兄と弟Ⅳ
興奮するカミルを見ながら、自分に起こった災難を確認するように自分の体を触るテオ。
高音になった声。凹凸のある体。まぎれもない女性の体。
双子だったということが幸いしているのか、その容姿はイリーネそっくりだ。事情を知らない者が見たら、間違いなく彼女だと判断するだろう。
「………兄さんの策って……ボクを呼び戻したのって……こういうことなの!?」
「ああ。先も行ったがお前にはイリーネの代わりに青螺旋騎士団の団長を務めてもらう。イリーネの休暇は残り一週間。それまでの間に覚えることは多いから――」
「いや待って! ちょっと待て! こんなのうまくいくはずないから!」
カミルの説明を遮って、テオが叫ぶ。その声に眉を顰めるカミル。
「なんだ? 私の策の穴でも見つかったのか?」
「穴というか……なんでボクが女性にならないといけないの!?」
「む。ユニコーンナイトとイリーネの代替に関する必要性は十分に理解してくれたと思たが?」
「いや、それはわかったけど!」
違う。そうじゃない。テオは頭を振り、言葉を整理する。なんといえばこの兄を説得できるのだろうか?
「えーと……他の女性を団長にするとかは……」
「それは先ほど説明した。団員募集や部隊再編や手間が惜しい。ユニコーン騎士団の需要は高いのだ」
「じゃあボク以外の人を女性にするとか!」
「無理だな。この薬は性別を変えれてもその容姿を変えることはできない。≪この男が女性だったら≫という形でしか性転換できないのだ。例えば私が飲んでもイリーネの容姿と体型には程遠いだろう」
「大体、これでユニコーンを誤魔化せるの!? 毒を打ち消すんだよね、確か!」
「それに関しては問題ない。霊的レベルで女性に変化させる呪いの薬だ。浄化では解けない」
「呪いって言った!? それを黙って飲ませるとか少し酷くない!?」
「性転換以外の副作用は些末だ。生活に支障は出ない」
「性転換自体が生活レベルで支障出るけど!」
「それに慣れてもらうために、一週間みっちりと教育をこなす。安心しろ、手取り足取りみっちりと教えてやるから」
テオの抗議を真正面から受け入れ、それをすべて応対するカミル。問題はテオからすれば何の解決にもなっていないことだ。
「大体――」
状況に混乱するテオは、少しずつ兄への問いが支離滅裂になっていく。性転換に対する文句から、少しずつずれていく。
「ボクにイリーネ姉さんの代わりなんて務まるわけがないよ!」
言ってから、口を紡ぐテオ。自分が言った言葉に、自ら驚くように。
それは大役に対するプレッシャーへの不安の言葉とも取れる。皆の期待を一身に受けるユニコーンナイト。その仕事をこなせるはずがない。そんな責任に対する不安。
だがその裏には、常に比べられた双子の姉に対するコンプレックスがあった。若くして天才と言われ、騎士になるべくしてなったイリーネ。対し何の成果もなく、その威光を見ているだけのテオ。
心に鬱積した闇は予想以上に大きく、それはテオを縛る鎖となっていた。
イリーネという時代が生んだ英雄。それはテオフィル・ゲブハルトの人格に強く影響を及ぼしているのだ。羨望という感情は、裏を返せば羨むこと。太陽と比べられ、そして自ら比べ。そして敵わぬと知った身近な存在。
その闇を、双子の姉弟をずっと見ていたカミルは――
「そんなことは知らん」
一言で切って捨てて、大量の資料をテオの前に置いた。ばふん、という強い音がテオを現実に戻す。
「言っておくが、お前に与えられた選択肢は二つしかない。
イリーネの代わりになるか、このまま着の身着のまま外に放り出されるかだ」
「カミル兄さんの鬼いいいい! 悪魔ああああ!」
世は無情だ。それを実感するテオであった。
「うるさい。ばれたら家もただじゃすまないんだ。身分詐称は重罪だからな。この一週間、みっちり行くから覚悟しておけ」
かくして、テオフィル・ゲブハルトと言う人間はこの日からイリーネ・ゲブハルトとしてユニコーンナイト『青螺旋騎士団』の団長となる。
(うまくいくのかなぁ……)
だがその肉体は槍を持つことすら容易ではないひ弱な物で、その精神は不安に押しつぶされそうなのを何とか耐える程度のか細さであった。