姉と言う心の刺
リベル湖浄化はユニコーン三騎を使って一時間の試算だ。
だがそれは三騎が『等間隔の位置に配置し』『湖に動かず角を漬け続けて待機』した時の試算だ。端的に言えば、なんの邪魔も入らなかった時の最速の時間。そうでなければかかる時間は増えていく。
魔族の邪魔が入ると決まったわけではない。だが、入らないという保証はない。
ならば、入るという前提で動こう。それがテオが掲げた作戦の大前提だ。
(魔族の脅威が触手だけとは限らないけど、確定している脅威への対策はとらなくては……)
テオにとってもこれは賭けだ。100%上手くいく作戦ではない。そもそも確率をはじき出せる状況でもない。一度しか試せない状況で、確率を正しく計算できるはずがないのだ。ただ手探りで進むしかない、
その上で敢えて成功率を語るなら、60%と言ったところだろう。3回に2回弱成功するなら、決行すべき。テオはそう判断して踏み切った。
逆に言えば3回に1回強は失敗するのだが、それを高いと取るか低いと取るかはリスクの問題だ。そしてそのリスクは遥かに高い。ユニコーンが失われれば、人類の大陸奪還は遥かに遅れることになる。そういう意味では回避するのが賢いのだろう。
リベル湖南に位置する場所。青螺旋騎士団はここで一旦足を止め、地図を広げる。雨に濡れないようにマントで庇を作る。
「未だこの作戦に不満があることは承知の上ですが、今はこの作戦に従ってもらいます」
「了解しています」
「……はい。異論はありません、騎士長」
「……団長のおっしゃる通りに」
ハンナは硬く承服し、シャーロットとノエミは不満を飲み込み承服する。テオの提示した意見に不満はあるが、代替案がないのは事実だ。騎士の名誉と人類の生息圏を秤にかけて、名誉を取るほど頭が固いわけではない。
(正直、お粗末な作戦なのは確かだからね……)
心の中で苦笑して、テオは話を続ける。イリーネの威光が無ければ、こうもいかなかっただろう。その事実に若干心の傷が痛む。自分はあくまで『姉さんの代替』であることを見せつけられるようで――
意識を現実に戻す。痛みを無理やり誤魔化すように、大きく息を吸う。
「この地点から部隊を分けます。東方にナイゼル准騎士とベイロン准騎士。
そして西方に私とレーナルト騎士」
頷く青螺旋騎士団の女騎士三人。昨日議決して決めたチームわけだ。
作戦と言うのはどうという事はない。二人一組で行動し、湖浄化に当たるという作戦だ。一騎が浄化を行っている間は、相棒が周囲の見張りに立つ。危険が迫れば即移動する。
交戦は基本的に避けるため、武装は最低限の物しかつけていない。シャーロットのランスもノエミの鎧と盾もなく、雨避けのローブの下には心臓と頭部を守る最低限の防具しかつけていない。
「武器を持ってないとすごく不安……」
「せめて盾だけでも!」
馬上槍と鎧盾に思い入れがあるのか、シャーロットとノエミはそんな不満を漏らしていた。だが作戦の内容を考慮すれば、それも諦めざるを得ないことは彼女達も理解できる。
速度を重視し、可能な限りユニコーンの負担を減らす。
魔族から逃げ回りながら泉を少しずつ浄化していくのが、この作戦だ。どうしても戦わざるを得ない時は、ユニコーンの戦闘力に頼って切り抜ける。逃げて逃げて、そして浄化する。
状況は常にハンナの通信魔法で連絡を取り合い、魔族ヒデキが現れれば即離脱を行う。ユニコーンの脚力で振り切れれば僥倖。そうでなければ遮蔽物を利用して追跡をかわす。
(――事が出来るといいなぁ。うん。ここが最大の不安材料。あの魔族の能力の底が見えないこと……)
心臓が締め付けられそうな感覚。綱渡りのような作戦の中で、最も危険であるポイント。それがあの魔族だ。
ハッタリが通じたのは偶然だ。四人騎士がそろっていても勝ち目は薄い。イリーネ姉さんならもしかしたら――
(……胸が、痛い。ああ、いつもの痛みか)
イリーネ・ゲブハルト。テオの前を常に歩き、その背中を常に見続けてきた。文武両道、才色兼備。まさに天才。英雄クラスの才能を持つ姉。それと常に比べられてきた毎日。そして一番比較しているのは――一番劣等感を感じているのは、テオ本人。
息を吸い、吐き出す。慣れた痛みだ。すぐに収まる。
強く拳を握り、テオは作戦開始の号令をかける。何かを振り切るように。何かから目を背けるように。
「では、作戦開始です!」




