攻めだけど受けの女騎士と、受けだけど攻めの女騎士
目的のポイントにいち早くたどり着いたシャーロットとノエミは、イリーネの作戦に従い、二人一組で行動する。
先ずは周囲の毒霧を浄化し、視界をクリアにする。毒霧を晴らすことで同時に通信魔法の感度を良好にすること阿できる。
ある程度毒霧を晴らした所で、シャーロットが駆るユニコーン『ツヴァイ』が湖に角を漬ける。黒く澱んだ湖が角がつけられた場所から透明になっていく。水の波紋が広がるように、角を漬けた場所から円状に広がる浄化の力。
その間、ノエミはシャーロットと背中あわせになるような位置取りを取り、周囲の警戒を行う。目を凝らし、耳を澄まし、しかし過度に力を入れず。集中力が切れることは作戦の成功率を下げる。
浄化開始と異常がないことを報告すれば、あとは周囲を見回す作業になる。ノエミは湖周辺を。シャーロットは湖の中を。毒霧により変異した魔族はかつてこの生態系に存在した動植物が元となっている。鳥や獣、植物や魚。何がどう変異して、それがどう変化するか。人間の知識では理解できない部分がある。油断は禁物だ。
「ねえノエミ……この作戦、どう思う?」
そんな最中、シャーロットが口を開く。通信魔法の仮想空間から一時意識を遮断し、ノエミだけに聞こえるようにして問いかけた。
ノエミも同じように仮想空間から意識を遮断する。仮想空間からの『声』が聞こえるように少しだけ意識を残しての応対である。
「湖浄化だけを見れば、実に理にかなった作戦だと思いますわ」
「それはそうだけど……」
「魔族から『逃げる』と言うのは気に食わないかしら?」
ノエミの問いに、シャーロットは口にこそ出さないが不満な表情を崩さなかった。
魔族は人類の敵だ。毒霧により人類の生息圏を奪い、壊し、そして殺していく存在。妥協する点など見られない。彼らは空気を穢し、水を汚染し、そして大地を腐らせる。
魔族により人生を狂わされた人間は何処にでもいる。その多くは殺され、何とか逃げ得た者もひっそりと町の片隅で過ごすのみ。挑んだ者はその力の差に絶望するのみ。
(私は……魔族を許さない……!)
強く拳を握るシャーロット。彼女の脳裏に浮かぶのは魔族に支配された街と、そこで暮らしている自分。首輪をつけられ、洞窟の中で過酷な労働に準じていた毎日。
そして毎日耳元で囁かれた母の――
「その件に関しては同意します。ですが、一時期です。この作戦が終われば、攻勢に出ることもあるでしょう」
「と、当然よ! 騎士長と私にかかれば、魔族なんか殲滅して見せるわ!」
シャーロットを現実に戻したのは、ノエミの一言だった。気が付けば首元を触っていた手を戻し、シャーロットは手綱を強く握る。魔族の実力を考えればそれが強がりであることは明白だ。自分でもそれは理解している。それでも、魔族に勝てないなんて思いたくない。イリーネと一緒なら――
(騎士長にかかれば……ですか)
ノエミは心の中でその言葉を反芻する。
今の騎士長に魔族に対抗するだけの力はない。ノエミはそれを十分に理解していた。理由はまだわからないが、弱くなっていることは確実だ。
それを指摘しないのは、青螺旋騎士団の秩序を慮ってのことだ。この騎士団はイリーネの実力を旗頭としている部分がある。若くして騎士長になった彗星。英雄の再臨。特定の女性にしか乗りこなせないユニコーン騎士団の特異性も相まって、今の青螺旋騎士団は成立している。
(若造如きが。女如きが。国家を守る地位につくなどあってはならぬ。……ふふ、頭の固い貴族達は焦っているでしょうね)
ノエミはベイロン家と言う国家を司る大臣の娘だ。それ故に貴族達と直接接する機会が多い。その貴族達がユニコーン騎士団の事をそう妬んでいたのを知っている。
(この青螺旋騎士団は貴族達の支配に風穴を開けるための槌。団長はその旗印。その団長が弱くなったというのなら、私がそれを守るのみ)
(ええ、安心してくださいね。恐怖におびえながら、それでも何とかしようとする愛おしさ。このノエミ・ベイロンが全力で守って差し上げますわ)
少し上気した顔でノエミは周囲を見回す。今のところ、異常は見られない。
槍を掲げながらも、魔族を倒す力に依存するシャーロット。
盾を掲げながらも、国と言う体制すら崩そうとするノエミ。
戦う理由を強く胸に抱き、二人の女騎士は浄化に努めていた。




