『テオフィル』
「では、作戦開始です!」
テオの号令と共に四騎の馬が駆ける。
東に二騎のユニコーン。シャーロットとノエミを乗せたツヴァイとドライ。
西に一騎のユニコーンと一騎の馬。テオを乗せたアインと、ハンナを乗せた『テオフィル』。
「…………テオフィル?」
「はい。何か問題でも?」
ハンナのつけた馬の名称に、テオはものすごく問題のある顔をした。人の名前を馬につける、と言うのはまああることだ。だが自分の名前を付けられるのは少し複雑な気分と言える。
最もハンナはイリーネの状況を知らない。そういう意味では『暫く会っていない人の名前』をつけたのだろう……が。
「お、弟の名前を付けられるのは何というか……」
「ふふ。この純朴な瞳がテオフィルくんを思い出させるのです。そう思いません?」
「思いません」
「もう。弟のことになるといつも厳しいのですね」
ハンナの意志は固く、名を変えるつもりはないようだ。テオは不承不承諦める。説得している時間も惜しいのが今回の作戦だ。
作戦の注意点は三つ。
事前に決めておいた八カ所の浄化ポイントに急いでいくこと。
浄化ポイント到着後、周囲の毒霧を晴らしておくこと。
そして――
「通信魔法、完了。騎士長、准騎士二人へのライン確立。こちら『テオフィル』、返答を願います!」
『こち……ツヴァ……毒霧が濃……』
『ドライ……通信状態はお世辞にも……良好ではな……』
「こちらアイン。通信確認したわ。連絡は密に!」
三つ目のポイントは通信魔法を維持し、常時連絡を取り合うこと。探査魔法を持つハンナが魔族を感知すれば、すぐに連絡が届くように。仮想空間に『部屋』を作り、そこと騎士団全員の精神を繋げることで、声が全員に聞こえるようになっっていた。
リベル湖の毒霧は濃く、魔法の使用も困難だ。ユニコーンが周囲を浄化してなお十全とはいいがたい。昨日の作戦は街周辺近くで霧を晴らしながらの作戦だったため、通信の阻害はなかった。だが、霧の濃い箇所に向かえば精度はかなり落ちる。
(ハンナに城壁に待機してもらって居た場合は、下手すると通信が届かなかった可能性もある)
通信と探査。それはこの作戦のキモだ。その精度を上げるために危険を冒してハンナを戦場に連れてきたのは正解だった。
だが、ここまでしてようやく前提条件を整えられただけなのだ。真の難関はここからだ。
「探査魔法、展開。『アイン』『テオフィル』、および『ツヴァイ』『ドライ』周辺に魔族の反応はありません!」
『ツヴァイ、了……浄化ポイント……到着、これよ……!』
『ドラ……解! 周辺浄化終……後、湖……入りま……』
探査魔法を展開し、索敵を行うハンナ。その周辺に敵がいないことを確認する。通信魔法は途切れがちだが、一つ目の浄化ポイントにたどり着いたようだ。
「通信確認。こちらももう少しで浄化ポイントXZに到着する。くれぐれも注意を怠らないで作業に移って!」
この状況で、こちらの声がどこまで届いたのかはわからない、だがシャーロットとノエミの応答が、かすかに聞こえてきた。
「無理だと思ったら早めに言ってね……て、て、ておふぃる」
「……なんで言いよどむんですか、騎士長。そこまで平常心乱されるとは予想外でしたわ」
作戦において各個人の呼称は基本乗っている『馬』で呼び合うことになっている。よほど気が抜けたか、あるいはよほどの危機の場合はとっさに個人名か騎士位で呼ぶこともある。それに倣えばハンナの呼称は『テオフィル』になるのだが……。
(自分の名前とか、すごい呼びにくい……)
テオは改めてその事実を再認識する。しかし作戦は既に開始している。今更名称変更は作戦に支障が出る可能性があった。
まさかこんな所に罠が仕掛けられていようとは。卓上で練った時には思いもしないトラブルが起きるとは言うが、まさかこのような事が起きようとは。
テオは何かをあきらめたように、深くため息を吐くのであった。




