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男だけど性転換してユニコーン騎士になっている件について  作者: どくどく
グテートス奪還 2日目 ~リベル湖浄化作戦
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五年前の思い出

「魔族の反応、消えました。探査範囲内に魔族の存在は見られません!」

「ようやく諦めたか、あるいはこちらの戦法に気づいたか……」


 ハンナの探査魔法が魔族の存在を見失う。おそらく、探査魔法でとらえきれないほど遠くに移動したのだろう。

 テオは馬の足を休ませるために、手綱を引いてその足を止める。いつでも走れるように油断なく注意を詮索しながら、リベル湖への方角を確認する。結構走ったため、探すのに一苦労だ。


「このまま諦めてくれると嬉しいんですけど……」


 勿論そんなことはないだろう、という諦念を含んだハンナの発言。そこには疲労の影があった。

 当然か。テオはため息をつく。探査魔法と通信魔法の継続行使。それに集中力を割いてもらいながら、魔族からの逃亡だ。失敗すれば魔族の攻撃にさらされて、命がない状況なのだ。その疲労は想像を絶する物だろう。降り続ける雨も、じわじわと体力を奪っていた。

 どこかで休憩を入れなければいけないが、その余裕はない。

 そんなテオの表情を察したのか、ハンナは気丈に笑みを浮かべる。


「大丈夫です、騎士長。まだやれます」

「……いいえ、無理はしないでください」

「いいえ。余裕はあります。イリーネが一緒だから」


 作戦中は互いの地位で呼び合うハンナが、個人名を口にする。それは疲労により気が緩んでいるという事もあるのだろう。

 だが、呼んだ本質はイリーネに対する信頼だ。魔族の暴威により領地を失ったハンナ。領民を守るために望まぬ男に身を捧げた彼女を救ったイリーネ。それ以降も共に戦ってきたのだ。

 ユニコーンに乗ることができない故に、ハンナはバックアップに努めることになった。魔法による通信や探査。任務先での宿場確保。料理や掃除などの生活管理……。ユニコーンに触れることができないハンナは、ユニコーンに関わること以外を行っていた。

 すべて、イリーネの為に。だからこそ、許せないことがある。


(この人はイリーネじゃない。イリーネの姿をした『誰か』……)


 証拠はない。だけど確信だけはある。ハンナの慧眼は確かに目の前の存在がイリーネではないと告げていた。必死でイリーネを演じている、誰か。

 探りを入れる意味も含めて、ハンナは口を開く。自分とイリーネの思い出を話して、証拠を得るのだ。


「そういえば、あの日もこんな雨の日でしたわね」

「……うん?」

「イリーネとテオフィルくんが私の領に遊びに来た時の事ですよ」

「五年前ぐらいまでは毎年行ってたわね。雨の日……?」


 思い出すように首をひねるイリーネを見ながら、ハンナは会話の内容を心の中で反芻する。五年前。確かにそれぐらいからは、互いに忙しくなってきた時期だ。それぐらいは調べているのか。ならもう少し突っ込んだ話をしてみよう。


「馬でレグニル山に行った時の話ですよ。突然降ってきた雨で三人で雨宿りした時の」

「ああ、ありましたわね。……でも私は雨宿りの時はいなかったんじゃなかったかしら?」

「そうでしたっけ?」


 かまをかけたハンナだが、相手はそれに引っかからなかった。レグニル山の事件は自分とイリーネとテオフィルしか知らないはずなのに……。

 当然と言えば当然の話なのだ。なにせイリーナの姿を模しているのは、そのテオフィルなのだから。

 

「ええ。三人で山に馬で出発して、途中で雨が降ってきて……そうそう、土砂崩れが起きて私だけ分断されて」


 間違ってない。ハンナはその事を思い出しながら、間違いがないことを確認していた。

 あの日、山に行こうと言い出したイリーネとハンナ。なんとなく嫌な予感がすると嫌がるテオフィルを無理やり連れだしての出発だった。山の頂上まで競争してその帰りに大雨が降ってきて、土砂崩れが起きた。

 途方に暮れるハンナを洞窟に連れて行ったのはテオだ。雨を避け、初期魔法を使って火を起こして暖を取り、雨が上がって別の道を探し下山するまで、ずっとテオフィルと一緒だった。不安になる私を必死に支えてくれたあの優しい少年は、今どこで何をしているのだろうか。


 ――まさか性転換して目の前にいるとは、ハンナには想像もできないことである。


「あの日のテオフィルくんはずっと私を励ましてくれました。『大丈夫、イリーネ姉さんがきっと助けてくれるから』『イリーネ姉さんなら、土砂ぐらい乗り越えてやってくるから』……ふふ、あの頃からずっとテオフィル君に慕われていたのね、イリーネ」

「……そ、そんなことを言っていたのね。あの子」

「本当に強い姉弟の絆でした。正直、羨ましいほど仲が良かったわ」


 いつしか昔を思い出し、ノスタルジーに浸っているハンナ。目の前にいるイリーネの事を探ることを諦めたわけではないが、いまは懐かしい気分に浸りたかった。そこにあるのは、淡い思い出。


(そう。二人の間に入ることは出来ない。そう思わせるほどの強い絆でした)

(おそらくあれが私の初恋だった。そしてそれが適わないと知った瞬間だった……)


『テオフィル』と名付けた馬を優しく撫でながら、ハンナは言葉なく思う。姉弟だから倫理的にどうとか、そんな事は関係ない。好きな人には別の好きな人がいる。その事実が重要だった。

 そんな感傷を打ち破るように、探査魔法が魔族の気配を告げる。

 場所は、リベル湖近く。


「魔族の反応です! 距離は――」


 ハンナの言葉は、それ以上の轟音でかき消された。


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