兄と弟Ⅵ
(新しい団長ができれば、男に戻れる……)
その言葉に、レオはやる気を見出す。ゴールが見えればそこに向かうという希望が生まれる。
次に見せられたのはイリーネが所属する騎士団の書類だ。
「団員は三名だ。ハンナ・レーナルト騎士、シャーロット・ナイゼル准騎士、ノエミ・ベイロン准騎士。テオ、お前は彼女たちの上に立つ騎士長の階級だ」
騎士団は縦社会である。軍務の最高階級である『王』から『将軍』『騎士長』『騎士』『准騎士』『従士』までの六段階に分かれる。イリーネの年齢で騎士長になれたのは、異例中の異例。例を見ない最短記録だ。
その偉業は素直に驚くべきところだが、テオの関心は別の所にあった。
「ハンナ……あれ? ハンナも騎士団にいるの?」
「ああ。レーナルト家とは懇意にしていたからな。何度かあったことがあったか」
頷くテオ。
ゲブハルト家とレーナルト家は遠い親族で、夏になればレーナルト家に遊びに言った記憶がある。そこで知り合ったのがハンナだ。
「懐かしいなぁ。よくあそこの湖で遊んだっけ」
「今となってはその地も魔族の毒に侵されているのだがな」
「う……あれ? じゃあ今ハンナの家は……」
「残念だがレーナルト領は魔族の支配権内だ。彼女はその地を取り戻すために青螺旋騎士団に参加している」
じくり、と胸に重いものが広がる。子供の頃の思い出が魔族に汚されたこともあるが、幼きころ遊んだ友人の家にそんなことが起きていたなんて。
「そんなことを知らずにボクは……魔術学園で……」
「『私は』だ。イリーネには伝えていたみたいだからな。それでお前に伝わったのだと思ったのかもしれない」
「……だとすれば、どうしてイリーネ姉さんは……」
「――彼女の役割はユニコーンに乗ることではなく、探査魔法などを使った情報収集とその伝達だ。騎士団内では副官的な位置にいる」
沈むテオの気持ちを無視するように話を進めるカミル。時間は多くないのだ。
「次はナイゼル准騎士。彼女はイリーネに次ぐ槍の使い手だ。商人出身の出だが、その腕は確かだ」
「商人出身?」
「ああ、準貴族……『金で地位を買った』家だ」
カミルはつまらないとばかりに肩をすくめた。
貴族とは基本世襲制である。つまり、貴族の子は貴族。平民の子は平民。貴族から没落することはあっても、平民が貴族になることはない。――唯一の例外を除いて。
その例外とは国に一定以上の資金を寄付することである。そうすることにより、その一代だけ貴族を名乗ることができる。逆に言えばそうしなければ、平民はどれだけ実力があっても騎士団には入れないのだ。
徴兵される兵士としてどれだけ活躍しても、その手柄は部隊長やその上の騎士が持っていく。平民の身分ではどれだけ頑張っても上に上がることができないのが現状だ。
「彼女の役割はイリーネと共に敵陣に突撃することだ。沼を浄化するためにはそこに巣食う魔族を駆逐する事でもある。その為には彼女の戦闘力は有効に使わなくてはな」
使う、という言葉に嫌悪感を感じるテオ。だがそれを感じ取ったのか、カミルは変わらぬ口調で話をつづけた。
「そんな顔をするな。騎士団を率いる以上は、ある程度覚悟が必要だ。部下をコマのように使ってでも勝たなくてはいけないからな」
「それは……そうだけど」
「『そうですけど』だ」
最後に、とカミルは書類をめくる。送付されているのは豪華な鎧と盾を持つ女性の絵。
「ノエミ・ベイロン准騎士。ベイロン家の長女だ」
「ベイロン……ってベイロン財務大臣の?」
「ああ。その娘だ。何を考えて騎士団入りしたのかよくわからないが」
唸るカミル。それは当然の反応だった。
大臣の長女となれば、何もしなくても優雅な生活が待っている。将来は相応の身分を持つ男性と結婚するのが彼女達の常識だ。その立場を捨てて騎士団に入り、危険に身を晒す理由は全くない。
「彼女の役割は防御役だ。魔族の攻撃をひきつけて受け止める。回復魔術の知識もあるらしい。存分に盾として使ってくれ」
「…………」
不満を喉で留めるテオ。これが戦いなのだと頭の中で理解して、しかし納得できない。そんな表情だ。
だが、そんな不安もカミルの次の言葉で吹き飛んだ。
「次は着替えだ。服や鎧の着付け方。さぁ服を脱いでもらおうか」