ヒデキの策
テオとハンナの対岸側で作業を行っていたシャーロットとノエミは、突然の轟音にそちらの方を振り向く。
「何……あれ?」
「あんな所に、山なんてありました……?」
リベル湖を挟んだ向こう側。そこに見てわかるほど大きな土の塊ができていたのだ。
作戦上、リベル湖の地形は把握している。あの場所にあんな地形が無かったのは知っている。そもそもつい数分前まではなかったのは自分達も目視している。
土の塊は、轟音が響くたびに大きくなる。あそこはたしか、リベル湖から海に流れるレーム川のあたりだ。
見るからに非常識且つ異常な光景。例えるなら、地形を破壊して作り直しているような。そんな錯覚すら覚える。
そして二人は、非常識なことをやってのける存在に心当たりがあった。相対し、滅ぼさなければならない人類の敵。こちらをあっさり封殺した忌むべき相手。
「……まさか、魔族ってそこまでできるの?」
「可能性を考慮しないといけないのは事実ですわね」
シャーロットやノエミは、任務上様々な魔族と相対していた。その中には<核>を守る護り手も確かにいた。
だがそれは、ここまで非常識な力を有してはいなかった。確かに厄介な相手だったが、それでも何とか対抗できる相手だった。なのに、これは。
「ねえ、騎士長たちは!? たしかあのあたりに居たはず!」
「『テオフィル』! 状況を教えなさい!」
通信魔法を通じて、テオとハンナに語り掛けるノエミ。だが反応は返ってこなかった。
※ ※ ※
「ふひ、ふひひひひ! そうだ、このあたりで水を溜めて、洪水を起こしてやる!」
轟音の中心にいたのは、シャーロットやノエミの予想通り、魔族ヒデキだった。
自分の中にある力を解放して大地を抉り、川をせき止める。その後に小さな池を作って水を溜め込み、それを騎士達の方に流れるように地形を変化させる。
言葉にすると簡単だが、小山を作るほどの大地を削り、送料にして自分の数万倍近い水量を、一方向に流すように整備する。それを触手にて津田沢せながら、十数秒で行ったのだ。それにどれだけの力が必要になるのか。極小規模ではあるが、天地創造レベルの魔法である。
しかもそれを使用する際に、ヒデキは最新の注意を測った。何せ相手は未来を読む女騎士だ。未来を読まれて回避されてはどうしようもない。
まずヒデキはイリーネがどれだけ未来を読めるかを想像した。十秒? 三十秒? 自分の襲撃を予測していたのだから、一分と見るべきだ。その前提で、ヒデキは魔力を駆使して湖に流れ込む川に向かう。
先ずはそこで触手を召喚し、土を柔らかくしてもらう そして触手が耕した土を水をせき止めるように設置する。それと同時に巨大なため池を作り、女騎士が来るであろう方向に溝を作った。破壊音を押さえる為に、空気に魔力を込めて、消音空間を生み出して。
水を封じる物質は、念入りに練り上げた。水を通さない物質。それでため池を補強する。池の底、縁、水の出入り口などにそれを作り出す。水の一滴すらも無駄にしない。
最後にヒデキ自身が湖の上空に向かって飛び飛び、水を増量する。雨雲を湖の上に集め、湖の上だけに雨を降らせる。極地の天候捜査。範囲こそ狭いが、降り注ぐ豪雨は確かに湖の水かさを増加させていた。
「できた……! 完璧だ!」
ヒデキはため池の出来に喜びの声をあげる。未来を予知されようが、圧倒的な水の暴威にはかなうまい。
仮にヒデキに建築の知識があれば、いくつかの無駄な工程に気づいただろう。あるいは罠の知識があれば、ここまで大規模な仕掛けである必要はないと思いなおしたかもしれない。そもそもの話として少し冷静になれば、人ひとり葬るためにここまで大規模な行為は不要だと思いなおすこともあったかもしれない。
だが、ヒデキにはそれをなしうるだけの力があった。転生した際に受け取った能力。この世界を蹂躙するために得た、魔王コーロラの能力。その力が、ヒデキの判断を狂わせていた。
だが出来上がったため池は、ヒデキの想像する用途に適った物なのは確かだ。ヒデキが合図をすれば水が青螺旋騎士団の方に流れ、津波のように押し流すだろう。ユニコーンの足をもってしても、回避できない脅威。
そしてその騎士団が、毒霧を晴らしながら近づいてくる。ヒデキは罠を発動させるために雨を止め、ため池の近くに転移する。その瞬間、女騎士達が方向転換をする気配を察した。
「ふひ! 危険を察知して道を変えるつもりだろうけど、もう遅い! これでもくらえっ!」
ヒデキは力を放ち、水をせき止めていた岩を砕く。貯まり込んだ水は圧倒的な質量をもって流れ、テオとハンナの方に向かう。どれだけユニコーンが俊足であろうとも、この水より早く走れるはずがない。
「これで勝った! このヒデキ様の道を邪魔するヤツは、みんなこうなるんだ! ふひ、ふひひひひひひひひ!」
狂った哄笑も、水の濁音に消える。
その暴威は、確かにテオとハンナを巻き込んでいた。




