『貴方の強さは知っています』
ユニコーンの到来により、周囲の空気が浄化される。祖手に伴い、ハンナの呼吸が少しずつ楽になっていく。
肺一杯に空気を吸い込めば、少しずつ力が戻ってくる。毒霧で汚染された肉体もすぐに回復し、魔法を使うことができるようになるだろう。
(助けに来てくれたのは嬉しいけど……)
だが、事態が好転したわけではない。
魔族と人間の戦闘力の差は歴然。ましてやこちらは武装を持たない状態なのだ。真正面から戦って勝てる見込みはない。ユニコーン自体がそれなりの戦闘力を有しているが、それとて魔族に遠く及ばないのは明白だ。
それでも躊躇なく助けに来たという事は、何かあるのだろうか……?
ハンナの立ち位置から、イリーネの表情は見えない。だが、堂々と立つ姿は盾の如く。安心感を感じさせる。
睨みあう二人。沈黙に耐えきれなかったのか、ヒデキが先に口を開く。
「ふひひ! 武器もない槍使いに何ができるんだろうねぇ? このヒデキ様の強さは知っているはずだろう?」
「そうですね。貴方の強さは知っています」
問うヒデキに堂々と返すテオ。真っ直ぐに背を伸ばし、相手から目をそらさずに。ハンナを守るような立ち位置で、堂々と対応していた。
だがその内心はというと、
(死ぬ! 『予測』が外れてたら、ハンナとボクは死ぬ! ……怖いなぁ……)
死の恐怖におびえ、体の震えを必死に隠していた。
ハンナの推測は正しい。力の差は歴然で、ヒデキが襲い掛かってくれば何もできずに捕らわれることになる。テオの戦闘能力は一般の兵士にも劣るのだ。それが武器も持たずに魔族に挑めば、その結果は明白だ。それはテオ自身がよく理解している。
打算的な事を言えば、ハンナを見捨ててもよかったのだ。
ハンナ自身も言っていたが、青螺旋騎士団としてはハンナの存在は『戦闘や浄化以外の担当』である。言ってしまえば、代わりになる人間は探せばいる。究極的な事を言えば、青螺旋騎士団において最重要なのは『ユニコーン』なのだ。乗り手さえも替えが効く。
だが、テオは魔族とハンナの間に割って入った。
騎士団的にはユニコーンというチップを支払い、一個人としては人生というチップを払い。
『怒りで表情が静かになる』という状態をキープしながら、思考を巡らせるテオ。最初の『予測』を基点に、どうすべきかを必死に組み立てる。こちらの手札はブタ。相手の手札はロイヤルストレートフラッシュ。勝ち負けで言えば圧倒的に負けなのだ。だからこそ、勝負してはいけない。
初めて会った時のハッタリはもう通用しない。触手が自分を捕らえなかった、という偶然を利用しただけだ。その偶然がない以上、無言の圧力は通用しない。黙っていれば向こうがしびれを切らし、行動するだろう。そうなればアウトだ。
(むしろ、向こうから動いてこないというのが『予測』通りというべきなんだけど……)
ヒデキは動かない。こちらの出方をうかがうように、笑みを浮かべて宙に浮いている。
攻め方はいくらでもあるのだ。触手を召喚して捕らえてもいい。圧倒的な魔力で打ち据えてもいい。それをせずとも、武装していない女性二人など力づくで抑え込める。転生して得た肉体は、兵士百人を相手にしても勝ち抜けるだろう。
ヒデキがそれをしてこない理由は――
「どうしました?」
テオは口を開く。できるだけ、相手を見下すように。
冷たい視線でヒデキを見つめ、取るに足らない相手と思わせるような態度を取る。まるで自業自得で身を滅ぼし、無様に転がり土下座をして許しを請う憐れな人を見るような目。 そんな人を見たことはないが、とにかくそう意識して。
「『ヌィルバウフ空間』に隠れなくてもいいんですか? まさかそれもできないほど、先ほどの蹴りが効いたのですか?」
「なっ!」
視線に押されるように、一歩下がるヒデキ。
どういう事、とハンナが首をひねる。『ヌィルバウフ空間』? 隠れる? どういうことなのだろうか。
「言いましたよね。『貴方の強さは知っています』……と」
「くそ………! まさか、まさか……!」
イリーネの言葉に押されるヒデキ。
力関係は、明らかに逆転していた。




