純潔と不純
リベル湖に向かう馬の数は四。そのうち三騎はユニコーンだ。言わずもがな、テオ、シャーロット、ノエミの三人の騎士が駆る幻獣だ。
それに同伴するようにハンナがいた。彼女が騎乗しているのは常用馬。戦闘用に鍛錬されているわけではなく、荷を運んだりするようの馬である。一たび戦火に巻き込まれたら怯えて逃げてしまうだろう。
ユニコーンでない馬が魔族の毒霧の中を走ることは不可能に近い。ユニコーンの近くに居てようやく普通に活動できるのだ。ユニコーンから二〇メートル以上離れれば弱体化し、そこを魔族に襲われれば逃げることもできないだろう。
ハンナはユニコーンに騎乗できない。
これは覆すことができない事実だ。それが可能なら、テオは性転換してユニコーンに乗る必要はない。これに関してはアインに一度相談をしてみたのだが、首を横に振られた。
『たとえテオぼんの頼みでも、処女やない女を乗せるのは無理やな』
「何故? 男と分かっているボクを乗せれるのなら、そういう女性を乗せても……」
『わかってへんな、テオぼん。この場合の処女には魔術的な意味があるんや』
「『純潔』と『生命』ってこと?」
『せや。ワシらユニコーンは魔術的に穢れることを嫌う。汚れた存在に触れる、いうのは生命の危機と言っても過言やない。それゆえユニコーンパゥワーで場を浄化しとるが、純潔を失った人間は浄化できへんのや』
「……イリーネ姉さんやハンナが穢れている、と言うのは少し違うと思うけど」
『ああ、別に人格を否定してるわけやあらへん。例えるなら、純潔を失うという事はユニコーンにのみ効果のある厄介な伝染病をもっとるようなものや。病人に罪はない。せやけどその病気は確実にワシらに移るんや』
「魔族の毒霧が、人間に相容れないように?」
『せやな。そういうふうに生まれてしまった、言うのが理由やわな。こればっかりは土下座されてもアカン。許してちょんまげ』
……会話に真剣みが足りなかった部分はあるが、概ね言いたいことは理解できた。ユニコーンの背に処女以外が乗ると、ユニコーンは死ぬかもしれないのだ。戦闘の際に魔族などに触れられることもあるので、いきなり脂肪と言うわけではないのだろうが、背に乗せて走るのは無理だとか。
そんなわけでハンナは街で買った馬を使っての出陣である。本来なら城壁付近で情報収集と通信を行うのが彼女のスタイルなのだ。わざわざ危険を冒してまで、最前線に出なければならない理由があるのかと言うと……。
(荷が重い……。イリーネに期待されているのは嬉しいけど)
リベル湖に近づくにつれて、ハンナは自分にのしかかる重圧を強く感じていた。
この作戦は、ハンナの探査能力が最重要視されるのだ。そしてそれは城壁に陣取ってはできない理由があった。
(確かに通信魔法や探査魔法の制度は距離に影響される。ましてや毒霧を挟めばさらに制度は落ちる……けどそれは三秒ほどの差。……その差を埋めるためとはいえ、私が戦場に出るなんて……)
ハンナの戦闘力は皆無だ。憑依型の魔族にさえ劣るだろう。騎乗せず鎧を外したテオといい勝負ができるぐらいに戦闘力は低い。戦闘行為が起きれば、足手まといになることは確実だ。
だが、それよりもなおハンナの心を締め付けることがあった。
(私はユニコーンに乗れない。純潔を失ってしまったのだから……)
並走するユニコーン。それを駆る三人の女騎士。
彼女達と自分は違うという事実。それを痛感する。領民を守るためとはいえ望まぬ男に捧げ、辛く苦しい喪失。そして今、失ってしまった純潔により同じ騎士団でも隔たりが生まれている。
シャーロットやノエミ、そしてイリーネがそれを直接責めることはない。彼女達はそんなことを気にしていない。それはハンナも理解している。
だが……それでも確かに隔たりは存在していた。
リベル湖が見えてきた。
――作戦開始である。




