚に満たない布の面積の下着。いろいろ諦めてそれを身につける。足をあげて穴に通し、ゆっくりと引き上げる。
(うわ……これが女性の下着の感覚……)
当たり前だが初めて着用する下着の感覚に、テオはむずがゆいものを感じた。男性以上に密着する下着。その薄さと覆っている面積の小ささに不安を感じる。
「次はコルセット。そして――」
大きな胸をコルセットで締め付ける。圧迫する胸の感覚。それが奇妙な気分を想起させる。敏感な神経の一部を強く押される。冷たいコルセットの感覚が胸への意識をさらに強めていく。
上着をコルセットを隠すように着る。背中の編み紐を緩く交差させ、袖を通す。その後にひもを引っ張り上着を閉めた。最後に背中で紐を蝶々結びにする。背中がひどくスースーする。
そしてスカート。動いてみて初めて下半身に風が入るのを感じる。外で大きな風が吹けば、確かにいろいろ晒されてしまいそうな……。
そして色々アクセサリをつけられる。髪留め、ネックレス、そして通信の指輪。
「よし。これで完成だ」
「……うう、複雑な気分……」
鏡の前に立つテオ。その鏡には美しい女性の姿が映っていた。その美しさに見とれると同時、男としての尊顔が崩れていく。
だが、我慢だ。この程度我慢しなくては。これも世界の為――
「これが宮廷内の格好だ。次は普段着」
「……え? まだあるの……?」
「当たり前だ。騎士の礼服に鎧の着方、寝姿……。言っただろう? 時間がないと」
「うわあああん! もうやだあああ!」
斯様な地獄の訓練は終わりをつげ、テオは青螺旋騎士団として活動する。
だが、訓練の方がまだマシだったということを知るのは、この後である。