走(に)ぐるを上と為す
「戦わずに逃げる?」
ハンナとシャーロットとノエミは三人同時にテオの作戦を復唱した。不満と疑問を明確に乗せて。
「はい。基本方針は魔族との交戦禁止。憑依型の魔族ともです」
「……それは何とも……」
「ちょっと待ってくださいよ。ずっと逃げ回ってるの?」
「消極的な作戦ですわ」
時刻は昨日の夜半。場所は青螺旋騎士団駐屯所。
リベル湖浄化作戦をどうするか、と言うテオの案を出した直後である。机の上にはリベル湖の地図と、進攻ルートを示した矢印が書いてある。そういった地図が複数枚用意され、それぞれに番号が打たれてあった。
「否定はしません。本作戦はリベル湖浄化を最優先とし、敵と交戦せず逃げ回る。それが基本方針です」
テオの言葉に三人の女騎士たちは押し黙る。その心中はテオにもなんとなく察することができた。
(まあ……国を守る騎士としては『魔族から逃げる』というのは屈辱だよね)
ハンナにせよシャーロットにせよノエミにせよ、それぞれの思いを抱いて騎士団に入団したのだ。それは魔族と戦うため、と言っても過言ではない。
この世界における魔族は『土地を侵略して人類の生息圏を奪う存在』なのだ。そこに住む動植物を毒霧で汚染して人々を襲わせ、汚染された土地は作物が育たない。それは<核>がある限り広がっていくのだ。
その<核>を落下中に撃ち落とす聖飛竜騎士団や白天馬騎士団ほどではないにせよ、魔族に対抗しうる幻獣騎士団の一角であるユニコーン騎士団。それが魔族と戦わず、逃げ続けろというのはやはり受け入れがたい者があるのだろう。それは理解できる。
とはいえ、テオとてここは覆せない。
「承服出来かねます。我々は国を守る騎士です。民を脅かす魔族と戦わずして何が騎士ですか!」
「ええ。その通りです! 理由を説明してください」
シャーロットとノエミが激昂するように意見する。
「前提として、あの魔族と交戦すれば負けます」
「だから逃げるんですか」
「はい。我々青螺旋騎士団の目的はリベル湖浄化です。最優先目的をそこに置き、徹底的にそれのみに邁進します」
「騎士の誇りはいいのですか! 青螺旋騎士団が魔族と戦わず逃げたとあれば、その面目は丸つぶれですわ!」
「青螺旋騎士団の存在意義は土地の浄化です。魔族との抗戦を優先し、それが疎かになる事こそ、騎士の誇りの失墜です」
「詭弁です!」
「理由をつけて魔族との抗戦を避けていることには変わりませんわ!」
シャーロットとノエミの批判が飛ぶ。詭弁、理由をつけて抗戦を避けている。それ自体はその通りなので否定できない。それはテオも甘んじて受け入れる。
「……質問があります」
その批判の隙を縫うように、ハンナが挙手する。虚を突かれたシャーロットとノエミは一瞬言葉が止まる、その狭間を埋めるように言葉を挟む。
「最優先目的が湖浄化という事は、魔族との交戦を回避しながら湖を浄化していく作戦という事でよろしいでしょうか?」
「ええ。その通りです」
「一時的な逃亡であの魔族の脅威を回避できるのでしょうか?」
ハンナは『一時的な』を強調していう。シャーロットとノエミの誇りを考慮しての発言だ。
「おそらくは。推測以上の物ではありませんが、あの魔族のしもべの特性を考えればこの作戦が一番と判断しました」
「特性?」
「あの魔族と、そしてあの魔族が生み出したモノ。その特性です。あとは騎士レーナルトの探査魔法の精度があれば、あるいは」
「私の……ですか?」
「はい。この作戦は、貴方の力が必要なのです」
真摯にイリーネの視線を受けて、ハンナは言葉が詰まる。心臓が大きく跳ね上がったのを自覚した。落ち着け落ち着け、と自制して呼吸を整える。意味合い的に必要とされているのは探査魔法の方っ!
「そ、それは具体的にどういうことなのでしょうか? 詳細をお願いできますか?」
「はい。反対意見があるでしょうが、先ずは概要を説明します」
ハンナの問いに乗るように説明を開始するテオ。シャーロットとノエミはまだ不満はあるが、場の空気を乱すつもりはないのか意見を押しとどめてくれた。反対には変わりないが、イリーネへの尊敬が勝った……と言う所なのだろう。
テオはつばを飲み込み、説明を開始する。




