兄と弟Ⅲ
「問題ない。我に策ありだ。だがそれにはテオ、お前の協力が必要になる」
言って肩を叩くカミル。その重みをテオは強く感じていた。幼き頃から魔術の才能を発揮し、王宮入りまで果たしたカミル兄さん。その兄が自分を頼っている。初めて受ける期待にテオは胸躍っていた。兄さんの……それだけではない。イリーネ姉さんの役にたてる!
「その為にお前を呼び寄せたのだ。やってくれるな、テオ」
「分かったよ、カミル兄さん。それで何をすればいいの?」
「ああ、お前にはイリーネの代わりに『青螺旋騎士団』の団長をやってもらう」
「…………はい?」
カミルの言葉を聞き、頭の中で反芻する。団長の、代わり……?
「え? 無理ですよ、カミル兄さん。そんなのボクに務まるわけが――」
「何を言う。双子のお前たちは背丈も容姿もほぼ同じ。体格は鎧や礼服などで誤魔化すことができる。よほどのことがなければ、ばれることはない」
「いや無理だって!? ボク男だよ! 百歩譲って女装がうまくいっても、ユニコーンを誤魔化すことなんてできないから!」
必死になってカミルに説明するテオ。確かにイリーネと見た目は変わらない。だがそれはあくまで背丈と顔立ち程度だ。声変わりしている上に胸や腰つきなどの体形を見れば男女の違いはすぐに分かる。
仮に魔術などでそれら全てを誤魔化せたとして、肝心要のユニコーンはどうしようもない。女装してユニコーンが心を許してくれるのなら、どの国も女装してユニコーンに乗っているだろう。……そんな騎士団は見たくもないが。
「安心しろ。既にその問題はクリアしている」
だがカミルはその程度は些末とばかりに頷いて、テオの肩を叩く。最初は安心させるための行為かと思っていたが。その動きがどこかなぞるような動きの為、怪訝に思うテオ。
「……あの、カミル兄さん。何をしているんですか?」
「いや、聊か効き目が遅いと思ってな。だが問題はなさそうだ」
「効き目?」
聞きなれない言葉に首をひねるが、その疑問はすぐに解決した。
「ああ、今しがた茶に入れた性転換の薬の効き目だ」
性……転換……?
「はぁぁ!?」
叫んで立ちあがった瞬間に、体中の力が抜ける。そのまま椅子に崩れ落ちるように脱力した。水が高いところから下に流れるように、すぅ……、と落ちていく。
力が抜けると同時に体中が熱を持ったように熱くなる。全身をめぐる血液の脈動が感じ取れそうなぐらいに敏感になる体。それなのに、意識だけははっきりとしていた。
喉元を走る熱が少しずつ大きくなる。呼吸のたびに喉仏が小さくなり、そして消えていく。熱で喘ぐ声が少しずつ高くなっていく。どこか艶のある乙女の声に。
肩甲骨、肋骨、骨盤……体を支える骨も熱により溶けていくように変化する。四角い骨は丸みを帯び、少し小さくなった肋骨と骨盤の差がウェストのくびれを生む。
肌も少しずつ白くなっていく。腕と足の毛が抜け落ち、白い陶磁のような肌に。真っ白と呼ぶには言い過ぎだが、だからこそ感じる生命として美しい肌に。
最も熱が集まったのは、胸と下腹部。心臓が脈打つと同時にそこに熱がこもり、少しずつ変化していく。胸は少しずつ膨らんでいき、下腹部は少しずつ収縮していく。
その変化を視覚的に、聴覚的に、嗅覚的に、感覚的に、強く自覚させられる。男性の自分が少しずつ女性に変わっていく変化を、一秒ごとに自覚させられる。
そして――
「ああ、想像通り――いや、想像以上だ、テオ! 性別が女性になったのだから、これでユニコーンに乗ることができるぞ!」
喜びの声をあげるカミル。手鏡をこちらに見せ、テオの姿を見せつける。
そこには、双子の姉イリーネと言っても誰もが納得しそうな女性が映し出されていた。